バタフライ~復讐する者~

星 陽月

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チャプター【009】

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 夢はそこで、場面が変わる。

 雪が降っている。
 いや、それは雪のように見えるが雪ではない。
 灰色がかった火山灰だ。
 噴火口から舞い上がりつづける黒煙が空を被い、火山灰が雪のように降り落ちているのだ。
 蝶子は、倒壊した家屋の瓦礫を避けながら歩いている。
 そのうしろを、妹がとぼとぼとついていく。
 ふたりの頭や肩には、火山灰が積もっている。

「おねえちゃん。梨花、お腹空いた」

 前をゆく姉の背に、妹がそうこぼした。
 その声に蝶子は足を止め、うしろをふり返った。

「もう歩けないよ」

 妹は力つきたというように、ぐったりとその場に坐りこんでしまった。
 無理もないことだった。
 この2日間、食料を求めて瓦礫の中を探しつづけているのだが、何も見つけ出すことはできなかった。
 蝶子の体力も限界にきているのだから、妹ならばなおさらのことだろう。蝶子は妹に近づいていき、何やら制服のポケットから取り出すと、

「はい。梨花にあげる」

 そう言って差し出した。

「おねえちゃん。これ――」

 それを眼にし、妹は愕きと歓びの表情を浮かべ、だがすぐに首をふった。

「ダメ。これはおねえちゃんの分だもん」

 妹は受け取ったものを返そうとした。
 蝶子が差し出したのは、板型のチョコレートの半分だった。

「おねえちゃんはお腹空いてないから、いいの。梨花が食べな」

 それは、ふたりにとって最後の食料だった。
 昨夜蝶子は、その最後となったチョコレートを半分に割り、片方を妹に分け与えると、もう片方を制服のポケットに入れておいたのだ。
 自分は食べずにそうしたのは、妹が腹を空かせたときに食べさせてあげようと思ったからである。
 そんな姉のやさしさを察してか、妹は手の中のチョコレートをさらに半分に割ると、

「一緒に食べよ」

 片方を差し出し返した。
 それに対して蝶子が、「梨花が全部食べていいんだよ」そう言うと妹はまた、今度は大きく首をふって、

「おねえちゃんが食べないなら、梨花も食べない」

 険しい顔をしてそう言った。
 妹のその真剣な眼差しに、蝶子は微笑みを浮かべて、

「わかった。じゃ、一緒に食べよっか」

 差し出されたチョコレートを受け取った。
 そのチョコレートを小さく割って口にする。
 舌に載せると、とたんにほのかな苦みのふくんだ甘さが口の中に広がった。
 なんという甘さだろうか。
 チョコレートがこれほど甘いものだということを、蝶子は初めて知った。
 空腹が味覚を過敏にさせているからだろう。
 陶酔してしまいそうなほどの甘さが、全身へと浸透していく。
 するとしだいに、蓄積した疲労が緩和され、身体の裡から力がみなぎってくるようだった。

「甘くて美味しいね」

 妹はまるでリスのように、チョコレートを前歯で少しずつ削るようにして食べている。
 最後の食料となるだけに、大切に食べようとしているのだろう。
 蝶子は妹が食べ終えるのを待った。

「おねえちゃん。今日も食べるものが見つからなかったね」

 小さなかけらとなったチョコレートを惜しむように口に入れると、妹はそう言って姉の顔を見つめた。

「大丈夫。明日は必ず見つかるわよ」

 蝶子は、妹を元気づけるようにそう言った。
 ふたりは瓦礫の散乱する中を歩き出した。
 火山灰が、静かに降り落ちていた。
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