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【第35話】
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「これが先生の部屋なんだ。きれいにしてるんだね」
晃一は部屋の中を見回した。
「殺風景でしょ。まだなにもそろってなくて」
妙子は、晃一の上着と自分の上着をハンガーに掛けた。
「ううん、全然いいよ」
「さ、ここに坐って。お腹空いてるでしょ? いまから、私の特製ディナーを用意するからね」
「特製ディナーか、楽しみだな」
晃一は食卓に坐った。
食事の準備が整うと、ふたりはまずシャンパンで乾杯した。
晃一は、「美味い」となんども言いながら、料理を胃袋の中に収めていった。
豪快だが、ほんとうに美味しそうに食べる晃一を見ていて、妙子はとてもうれしかった。
料理を作ることも、その料理を美味しく食べてもらえることも、こんなに幸せだと感じたことはなかった。
いや、夫と結婚したころには、まだ幸せがあった。
身体の中ですくすくと子供が育っていたあのころは、やはり幸福に包まれていたのだ。
その幸せがいつまでもつづくと信じていた。
それなのに、まるで砂の城が崩れていくように、幸せは無残にも終焉に向かっていった。
そして、無機質なまでの夫の顔とその態度に、妙子までが無機質まま何の感情も示さずに料理を作りつづけてきたのだ。
そこにはもう、幸せを感じるものなど微塵もなかった。
その幸せだと思える感情を、晃一が甦らせてくれた。
妙子の眼に、思わず涙が溢れた。
手のひらで口元を被う。
「どうしたの先生」
「ううん、なんでもない」
「じゃあ、どうして泣くんだよ」
フォークを持つ手を止めて、晃一は心配そうに妙子を見つめた。
「ほんとになんでもないのよ。ただ、美味しそうに食べる広瀬くん見てたら、急に涙が出てきちゃった」
妙子は笑顔を作って滲んだ涙を指先で拭い、
「さ、たくさん食べて。ワインも買ってあるから」
立ち上がって冷蔵庫から白ワインを出した。
食事を終え、しばらくワインを飲みながら会話を楽しんだあと、妙子はケーキを出してきた。
ロウソクに火をともすと部屋の灯りを消した。
「メリー・クリスマス」
ふたりは改めてグラスを手にして乾杯をする。
グラスの触れ合う音がかすかにこだました。
揺れるロウソクの炎に、晃一の顔が浮かぶ。
その晃一の顔を妙子は見つめる。
ふたりの視線が絡み合う。
言葉はいらなかった。
見つめ合うだけで、お互いの心は通じ合っていた。
どちらともなく立ち上がると、妙子が晃一の手を取り、ベッドへといざなった。
ベッドの横に立ち、ふたりは見つめ合う。
ふたりを照らす灯りは、キッチンから届くロウソクの炎だけだ。
その灯りの中に、ふたりのシルエットが仄かに浮かび、揺れる。
まるで抱擁のダンスを踊っているように。
晃一が顔をよせ、妙子は眼を閉じた。
長い口づけを交し合い、晃一は妙子のブラウスのボタンに指先をかけ、その指を妙子の指が制めて、彼女は自分からボタンを外していった。
そうするあいだ、妙子は晃一の顔を見つめていた。
ブラウスがするりと床に滑り落ち、晃一は妙子の肩口に唇を落とした。
静寂の中で、ふたりの呼吸と胸を叩く鼓動だけが高鳴っている。
一糸纏(いっしまと)わぬ姿になった妙子を晃一はベッドに横たえ、そして自らも身につけているものを脱ぎ棄ててベッドの端に坐った。
薄い闇の中に浮かびあがる妙子のしなやかな肢体が眩しかった。
晃一はその姿を心から美しいと思った。
夢にも見ることのなかった妙子の裸身が、いま眼の前にある。
その透き通るほどの肌の白さが幻のようだった。
晃一はほんとうに幻のように思えて、妙子の肌に指先で触れた。
指先には確かな感触があった。
やわらかく、そしてかすかな温もりが伝わってくる。
その肌に、そっと触れる程度に指先を滑らせていき、なめらかな腰の曲線をなぞった。
この肢体すべてが曲線なんだ。
腰から足へと流れる線も、肩も、そして乳房も。
この世の自然が、神の創った芸術だとガウディが言うのなら、この妙子のすべてが神の創った最高の美だと晃一は思った。
その妙子と、ふたりだけの時間を共有している。
このうえない歓びが晃一を包みこむ。
妙子が半身を起こし、晃一の首に腕を回す。
「私を離さないで……」
そう囁くと、晃一の唇に口づけた。
