もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第29話】

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「さあ、注いで」

 直人はぐうの音も出ずに、さゆりにワインを注ぎ足した。
 しばし唖然とさゆりを見つめていた朝子が、

「言うじゃないの、さゆり。見直したわ」

 ある意味、尊敬の眼差しを向けた。
それに成実も同調する。

「ほんとよ。だてに前世や魂のことを語ってるわけじゃないのね」
「まあね」

 褒められて、さゆりは気をよくした。

「直人はちょっと可哀想だけど」

 成実が直人に眼を向ける。
 直人は肩を落とし、大きな身体を小さくしている。
 男ならここで激怒し、反論のひとつも返すところなのだろうが、そうしないのは自分の非を素直に認めているからなのか、それともただたんに、何も言い返すことができずにしょげているだけなのか。
 そのふたつを考えてみると、直人の様子を見れば後者なのは明らかだった。
 そんな直人をトオルは見かねて、

「女の人には、男は勝てないね」

 しょげ返った背に手をやった。

「口では女に勝てないからな」
「そうだね」
「でもな、女の中でもさゆりは特別なんだよ。コイツにかかったら、どんな男もコテンパンさ。おまえも大人になったら、こういう女はだけはやめておけよ」

 直人は小声でそう言った。

「なにか言った?」

 地獄耳のさゆりが、直人をキッと睨む。

「あ、いや、なんでもない。こっちの話。なァ、トオル」

 直人はバツの悪い顔で、トオルに目配せをした。

「う、うん。男と男の話」

 トオルは話を合わせた。

「フフ、トオルくんてやさしいのね。まあ、いいわ。今日はクリスマス・イヴ。楽しくやりましょ」

 みんなは改めて乾杯をした。
 皆、酔うほどに饒舌になり、盛り上がっていった。そんな中、トオルだけはしらふなだけに、盛り上がる席で浮いていた。
 それでもトオルは、皆の話を聴いているだけで楽しかった。
 トオルの膝の上で眠ってるサラは、これだけ賑わっているにもかかわらず、一向に眼を醒ます気配がない。
 少し眠りすぎじゃないのかな、と思って声をかけても、まるで反応がなかった。

(これじゃ、眠り猫だな……)

 そんなことを思っていると、

「ねえ、カラオケ行かない?」

 と、成実が言い出し、即座に皆が同意した。
 カラオケは、未来でも人気のレジャーであるらしい。
 朝子がタクシー会社に電話を入れ、皆でテーブルを片付けると、皆、プレゼントを手に部屋をあとにした。
 プレゼントの交換は、カラオケの店でやるのだろう。
 外はすっかり夜の闇に落ちていた。
 マンションの前で待っていると、ほどなくしてタクシーがやってきた。
 タクシーはワンボックスタイプの車で、乗りこんでみると、ゆとりの広さがあった。
 トオルはふと、「運転手はロボットだったりして」と思ったりしたが、そのタクシーは無人のオート・ドライヴになっていた。

「行キ先ヲドウゾ」

 音声がすると、リア・シートの前面に小型の液晶画面が現れた。
 ディスプレイは行き先をインプットするようになっていて、朝子が手早く入力した。

「行キ先ハ、『カラオケ・ミュージアム、歌天国』デスネ。カシコマリマシタ」

 音声とともに車体がわずかに浮いて、静かに走り出した。
 タクシーは微かな振動もなく走る。
 それもそのはず、車体にはタイヤがなく、路上を浮いて滑るように走っているのだ。
 それはあのモール街を走っていたバスと同じだった。
 きっと、リニヤ・モーターの磁力の原理なのだろう。
 それが未来では、車にも実用化されているのだった。
 マンションの高層ビル群を抜けると、煌びやかなネオンに彩られた繁華街に入っていった。
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