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チャプター【14】
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朝の新鮮な空気が入りこむ。
滝沢は大きく息を吸い、そして吐いた。
それでいくぶん気持ちが落ち着いた。
ふと舗道へ眼を落とすと、真向かいの家の老婦人が掃き掃除をしている。
髪に白いものが目立つその老婦人は、2年前に夫に先立たれた未亡人だ。
家族はおらず、ひとりで真向かいの家に住んでいる。
齢は70を越えたあたりだろう。
隣人として朝の挨拶を欠かすわけにはいかないと、声を掛けようとしたそのとき、老婦人がふい顔を上げ滝沢を見上げた。
まるで初めから、滝沢がそこにいたことを知っていたかのように。
滝沢は一瞬狼狽し、それでもすぐに気をとり直して、
「おはようございます」
笑顔を向けた。
だが老婦人は、笑顔を返すわけでもなく無言のまま滝沢を見上げていた。
「あの、いいお天気ですね」
それにも老婦人は答えず、ただ眼を向けている。
いや――
そうではない。
老婦人のその眼は、確かに滝沢へと向けられてはいるが、焦点が定まっていなかった。
ただ虚ろに、滝沢のいる方角へと眼を向けているだけだ。
魂の抜けた人間の眼。
と、
とつぜん老婦人の身体全体が軋むようにゆがんだ。
そう見えた。
だが正確には、老婦人をとりまく空間がゆがんだのだ。
TVモニターが電波障害を起したように、その空間の磁場がいびつに乱れたといっていい。
そのとたん、老婦人の顔が変貌していた。
皺の中に窪んだ眼が、白く濁っている。
白濁した眼の中央には、瞳孔だけが黒い点となってあった。
それだけではない。
髪までが完全に白髪となり、皮膚は灰色に乾ききっている。
唇は鋭利な刃物で切られたように両端が裂けていた。
と思うと、その唇の端が異様なほどつり上がった。
老婦人は笑っていた。
その容貌は、ゾッとするほど不気味だった。
まるで死霊であるかのように。
滝沢は背にぞわりと寒気を覚えて、思わず窓を閉め窓辺を離れた。
(いったい、なんだ……)
いま見た光景に、滝沢は驚愕した。
夢を見ているわけではない。
眼は確実に醒めている。
意識もしっかりとしている。
あんなものを現実で見るはずがない。
ならばなんだ。
幻覚を見たとでもいうのか。
それとも、自分自身が幻影を創りだしたとでもいうのだろうか。
いや、ちがう。
ただの錯覚に決まっている。
滝沢はその真相を確かめようと、恐る恐るゆっくりと窓に近づき舗道へと眼を落とした。
老婦人の姿が眼に入る。
しかし老婦人は、何事もなかったように舗道の掃き掃除をつづけている。
ふいに顔を上げることはあっても、滝沢を見上げることはなかった。
半白髪の髪やわずかに覗く顔も、いつもとどこも変わるところはない。
やはり、ただの錯覚だったのか。
だが、ただの錯覚と決めつけてしまうには、それはあまりにも脅威な現象だった。
たとえそれが幻覚のたぐいであったとしても、滝沢には現実的すぎた。
それもこれも、あんな夢を見たからにちがいない。
(まったく、なんだっていうんだ……)
滝沢はまた汗を掻いていた。
すぐにでもシャワーを浴びたかった。
粘りつく汗や、脳裡に残る夢の残像や、いま見た錯覚か幻覚のたぐいを、すべて洗い流してしまいたかった。
滝沢は窓際を離れ、寝室を出ると階下へと下りていった。
滝沢は大きく息を吸い、そして吐いた。
それでいくぶん気持ちが落ち着いた。
ふと舗道へ眼を落とすと、真向かいの家の老婦人が掃き掃除をしている。
髪に白いものが目立つその老婦人は、2年前に夫に先立たれた未亡人だ。
家族はおらず、ひとりで真向かいの家に住んでいる。
齢は70を越えたあたりだろう。
隣人として朝の挨拶を欠かすわけにはいかないと、声を掛けようとしたそのとき、老婦人がふい顔を上げ滝沢を見上げた。
まるで初めから、滝沢がそこにいたことを知っていたかのように。
滝沢は一瞬狼狽し、それでもすぐに気をとり直して、
「おはようございます」
笑顔を向けた。
だが老婦人は、笑顔を返すわけでもなく無言のまま滝沢を見上げていた。
「あの、いいお天気ですね」
それにも老婦人は答えず、ただ眼を向けている。
いや――
そうではない。
老婦人のその眼は、確かに滝沢へと向けられてはいるが、焦点が定まっていなかった。
ただ虚ろに、滝沢のいる方角へと眼を向けているだけだ。
魂の抜けた人間の眼。
と、
とつぜん老婦人の身体全体が軋むようにゆがんだ。
そう見えた。
だが正確には、老婦人をとりまく空間がゆがんだのだ。
TVモニターが電波障害を起したように、その空間の磁場がいびつに乱れたといっていい。
そのとたん、老婦人の顔が変貌していた。
皺の中に窪んだ眼が、白く濁っている。
白濁した眼の中央には、瞳孔だけが黒い点となってあった。
それだけではない。
髪までが完全に白髪となり、皮膚は灰色に乾ききっている。
唇は鋭利な刃物で切られたように両端が裂けていた。
と思うと、その唇の端が異様なほどつり上がった。
老婦人は笑っていた。
その容貌は、ゾッとするほど不気味だった。
まるで死霊であるかのように。
滝沢は背にぞわりと寒気を覚えて、思わず窓を閉め窓辺を離れた。
(いったい、なんだ……)
いま見た光景に、滝沢は驚愕した。
夢を見ているわけではない。
眼は確実に醒めている。
意識もしっかりとしている。
あんなものを現実で見るはずがない。
ならばなんだ。
幻覚を見たとでもいうのか。
それとも、自分自身が幻影を創りだしたとでもいうのだろうか。
いや、ちがう。
ただの錯覚に決まっている。
滝沢はその真相を確かめようと、恐る恐るゆっくりと窓に近づき舗道へと眼を落とした。
老婦人の姿が眼に入る。
しかし老婦人は、何事もなかったように舗道の掃き掃除をつづけている。
ふいに顔を上げることはあっても、滝沢を見上げることはなかった。
半白髪の髪やわずかに覗く顔も、いつもとどこも変わるところはない。
やはり、ただの錯覚だったのか。
だが、ただの錯覚と決めつけてしまうには、それはあまりにも脅威な現象だった。
たとえそれが幻覚のたぐいであったとしても、滝沢には現実的すぎた。
それもこれも、あんな夢を見たからにちがいない。
(まったく、なんだっていうんだ……)
滝沢はまた汗を掻いていた。
すぐにでもシャワーを浴びたかった。
粘りつく汗や、脳裡に残る夢の残像や、いま見た錯覚か幻覚のたぐいを、すべて洗い流してしまいたかった。
滝沢は窓際を離れ、寝室を出ると階下へと下りていった。
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