柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 90】

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 お天道様が西の空を茜色に染めるころ、ママがリードを手に玄関から出てきた。

 やったー!
 やっと散歩の時間だー!

 長かった。
 散歩を待つ時間は、気が遠くなるほど長かった。
 ようやくこれで、河川敷の公園に行ける。
 クララ姫に逢えるのである。

 クララ姫に逢えるぞー!

 吾輩はうれしくって、ママを見上げてシッポをぐるんぐるん回した。
 そんな吾輩の首にリードを装着すると、

「さあ、散歩に行くわよ」

 ママは立ち上がった。
 吾輩はすでに、スタンバイ・OKである。

 いざ、クララ姫のもとへ!

 ママが門を開ける。
 吾輩は胸を高鳴らせて、舗道へと脚を踏み出した。
 このところ、日曜日はママが散歩に連れ出してくれるようになった。
 それはなぜかと言うと、散歩に連れてくるクララ姫の主人の奥さんと、ママが友だちになったからである。
 今日は奈美と真紀がついてこないから、遠慮なしにグングン進む。
 住宅地を抜けて河川敷の土手が見えてきたところで、吾輩はさらにスピード・アップする。
 それでもママは、吾輩に歩調を合わせてついてくる。
 土手を駆け上がり、脚を止める。

 クララ姫はきているだろうか……。

 公園に眼を馳せると、クララ姫の姿を認めることができた。
 吾輩はママを見上げる。
 それだけで、ママは吾輩がリードを外してほしいということを理解してくれる。
 大ママだったらそうはいかない。
 公園に足を踏み入れるまでは、リードを外してくれないのだ。

「はい、いいわよ。行っておいで」

 ママにリードを外してもらい、吾輩は公園へと走った。
 クララ姫のもとへ、まっしぐらだ。

「クララ!」

 吾輩はスピードを落とし、ゆっくりとクララ姫に近づいていく。

「ゴン太さん、こんにちは」

 クララ姫が、吾輩に顔を向けた。
 その隣には、なぜだかマイケルの姿がある

「よ、マイケル」

 一応、マイケルにも声を掛ける。

「なんだよ、ゴン太。いい雰囲気が台なしだよ」

 マイケルの言葉に、

「え、そうだったのか?」

 吾輩はたじろいだ。
 クララ姫と、いつの間にそんな仲になっていたのか。
 愕然と吾輩は、クララ姫とマイケルの顔を交互に見つめた。

「そんな地球の終わりみたいな顔するなよ、ゴン太。冗談だよ、冗談。おまえが来るまで、場をつないで置いただけだよ。じゃ、あとはふたりでごゆっくり」

 そう言うと、マイケルはその場を離れて行った。
 すごすごと去っていく背に眼をやる。
 するとなにやら、胸の中にもやもやとするものがこみ上げた。
 その正体がわからぬまま、吾輩はクララ姫へと顔を向け直して、

「元気だった?」

 改めるように吾輩は訊いた。

「はい。ゴン太さんはいかがでしたか?」
「うん。元気以外、吾輩にはなんの取り柄がないからね」
「そんなことはありません。ゴン太さんにだって、いいところがたくさんありますわ」

 ゴン太さんにだって、という言葉が引っ掛かりながらも、

「吾輩にいいところなんて、あるのかな」

 そう訊いてみた。

「ありますわ」
「例えば?」
「率直なところですわ」
「他には?」
「やさしいところですわ」
「うんうん。それで、他には?」

 吾輩は気をよくして、さらに訊いた。

「他に、ですか……」
「そうそう、他に、他に」
「えっと……」

 クララ姫は眉間にしわを寄せて考え込むと、

「とにかく、ゴン太さんはいい男犬だってことですわ」

 そう言った。

 って、もうないんかい!!!

 吾輩が胸の中でツッコミを入れたのは、言うまでもなかった。
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