もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第40話】

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『そして、ふたりの交際が始まったのね?』

 田所久子が訊いた。

「はい」

 朝子が答える。
 その朝子を見守るトオルの眼差しは、愛する人を見つめる眼だ。
 トオルには、律子と出逢ったころの想い出が鮮明に甦っている。
 愛してやまなかった律子との日々を、昨日のことのように思い出している。
 律子、僕は君を忘れたことはない。
 愛して愛して、ずっと愛しつづけてる。
 トオルの眼には涙がこみ上げていた。

『それからふたりは、どうなったの?』

 田所久子が訊く。
 場面がまたも流れていく。
 律子の記憶が、彼女の透への想いが、朝子の中に次から次へと入ってくる。
 律子がどれほど透を愛していたのかが、彼女がどれだけ透から愛されていたのかがわかる。
 あたかも、朝子自身の記憶のように心を振るわせる。
 そして場面が変わる。
 そこはイタリアン・レストランだ。
 その日は、クリスマス・イヴ。
 店内は幸福に包まれた若者たちで賑わっている。
 その中に律子と透の姿がある。
 自分たちの未来を仲睦ましく語り合っている。

「早いものね。透と出逢って、もう五年が過ぎたなんて」

 ワインを口にして、律子が言う。
 いや、それは朝子が言ったのかもしれない。
 朝子は律子の中にいた。
 いや、それも違う。
 朝子はいま、律子だった。
 律子として透と会話を交わしていた。

「だよなあ。僕には、律子と出逢ったのが、ほんの1週間ほど前にしか思えない」
「それって、私とつき合ってきた5年間には、想い出がないみたいじゃない」

 私は言う。
 彼の気持ちを知っていながら、それを言葉にして欲しくて。

「違うよ、そうじゃない。僕の心は、律子と出逢ったあの頃と少しも変わらないってことさ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「だったら、どう変わらないの?」

 私は彼が好きだ。好きで好きでたまらない。

「なんだよ。ワインの飲みすぎじゃないのか?」
「いいじゃない。今日はイヴよ。聴かせて」

 彼と出逢えたことを幸運に思う。

「わかったよ」

 彼は照れながらもワインを口に含み、真剣な眼差しを私に向ける。

「僕はあの頃と少しも変わらず、君のことを愛してる。これからもずっと」

 なんという言葉だろう。
 彼は心から私を愛してくれている。
 きっと彼は、結婚してからも、生涯変わらぬ愛を捧げてくれるだろう。
 私も生涯、彼を愛しつづけていく。
 ふたりが年老いて、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、この愛が変わらないと誓える。
 もし、死がふたりを別つときがきても、それはほんのつかの間の別れというだけ。
 彼と私は、生まれ変わってもきっと、まためぐり逢うに違いない。
 そう、ふたりは魂で結ばれている。
 ふたりの愛は永遠なのだから。
 いますぐに、彼が欲しいと私は思う。
 それは彼も同じで、ふたりは店を出る。
 冷えた空気がとても気持ちいい。
 私は飲みすぎたようだ。
 足取りがおぼつかない。
 ふと、白い結晶が舞っていることに気づく。

「あ、雪よ。透、雪ッ!」

 私はうれしくなって、手のひらを天に向けて歩く。
 夜空から舞い降りてくる雪に、私は心を奪われる。

「律子、あぶないぞ」

 彼の声を聴いたその刹那、私は足を踏み外して、身体が車道へと傾いだ。
 眩しいほどの車のライトが私に迫ってくる。
 それは一瞬のことだった。
 私の身体が宙に浮く。
 そして闇が広がる。
 気づくと私は、車道に立っていた。
 何が起きたのかわからない。

「律子ッ!」

 彼の声が聴こえる。
 彼が私に近づいてくる。
 だが彼は、私の横を通り過ぎて、車道に倒れている女性を抱き上げた。
 それは私だった。

「なんだよ、律子。どうしたんだよ。なァ、眼を開けてくれよ」

 彼は私を抱きかかえながら、哀しい声で話しかける。
 何が起きたのかわからない。

 透? ねえ、私はここよ……。
 その声は、彼には届かない……。
 ねえ、透、それは私じゃない……。
 私はここにいるわ……。

 人だかりが周辺をかこんでいく。

「頼むからなんとか言ってくれよ。律子、律子ォ」

 彼の顔が悲痛にゆがむ。

 透、私……、私は死んだの……。
 
 ようやくその現実が理解できたとき、天から煌びやかな光が頭上から射してきた。
 私の身体が光に包まれていく。
 何も恐くはなかった。
 私は彼を見つめた。
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