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チャプター【02】

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  ダンッ、
  ダンッ、
  ダンッ、
  ダンッ、
  ダンッ!

 5発の銃弾を、女は円を描くように強化ガラスへと撃ちこんだ。
 そして、さらに5発。
 銃弾の撃ちこまれた個所が、円状に連なってひびが走った。
 すると女は、銃をホルスターに収めてワイヤーロープを両手で掴み、円状に罅(ひび)の入ったガラスの中央を力強く蹴った。
 三度ほど蹴りこむと、ガラスはひびの入ったところが砕けて、円の形を保ったままフロアに転げ落ちた。
 その丸く開いたガラスの穴から、女はフロアへと入りこんだ。
 パーテーションで区切られた幾つものブースに分かれたフロアは、月の灯りに仄かに浮かんでいる。

 人の気配は、ない――

 聴こえてくる音は、強化ガラスに開けた穴から入りこんでくる風の音だけだ。
 女は両の太腿のホルスターから銃を抜き、前方に向けて警戒しながら奥へと進んでいった。
 進んでいきながら女は、前後左右、天井にまで銃口を向けた。
 と、女がふいに足を止めた。
 ブースのひとつから灯りが洩れている。
 警戒を怠らず、そのブースへと近づいていく。
 ブースに人の姿はない。
 だが、デスクの卓上ライトが点けたままになっている。
 パソコンも、起動した状態のままだ。
 デスクの下に鞄が置かれているところをみると、そのデスクの主は、ライトを消し忘れ、パソコンを起動したまま帰宅したわけではないらしい。
 姿がないということは、トイレにでも行っているのか。
 むしろ、そうであってくれと望みたいところだが、どうやらそうではないらしい。
 女はふと、足下に眼を落とし、それを知った。
 その場に屈みこむと、床に黒い染みのようなものがある。
 女は右手の銃を床に置き、中指の先でその黒い染みに触れた。
 触れてみると、その染みにはぬめりがあった。
 何かの液体が、したたり落ちたといった感じだ。
 そのぬめりを拭い取ると、女は中指の先を鼻に近づけ匂いを嗅いだ。
 鉄さびのような臭い。
 その匂いは、女の嗅覚を刺激した。
 その液体は、血だった。
 それも人間の血である。
 血は、イスの背もたれにも付着している。
 デスクの主の血に違いなかった。
 眼を凝らして床を見てみれば、滴り落ちた血は、オフィスのドアへ点々とつづいている。
 その血は、卓上ライトの淡い光の中で、濃い闇をふくんでいた。

「犠牲者か。こんな夜に残業とは、ついてないやつだ」

 女は床に置いた銃を手にして立ち上がると、ドアに向かった。
 ドアを開け、廊下に出る。
 血の滴りは、廊下を右へとつづいていた。
 点となって滴り落ちている血をたどり、女は進んでいく。
 
 そのとき――

  じゅる……。

 何やら、そんな音が聴こえてきた。
 女は耳に神経を集中した。

  じゅる、ぐちゅる、ぐちゅ、ぐちゅう……。

 何かを啜りあげるような音。
 その音に、女は静かに向かっていった。

  ずちゅる、ぐちゅ、ぐちゅう……。

 近づいていくにつれ、その啜りあげる音に、呻き声が交じる。
 男の声だ。
 デスクの主であろうか。
 それとも警備員か。
 その声には力がなかった。
 啜りあげる音と男の呻き声は、廊下のつきあたりを左に曲がった先から聴こえてくるようだった。
 女は一度、つきあたりを左へ曲がる手前の廊下の壁に背をあずけ、わずかな間を取ってから一気に左へとつづく廊 下へと躍り出た。
 前方に銃口を向ける。
 5メートルほど先に、夜間灯に浮かぶ黒い大きな塊があった。
 その塊は、全体を黒々とした毛で被われている。
 獣の毛だ。
 熊とも思えるその獣は、背を向けていた。

  じゅる、ずちゅ、ぐじゅる……。

 その音とともに、獣の背が揺れる。

「おい――」

 その背に、銃口を向けたまま女が声をかけた。
 と、啜りあげる音が止まり、獣が頸(くび)だけでとうしろを向いた。
 獣の貌が、薄い灯りの中に浮かび上がった。
 それは熊ではなく、猿だった。
 それも大猿である。
 口の周りが血にまみれている。
 呻(うめ)き声をあげていた男の血のようだ。
 大猿は、男の血を啜っていたのだ。
 男の姿は、その大猿の陰になって見えないが、呻き声は、もう聴こえてこなかった。
 気を失っているのか、それとも、致死量の血を吸い尽くされ、すでにもう絶命してしまっているのか。
 おそらく後者であろう。

「なんだ? きさま」

 大猿が口を利いた。
 赤い光を帯びた眼が、女を睨んだ。
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