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【第46話】
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「あなたさまは、お釈迦様……」
透は呆然とその方を見つめ、「ありがたや」と思わず合掌していた。
「オイ、なんだよ。今度はシッダールタかよ。いったい、なにをしに来た」
ザイールはうんざりと言った。
「私が人であった頃の名で呼ぶのはおやめなさい。私の名はシャカです」
シッダールタと呼ばれた男――シャカが言った。
「はいはい、確かにね。おまえは人でありながら、あの方から仏の称号を戴いたシャカでした。それで? って、まさか、この男を地獄へ連れて行くのを、止めにきたわけじゃないだろうな」
ザイールがシャカを睨む。
「そのとおりですよ」
シャカは、はっきりとそう言った。
その眼は半眼に開いている。
「こら、ふざけんなよ。この男はオレと契約を交わしたんだ。いくらおまえでも、それを破棄することはできないぜ」
「いいえ、ザイール。あなたが知らないはずはありません。仏である私には、その権限があるということを」
「ちょっと待てよ。それはナシだぜ。地獄行きの契約を取るのは、そう簡単なことじゃないんだ。オレがどれだけ苦労してると思ってやがる」
「苦労ですって?」
半眼だったシャカの眼が、かっと見開いた。
「あァ、そうだよ」
ザイールが吐き棄てる。
「ザイール、あなたは苦労の意味がわかって言っているのですか?」
「意味? ケッ、ふざけんな。苦労に意味なんてあるもんか。あるとするなら、できればしなくてもいいのが苦労だよ」
あしらうようにザイールは言った。
「あなたは、人として生きたことがないから、そういうことが言えるのです。いいですかザイール。耳の穴をかっぽじってよーくお聞きなさい」
シャカは、そう前置きして語り始めた。
苦労とは、あのお方が人にお与えになった労りなのです。
人は自ら苦しみを知らなければ、他人の苦しみを知ることはできません。
そうでなければ、心から人を労わることなどできないからです。
労りとは、力を学ぶということ。
それは決して腕力や権力などではありません。
心の力です。
つまりそれは、やさしさや想いやり、そして慈しむということに他ならないのです。
たとえば荒れ果てた大地を美しい花々でいっぱいにしようとするなら、労せずに成りえることはないでしょう。
雑草を刈り、土を耕し、そこへ花の種を蒔きます。
そして水をやり、やがて種は芽を出し、そして甲斐がいしく世話をすることでやっと花が咲くのです。
けれど、心もなく嫌々世話をしていたのでは、花は咲いてはくれません。
やさしく想いやって、慈しみつつ労してこそ花は美しく咲いてくれるのです。
労することとは、すなわち労りの奉仕。
それが、苦労というものの本質なのです。
ザイール、あなたも人として生まれてみれば、苦労の意味がわかるはずです」
語り終えると、シャカは眼を閉じて合唱した。
「カカッ。まさに仏の説法ってやつか? とにかくよ、おまえに邪魔はさせないぜ」
ザイールが言う。
「そうですか。それならばわかりました」
と、シャカが返す。
「おッ、物分りがいいじゃねえか。わかればいいんだよ、わかれば。ハッハッハッ」
ザイールは居丈高に笑った。
「ただひとつ――」
シャカは眼を細めてザイールを冷たい視線で見やる。
「な、なんだよ」
その視線に、ザイールはまさにヒヤッとした。
「あなたは、本来、地獄へ行くわけなどない人から、契約を取っているのですよねえ。それをあの方は存じているのですか? それとも、知っていて許しているのですか?」
「え、いや、それは……、オレにはオレの事情ってものが……」
ザイールはとたんに冷や汗をかいた。
「近いうちに、会いに行こうと思っているのですよ。あの方、ルシフェル様に」
「なななな」
今度は大量の冷や汗がどっと出た。
「そのときに、お話ししてもいいのですよ。あなたがどのようにして、人を地獄へと連れて行っているのか」
「むむむむむ……。おまえ卑怯だぞ」
ザイールは追い込まれた。
