柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 65】

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 打ちひしがれたポン吉のその姿に、吾輩は言葉を失った。
 その涙に嘘はない。
 だとすると、サラが出まかせを言ったということになる。
 サラなら、それくらいのことは言いかねない。
 吾輩は、サラに一杯食わされたのだ。

 サラめ……。

 吾輩は憤慨(ふんがい)した。
 サラがそういうつもりならば、吾輩も考えを変えねばならない。

 ポン吉を、我が子に会わせてやろう……。

 吾輩がそう思った。
 と、そのとき、庭を囲む植え込みの端から、顔を出してこちらを覗きこんでいる者がいた。
 とらの助であった。
 それに気がついて吾輩が眼をやると、とらの助はひょいっと植え込みに顔を引っ込める。
 吾輩が眼をそらすと、とらの助はまたそォっと顔を出して、こちらを覗くのだった。
 吾輩は、とらの助を見ないようにして視線の端でその姿を捉えると、そのとらの助はどうやらポン吉を見ているようだった。
 とらの助は、自分の姿と同じポン吉見て興味をいだいているようだった。
 ポン吉はうなだれたままで、そのことに気づいていない。

 これは丁度いい……。

 吾輩はそう思って、

「ポン吉」

 しょぼくれたポン吉を呼んだ。
 ポン吉はゆっくりと顔を上げ、

「出てけっていうんでしょ? わかりやしたよ」

 切なげにそう言った。

「いや、そうじゃない。おまえが父親だという証拠があったよ」

 吾輩は言った。

「へ? そりゃあいったい、どう言うことです?」

 ポン吉はきょとんとした顔で吾輩を見た。

「ほら」

 吾輩は、とらの助がいるほうへと顎(あご)をしゃくった。
 ポン吉は、吾輩が顎をしゃくったほうへ顔を向けた。

「あれは……」
「あァ。おまえの息子の、とらの助だ」
「とらの助……」
「そうだ」
「ゴン太の旦那、アンタ……。ありがてェ」

 ポン吉は、初めて目にする息子を前にして、感極まって眼に涙がわっと溢れた。

「このご恩は、一生忘れやしませんぜ」

 そう言うと、ポン吉は鼻をすすった。
 言葉もなく、とらの助を見つめている。
 思わず吾輩ももらい泣きし、やはり鼻をすすって、

「なにしてる、息子の名を呼んでやれ」

 そう言った。

「へえ」

 ポン吉はわずかに間を置くと、

「とらの助」

 そう呼びかけた。
 すると、とらの助が隠れていた植え込みから姿を現し、トコトコとポン吉の前に歩み寄ってきた。
 ポン吉の前まで来ると、そこにちょこんと坐った。
 ポン吉を見上げる。
 その息子を、涙の中でポン吉は見つめてる。

 うん、うん……。

 吾輩は、父と子の初の対面に感動を覚えて、滝のごとく涙が溢れ出した。

 と、

「おっさん、だれ」

 ポン吉に向かって、とらの助がそう言った。

「なな、なんだと! このガキがァ!」

 言うが早いか、ポン吉はとらの助の頭を肉球で殴りつけた。

「なにすんだよ、おっさん。痛ェじゃねえかよ!」

 そのとらの助を、今度は物言わずにまたもポン吉は殴りつけた。

「なんだよ、なんで殴るんだよォ!」

 とらの助は、殴られた頭を抑えた。

「口の利きかたがわからぬガキは、殴られて当然だ」

 そこでまたもポン吉は殴りつけた。

「痛いよォ」

 たまらず、とらの助が泣き出した。

 え? 
 どうして……。

 吾輩は口をあんぐりと開けて、ポカンとしてしまった。
 父と子の対面が、なぜにこうなってしまったのか。
 するとそこへ、

「わたしの可愛い息子を泣かすのは誰だー! ゴン太かー!」

 血相を変えて、サラがやってきた。
 夜叉のごとくに吾輩を睨みつける。

「ま、待て。吾輩ではないぞ」

 思わず吾輩は、冤罪(えんざい)だと首を横にブルブルとふった。
 すると、とたんによだれが左右に飛び散った。
 サラは、キッと今度はポン吉に眼を向ける。
 
「ポン吉! アンタ、わたしの子になにしたのよ! 」
「いや、なにって、その、口の利きかたを教えようとだな……」

 ポン吉はたじろいだ。
 とらの助は、ささっとサラの背後に隠れて、

「ママー、このおっさんが、ボクのことなんども殴ったよー! 虐待だよー!」

 とチクった。

「やっぱり、虐待したのね。こうなることがわかってたから、アンタを子供たちに会わせたくなかったのよ! ポン吉、ただじゃすまないわよ!」
「い、いや、おれは虐待したわけじゃ――」
「問答無用―!」

 サラはポン吉に跳びかかった。

「うわー、ごめんなさーい!」

 サラの天下の宝刀、猫パンチの3連打が見事に決まった。
 そのあとはもう、引っかかれ、咬みつかれてコテンパテンにされているポン吉を横目に、吾輩は寝たふりを決めこんだ。
 ここで一句。

 憐(あわ)れなり 子供会いたさ 仇(あだ)となり

 改めて、サラの恐さを思い知る吾輩であった。
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