柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 87】

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「赤ちゃんて、どうやってできるの?」

 なんと、サリーはそう訊いてきたのだった。

 ななな……。

 何を言いだすのやら。
 それも直球で訊いてくるなんて、何なんだこの子はー、って感じである。
 さっきはサリーのことを、おとなの女犬になったと思ったりはしたけれど、いやいやまだまだ子供なのだ。
 サラと並んだらどっちがどっちかわからないほどだとも言ったりしたが、実際に並んでみたら、やはりサラのほうが大きいだろう。
 吾輩は少しオーバーに言ったのだ。
 いわゆる、話を盛ったのである。
 生まれてまだ半年も満たないのだから、おとなの女犬になるわけがない。
 猫の年齢の取り方も、我が種族と同じで約1年半で20歳になるから、サリーは奈美くらいであろうろうか。
 そのサリーが、子供はどうやってできるのかなんて訊いてくるものだから、吾輩はぶったまげてうろたえてしまった。
 オマセさんなのである。

「ねえ、おじさん。赤ちゃんはどうやってできるの? 教えてよ」

 教えてよ、と言われて、「それはね、あーしてこーして」などと答えるわけにはいくまい。
 ここは、分別をわきまえたおとなの男犬として、対応することが賢明であろう。

「サリー。どうしてそんなことが知りたいんだい?」

 まずは、そこを確認するのが重要である。

「わたし、赤ちゃんがほしいの」

 ななな、なーにー! 
 赤ちゃんが欲しいだってー!

 驚き、桃の木、山椒の木である。

 って言うか、山椒の木ってなんだよ!

 と、思わず自己ツッコミをしてしまったが、驚き、桃の木ときてなぜに山椒の木なのか。
 桃といえば果物である。
 山椒といえば香味である。
 ならば、桃の木のあとは「蜜柑の木」または「林檎の木」ではないのか。
「葡萄の木」だってよかったはずだ。
 なのに、よりによって山椒の木を持ってきたというのには、何か意図があるのだろうか。

 ふむ……。

 あ、いやいや、そんなことを考えている場合ではない。
 いまは、子供らしからぬサリーの問いに返答せねばならないのだ。
 ちなみに言っておくが、山椒はミカン科サンショウ属の落葉低木である。
 となると、山椒は蜜柑の親戚であるのだから、「驚き、桃の木、山椒の木」もアリなのかもしれぬ。
 と言うことで、話をもとにもどそう。
 しかし、赤ちゃんが欲しいとは、サリーも大それたことを言うものである。
 自分自身がまだ子供であるのに、どういうことなのか。

「なぜに、赤ちゃんが欲しいのかな?」

 吾輩は訊いた。
 するとサリーは、

「うん。じつは昨日、すぐそこの空き地でお友だちとひなたぼっこをしているときにね、赤ちゃんてかわいいよねってお話になって、お友だちが『赤ちゃんほしいよねー。でも、どうしたら赤ちゃんてできるのかしら。ねえ、サリー。知ってる』ってきくものだから、『うん、知ってるわよ』って言っちゃたの。だから、教えてほしいの」

 そう答えたのだった。

 ふむふむ、なるほど……。

 そういうことだったのか。
 なんのことはない。
 サリーは、赤ちゃんに興味を持つ年頃なのだ。
 そう言えば、つい先日、

「赤ちゃんはね、コウノトリさんが運んでくるのよ」

 奈美が自慢げに、真紀にそう言っていた。
 人間も猫も、そう変わるものではないのだ。
 ならば答えは簡単である。
 奈美が言っていたことをそのまま口にすればいい。
 そう思い、吾輩が口を開きかけると、

「まさか、『赤ちゃんは、コウノトリが運んでくるんだよ』なんて、そんなチープなことは言わないわよね、ゴン太のおじさん」

 サリーに見透かされてしまったのであった。

「へ? いや、そんなこと、言うわけがないじゃないか」

 吾輩は、面子を保とうとそう言った。

「そうよね、まさかおじさんが、そんなおバカな答えを言うわけがないわよね」
「そりゃそうさ、ハハハハハ」

 吾輩は笑って誤魔化すしかなかった。
 だが、しかしだ。
 どう答えればいいものか。

 ぐむむ……。

 まだ父親になったことのない吾輩には、赤ちゃんがどうやってできるかなど、まったくもってわからないのであった。
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