柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

文字の大きさ
上 下
76 / 94

【Episode 72】

しおりを挟む
 ほどなくして、玄関のドアが開いた。
 まずは奈美と真紀が出てきた。
 そのあとからママとパパ。
 そして最後に大ママが出てきて、玄関の鍵を掛けた。

 「ワン! ワン!」
(みなさんお揃いってことは、ミッシェルに会いにみんなで行くんですね!)

 吾輩はうれしくなって飛び跳ねた。
 するとパパが近寄ってきて、

「家族みんなで出掛けてくるから、留守番よろしくな」

 吾輩の頭をなでながら、そう言った。

 ななな……。
 この展開は……。

 そう思いつつも、あまりにも信じられぬその言葉に、吾輩は眩暈(めまい)を覚えてクラッとした。

「ワン……、ワン……」
(え、え……、そ、それって、どういうことですか、パパ……。今日はミッシェルに会いに行くんじゃ……)

 パパを見つめる眼に涙が滲んだ。

「ワン……、ワ、ン……」
(ねえ、大ママ。そうですよね、ミッシェルに会いに行くんですよね……)

 吾輩は、絶望に打ちひしがれて、助けを求めるように大ママを見つめた。
 まさか、吾輩はまた夢を見ているのだろうか。
 それとも、それとも――

 これが正夢ってやつですかー!!!

 吾輩は大ママとパパの顔を交互に見た。
 すると、

「パパ、そんな騙すようなことを言ったら、ゴン太がかわいそうよ。さァ、待ち合わせの時間に遅れるから行きましょう」

 大ママは、夢で見たときとは違う台詞を言った。
 パパはそれに、「はいはい」と答えると、背のうしろに回していたもう片方の手を出した。
 その手にはリードが握られていた。
 パパは、リードを背のうしろに隠していたのだ。

「よし、ゴン太。ミッシェルに会いにいこう!」

 吾輩にリードを着けながらパパが言った。

「ワン! ワン、ワン!」
(はい! 行きます! パパ、ありがとう!)

 吾輩は感激のあまり、涙を流す代わりにオシッコをチビらせてしまった。
 そうして、吾輩をふくめた大原家一行は、河川敷の公園へと向かった。
 吾輩は、ミッシェルに会いたい気持ちが先に立って、犬小屋でふて寝をしている鈴木家のベンなどには一瞥(いちべつ)もくれずに進んだ。
 ズンズンズン、ズンズンズンズと進んでいくと、河川敷の土手が見えてきた。
 吾輩は走り出す勢いで、パパの持つリードを引いた。

「こらこら、ゴン太! おまえの気持ちはわかるが、そんなにリードを引くなって」

 パパがそう言うのもかまわず、吾輩はリードを引きまくった。

「ゴン太、もっとスローダウン!」

 パパはたまらずに小走りになった。

「ワン! ワン!」
(スローダウンなんて、できますかっての。さっきの意地悪の、お返しですよ!)

 吾輩はさらに加速した。

「おいおいおい! 待て、ゴン太! 走るなって!」

「ワン! ワン!」
(それは、無理な相談ですよー!)


 吾輩の走りについてこれず、パパはリードを離してしまった。

 やった、ラッキー!

 ってなわけで、吾輩はぐんぐんスピードを上げて、一気に河川敷の土手を駆け上がった。
 午前中の公園には、さすがに仲間たちの姿はほとんどなかった。
 吾輩は公園全体を見渡す。
 すると、吾輩の眼に、一匹の柴犬の姿が眼に入った。

 ミッシェルだ……。

 吾輩は逸(はや)る気持ちを抑えて、ゆっくりとミッシェルに近づいていった。
 夢にまで見た、ことはないが、吾輩の先には姉か妹のミッシェルがいた。
 激しく胸を叩く鼓動が、耳にはっきり聴こえてくる。
 吾輩は喉の渇きを覚えて、なんども生唾を飲みこんだ。
 吾輩が近づいていくことを、ミッシェルのほうも気づいた。
 ミッシェルが吾輩を見つめる。
 同じ母から産まれた三つ子の中の一匹、ミッシェル。
 感動の再会である。
 そばにいるご主人も吾輩に気づいて、気を遣ってかミッシェルからリードを外した。
 ミッシェルも吾輩のほうへゆっくりと近づいてきた。

 ミッシェル……。

「ミッシェル!」

 吾輩は声を出して名を呼んだ。
しおりを挟む

処理中です...