哀しみは、もういらない

星 陽月

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【第23話】

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「もしそうだとしても、口に出さないのが礼儀ってものよ……」

 妙子は独り言のように、口許で言ったつもりだったが、

「え? やっぱりそうだったの? なんだ、それだったら、ふたりだけになれるところに行けばよかったな」

 晃一はしっかり聞いていた。

「だから、もしそうだったらって話でしょ」

 妙子はムキになる。

「冗談だよ。でもさ、先生の中にあるいろんなもの、ここで吐き出せればいいかなって、そう思ったんだ。少しでも気がまぎれて、気持ちが楽になれればいいじゃない。でも、正直にいえば、他にいいところが思いつかなくてさ」

 晃一は盤面に顔を向け笑った。
 その晃一の横顔を妙子は見つめる。
 晃一が言ったように、自棄になっていたのは確かだった。
 そして晃一を求めていたことも。
 それを晃一は見抜いていたに違いない。
 見抜いていながら、冗談として置き換え、そしてここへ来たのも妙子の心を読み取って、あえて静かな場所を避けたのだろう。
 そんな晃一のやさしさを妙子も読み取り、胸が熱くなった。
 盤面を見つめる顔がある。
 まだ二十歳にも満たない、初々しいまでのその横顔が。
 かすかに色香を漂わせている若さが眩しい。
 顎を流れる線が、ふと、だれかに似ていると妙子は思った。
 だが、それが誰なのかを思い出せず、考えこんでいると、

「先生!」

 晃一の声で、我に返った。

「先生、当たったよ」

 そう言われても妙子にはその意味がわからず、きょとんとした顔で晃一を見た。

「だから、ほら、当たったって先生」

 晃一に指差されて妙子が盤面に顔を向けると、中央にあるモニター画面のキャラクターたちが、音楽とともに動き回っていて、数字の七が三つ並んでいる。
 盤面のランプが激しく点滅し、玉があとからあとから弾き出されて、上下の受け皿があふれんばかりになっていた。

「わッ、なに、どうなってるの」

 妙子は思わず、玉を弾かせるハンドルから手を離した。

「ダメだよ先生、手を離しちゃ」

 そう言われ、慌ててハンドルに手をもどす。

「ほら、ここを開ければ玉が下に落ちるから」

 晃一が、下の受け皿についているストッパーを横にずらすと、溜まっていた玉が箱に落ちていった。

「やったよ先生、確変だよ」
「確変?」
「もう一度出ることが約束されてるんだ」
「え、そうなの、凄い!」

 妙子は歓喜の声を上げた。
 それから妙子は、つづけて六回も大当たりをした。
 晃一は、三千円を使い切ってやめた。

「あんなに出るなんて、びっくり。さすが広瀬くんね」

 換金するための景品を手にして、ふたりはパチンコ店を出た。

「いや、オレは台を選んだだけさ。あとは先生の実力だよ」
「初めてやった私に実力なんてないわよ」
「運も実力のうちって言うじゃない。それって必要不可欠な要素だから。でも、先生はビギナーズ・ラックってやつかな」
「それって、ギャンブルを初めてやった人に起きる幸運よね」
「そう。だけどそれは、ギャンブルの神が餌を撒いてるってことなんだけどね。その餌に釣られて、蟻地獄にハマったように抜け出せなくなるのがギャンブルの恐いとこなんだ」

 その言葉に感心しながら、どこか悟ったことを言う晃一が、妙子は不思議に思えた。
二十歳に満たない青年にはない何かを感じる。

「広瀬くんて、若いくせに大人っぽいっていうか、どこか俗離れしてるところがあるわね」
「若いくせに、って、それひどくない?」

 晃一はちょっとムッとした言い方をした。

「あ、ごめん。悪気はないのよ。でも、ほんとに二十歳前なのって気がするんだもの。偏見とかじゃなくて」
「だから前にも言ったじゃない。なにかと苦労が多いって。苦労は人を変えるのさ」
「ほら、そういうのが若者らしくないのよ」

 妙子が言うと、晃一は笑った。

「それより、どう? 少しは胸の中、楽になった?」
「うん、お陰さまでね」
「そう、よかった」

 晃一は景品交換所に入っていき、出てくると、

「はい、先生」

 手にしていた現金を妙子に渡した。

「え、こんなになるの?」

 渡された現金を見て、妙子は驚いた。
 現金は四万円を超えていたのだった。

「凄いのね、パチンコって。だけど、どうして私に渡すの?」

 妙子は不思議に思って訊いた。

「だって先生が出したんじゃないか。だからいいんだよ」

 当然のこととばかりに、晃一は言った。

「お金は広瀬くんが出したのよ。これは受け取れないわ」

 現金を妙子は突き返した。
 だが、晃一は受け取ろうとしない。
 妙子はさらに突き返す。

「わかった、じゃあオレが出した三千円だけ返してもらうよ」

 晃一は現金の中から、三千円を抜き取った。

「残りのお金で、なにか食べに行こうよ」
「そうね。せっかくだから、美味しいものを食べましょうよ。こういうお金はパッと使ったほうがいいだろうし」
「オレさ、美味いお好み焼き屋を知ってるんだ」
「いいわね。お好み焼きなんて久しぶりだわ」
「じゃ、決まり」

 ふたりは、ネオンに揺れる銀座の街を歩いていった。
 その帰り際に、今日の約束をしたのだった――
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