哀しみは、もういらない

星 陽月

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【第33話】

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「もうすぐクリスマスだね」

 バイトが終わり部屋にもどった晃一は、いつものように妙子へと電話を掛けた。

「そうね。今年もあと少し。早いものね、一年て」

「イブはどうする?」

 その言葉に妙子はどきりとした。
 去年のクリスマスは、妙子にはなかった。
 そんな日も夫は、深夜二時を過ぎて帰ってきた。
 けれど、今年は晃一がいる。
 ふたりで迎えるクリスマス・イブの夜だ。

「豪華なディナーといきたいけど、予約はもう取れそうもないよね」
「そんな必要ないわよ」
「でも、特別の日じゃないか」
「ふたりだったら、どんなところも特別な場所よ」
「それはそうだけどさ……」

 晃一は語尾を弱めた。

「だったら……」

 次の言葉を妙子は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。
 胸の鼓動が激しくなる。
 それでも妙子は、勇気をふり絞り、

「もしよかったら、私の部屋に来ない? 私、料理作るから」

 言った。

「ほんと! やった! 実はその言葉を待ってたんだよね」

 晃一の歓ぶ姿が、その声で見えるようだった。
 晃一はまだ、妙子の部屋へ行ってなかった。
 いままで妙子の部屋に行こうとしなかったのは、クリスマスまで待とうという気持ちがあったからだ。
 それだけに、その日を迎えるための店を予約しなかったのだ。

「先生の料理が食べられるなら、オレ死んでもいいよ」
「お望みなら、料理の中に毒を混ぜてもいいのよ」
「うわ、マジで怖いな、それ」

 晃一は笑った。
 電話を切ると、妙子は喉の渇きを覚えて冷蔵庫を覗いてみた。
 だが、飲み物は切れている。
 外に出るのも気が引けたが、とはいえ、湯を沸かして紅茶を飲む気にもなれず、仕方なく近くのコンビニに行くことにした。
 この辺りは住宅街で人通りも少ないが、二、三分も歩けば大通りに出るので、妙子はダッフルコートを羽織ると部屋を出た。
 道すがら、だれかに見られてる気がして立ち止まり、うしろをふり返った。
 だが、人のいる気配はなく、気にせいだろうと歩き出した。
 コンビニに着き、店内の暖かさにホッとした。
 レジの横にある、おでんの香りが鼻孔を刺激する。
 妙子は飲み物とスナック類を幾つかカゴに入れ、雑誌のコーナーに行くと、求人雑誌を手にした。
 夫の行方もわからず、貯金も心もとなくなってきたので、何かアルバイトでもしようかと考えていた。
 レジで会計を済ませて外に出ると、冷たい風が妙子の頬と髪をなぶった。
 大通りを曲がると、アパートまでの距離がとても遠く感じた。
 淡い街灯のあかりが、頼りなく灯っている。
 歩く人の姿もない。
 妙子はかすかに覚えた怖さと寒さで、身を縮めて路地を歩いていった。
 アパートの近くまで来ると、背後にまた人の気配を感じた。
 妙子はふり返って眼を凝らしたが、やはり人の姿はない。
 息をひとつ吐いて歩き出すと、今度は背を刺してくるような視線を感じた。
 それは、最近になって昼となく夜となく外出する度に感じる視線と同じものだった。
 妙子は慄然(りつぜん)として、ふり返らずに走り出した。
 そのとき、妙子の後方の電柱の闇に人の影が動いた。
 その影は、走る去っていく妙子の背を見つめている。
 闇の中で、視線を向ける眼だけが鈍い光を放っていた。
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