「卑怯とは、また笑止な」
シャカは唇の端に薄い笑みを浮かべた。
透は呆然とその方を見つめ、「ありがたや」と思わず合掌していた。
「オイ、なんだよ。今度はシッダールタかよ。いったい、なにをしに来た」
ザイールはうんざりと言った。
「私が人であった頃の名で呼ぶのはおやめなさい。私の名はシャカです」
シッダールタと呼ばれた男――シャカが言った。
「はいはい、確かにね。おまえは人でありながら、あの方から仏の称号を戴いたシャカでした。それで? って、まさか、この男を地獄へ連れて行くのを、止めにきたわけじゃないだろうな」
ザイールがシャカを睨む。
「そのとおりですよ」
シャカは、はっきりとそう言った。
その眼は半眼に開いている。
「こら、ふざけんなよ。この男はオレと契約を交わしたんだ。いくらおまえでも、それを破棄することはできないぜ」
「いいえ、ザイール。あなたが知らないはずはありません。仏である私には、その権限があるということを」
「ちょっと待てよ。それはナシだぜ。地獄行きの契約を取るのは、そう簡単なことじゃないんだ。オレがどれだけ苦労してると思ってやがる」
「苦労ですって?」
半眼だったシャカの眼が、かっと見開いた。
「あァ、そうだよ」
ザイールが吐き棄てる。
「ザイール、あなたは苦労の意味がわかって言っているのですか?」
「意味? ケッ、ふざけんな。苦労に意味なんてあるもんか。あるとするなら、できればしなくてもいいのが苦労だよ」
あしらうようにザイールは言った。
「あなたは、人として生きたことがないから、そういうことが言えるのです。いいですかザイール。耳の穴をかっぽじってよーくお聞きなさい」
シャカは、そう前置きして語り始めた。
苦労とは、あのお方が人にお与えになった労りなのです。
人は自ら苦しみを知らなければ、他人の苦しみを知ることはできません。
そうでなければ、心から人を労わることなどできないからです。
労りとは、力を学ぶということ。
それは決して腕力や権力などではありません。
心の力です。
つまりそれは、やさしさや想いやり、そして慈しむということに他ならないのです。
たとえば荒れ果てた大地を美しい花々でいっぱいにしようとするなら、労せずに成りえることはないでしょう。
雑草を刈り、土を耕し、そこへ花の種を蒔きます。
そして水をやり、やがて種は芽を出し、そして甲斐がいしく世話をすることでやっと花が咲くのです。
けれど、心もなく嫌々世話をしていたのでは、花は咲いてはくれません。
やさしく想いやって、慈しみつつ労してこそ花は美しく咲いてくれるのです。
労することとは、すなわち労りの奉仕。
それが、苦労というものの本質なのです。
ザイール、あなたも人として生まれてみれば、苦労の意味がわかるはずです」
語り終えると、シャカは眼を閉じて合唱した。
「カカッ。まさに仏の説法ってやつか? とにかくよ、おまえに邪魔はさせないぜ」
ザイールが言う。
「そうですか。それならばわかりました」
と、シャカが返す。
「おッ、物分りがいいじゃねえか。わかればいいんだよ、わかれば。ハッハッハッ」
ザイールは居丈高に笑った。
「ただひとつ――」
シャカは眼を細めてザイールを冷たい視線で見やる。
「な、なんだよ」
その視線に、ザイールはまさにヒヤッとした。
「あなたは、本来、地獄へ行くわけなどない人から、契約を取っているのですよねえ。それをあの方は存じているのですか? それとも、知っていて許しているのですか?」
「え、いや、それは……、オレにはオレの事情ってものが……」
ザイールはとたんに冷や汗をかいた。
「近いうちに、会いに行こうと思っているのですよ。あの方、ルシフェル様に」
「なななな」
今度は大量の冷や汗がどっと出た。
「そのときに、お話ししてもいいのですよ。あなたがどのようにして、人を地獄へと連れて行っているのか」
「むむむむむ……。おまえ卑怯だぞ」
ザイールは追い込まれた。
「卑怯とは、また笑止な」
シャカは唇の端に薄い笑みを浮かべた。
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