幸一もそれに応え、そしてふたりはベッドへと倒れていき、お互いのすべてを確かなものとして確認し合い、官能の渦に呑み込まれていった。
晃一は部屋の中を見回した。
「殺風景でしょ。まだなにもそろってなくて」
妙子は、晃一の上着と自分の上着をハンガーに掛けた。
「ううん、全然いいよ」
「さ、ここに坐って。お腹空いてるでしょ? いまから、私の特製ディナーを用意するからね」
「特製ディナーか、楽しみだな」
晃一は食卓に坐った。
食事の準備が整うと、ふたりはまずシャンパンで乾杯した。
晃一は、「美味い」となんども言いながら、料理を胃袋の中に収めていった。
豪快だが、ほんとうに美味しそうに食べる晃一を見ていて、妙子はとてもうれしかった。
料理を作ることも、その料理を美味しく食べてもらえることも、こんなに幸せだと感じたことはなかった。
いや、夫と結婚したころには、まだ幸せがあった。
身体の中ですくすくと子供が育っていたあのころは、やはり幸福に包まれていたのだ。
その幸せがいつまでもつづくと信じていた。
それなのに、まるで砂の城が崩れていくように、幸せは無残にも終焉に向かっていった。
そして、無機質なまでの夫の顔とその態度に、妙子までが無機質まま何の感情も示さずに料理を作りつづけてきたのだ。
そこにはもう、幸せを感じるものなど微塵もなかった。
その幸せだと思える感情を、晃一が甦らせてくれた。
妙子の眼に、思わず涙が溢れた。
手のひらで口元を被う。
「どうしたの先生」
「ううん、なんでもない」
「じゃあ、どうして泣くんだよ」
フォークを持つ手を止めて、晃一は心配そうに妙子を見つめた。
「ほんとになんでもないのよ。ただ、美味しそうに食べる広瀬くん見てたら、急に涙が出てきちゃった」
妙子は笑顔を作って滲んだ涙を指先で拭い、
「さ、たくさん食べて。ワインも買ってあるから」
立ち上がって冷蔵庫から白ワインを出した。
食事を終え、しばらくワインを飲みながら会話を楽しんだあと、妙子はケーキを出してきた。
ロウソクに火をともすと部屋の灯りを消した。
「メリー・クリスマス」
ふたりは改めてグラスを手にして乾杯をする。
グラスの触れ合う音がかすかにこだました。
揺れるロウソクの炎に、晃一の顔が浮かぶ。
その晃一の顔を妙子は見つめる。
ふたりの視線が絡み合う。
言葉はいらなかった。
見つめ合うだけで、お互いの心は通じ合っていた。
どちらともなく立ち上がると、妙子が晃一の手を取り、ベッドへといざなった。
ベッドの横に立ち、ふたりは見つめ合う。
ふたりを照らす灯りは、キッチンから届くロウソクの炎だけだ。
その灯りの中に、ふたりのシルエットが仄かに浮かび、揺れる。
まるで抱擁のダンスを踊っているように。
晃一が顔をよせ、妙子は眼を閉じた。
長い口づけを交し合い、晃一は妙子のブラウスのボタンに指先をかけ、その指を妙子の指が制めて、彼女は自分からボタンを外していった。
そうするあいだ、妙子は晃一の顔を見つめていた。
ブラウスがするりと床に滑り落ち、晃一は妙子の肩口に唇を落とした。
静寂の中で、ふたりの呼吸と胸を叩く鼓動だけが高鳴っている。
一糸纏(いっしまと)わぬ姿になった妙子を晃一はベッドに横たえ、そして自らも身につけているものを脱ぎ棄ててベッドの端に坐った。
薄い闇の中に浮かびあがる妙子のしなやかな肢体が眩しかった。
晃一はその姿を心から美しいと思った。
夢にも見ることのなかった妙子の裸身が、いま眼の前にある。
その透き通るほどの肌の白さが幻のようだった。
晃一はほんとうに幻のように思えて、妙子の肌に指先で触れた。
指先には確かな感触があった。
やわらかく、そしてかすかな温もりが伝わってくる。
その肌に、そっと触れる程度に指先を滑らせていき、なめらかな腰の曲線をなぞった。
この肢体すべてが曲線なんだ。
腰から足へと流れる線も、肩も、そして乳房も。
この世の自然が、神の創った芸術だとガウディが言うのなら、この妙子のすべてが神の創った最高の美だと晃一は思った。
その妙子と、ふたりだけの時間を共有している。
このうえない歓びが晃一を包みこむ。
妙子が半身を起こし、晃一の首に腕を回す。
「私を離さないで……」
そう囁くと、晃一の唇に口づけた。
幸一もそれに応え、そしてふたりはベッドへと倒れていき、お互いのすべてを確かなものとして確認し合い、官能の渦に呑み込まれていった。
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