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【最終話】
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「あれから、2ヶ月が経つが、ALPHAは姿を見せないな」
蘭の腕にN抗血清を打つと、久坂が言った。
そこは、久坂の自宅の地下にあるラボだった。
「しかし、アビスタントやセリアンは、次から次へと現れてくる」
蘭が答えた。
切断された左腕が、しっかりと結合している。
ゼノクとの闘いのあと、切断された左腕を菜々が捜し出してきて、精気光(せいきこう)によって結合させたのだった。
蘭の肩のつけ根には傷痕さえなかった。
その蘭が坐っているベッドには、菜々がすやすやと眠っている。
「そうだな。だが、そのために、君やS・M・Tのエリミネーターがいるんだ。とは言え、君の活躍からすればS・M・Tは、足元にも及ばないがな。ナノ・ムもまだまだ改良の余地があるということだ」
「いや、いまのエミリネーターの活躍には、眼を瞠るものがあるよ。それを証拠に、あれだけ手を焼いていたアビスタントと、互角に闘えるようになったじゃないか。それも、ナノ・ムがあったればこそ、ということだ」
「そう思うか?」
「ああ」
「そうか。ナノ・ムがあったればこそ、か。うんうん」
久坂は、蘭に褒められたのだと思い、ご満悦だった。
その久坂とは対照的に、蘭はふいに険しい顔になり、
「この2ヶ月、やつらが姿を現さないとはいえ、気を許すわけにはいかない。やつらは、必ずまた、菜々を奪いにくるはずだ」
言った。
「うむ。そうだな」
久坂の顔も、険しいものになる。
「菜々は、死んでも私が護る」
蘭は、傍らで眠る菜々の寝顔を見つめ、その頬を指先でなでた。
「このわたしも同じ気持ちでいる。一度は、微力ゆえに抵抗空しく菜々をさらわれてしまったが、もう二度とあんなことがないようにラボの壁やドアを強化した。それに、銃を扱う訓練も受けている。あんな失態は、二度と犯さないつもりだ」
「頼もしいな、博士」
蘭は、菜々をうしろから抱えるように横になった。
「当然だ。菜々はわたしにとっては、娘も同然だからな」
「娘? 孫の間違いじゃないのか?」
「まあ、どっちだっていいさ。とにかく、君たちは、結婚もせずに研究に明け暮れたわたしへの、神からの贈り物なんだよ。わたしは、君たちを家族だと思っている」
久坂は、真剣な眼差しで、蘭を見つめた。
「家族……」
「そうだ。家族だ」
「そのわりには、いまだに私の胸をちらちら見るのはどういうことなんだ?」
「な、な。そそ、それはその……」
久坂は狼狽して、蘭に背を向けた。
現にいまも、久坂は蘭の胸をちら見していたのだ。
「わたしも男だから、だろう? でも、ありがとう。いまこうしていられるのは、博士のお蔭だ。感謝している」
「なに、感謝することなどなにもないさ。君とわたしとの出会いは、縁(えにし)だ。人と人とは、その縁によってつながっているんだ」
そこで、ふいに久坂は真面目な顔をして、
「だから、蘭。どうだろう。このわたしと、ほんとうの家族になってみないか。いま、菜々のことを娘と言ったのは、そう言う意味をふくんでのことなんだ。すぐに返事をくれとは言わない。じっくりと考えてみてくれ」
背を向けたまま、久坂は言った。
「――――」
蘭は答えない。
「いや、じっくりでなくていいんだ。軽く考えてくれるだけでも、な、蘭」
久坂はふり返った。
「って、寝てしまったのか!」
蘭は、菜々を包みこむようにして眠っている。
その安らかな寝顔を見て、久坂は思わず微笑んでいた。
「結婚を申しこむなんて、わたしも焼きが回ったか。聞かれてなくてよかった」
久坂は苦笑して首をふり、ふたりにブランケットを掛けてやった。
そしてラボを出て1階に上がり、リビングの窓から庭へと降りた。
いつものように、白衣のポケットから煙草を取り出して火を点ける。
夜空を見上げ、煙を吐く。
満天の星が耀く夜空に、蒼く丸い月がぽっかりと浮かんでいた。
了
蘭の腕にN抗血清を打つと、久坂が言った。
そこは、久坂の自宅の地下にあるラボだった。
「しかし、アビスタントやセリアンは、次から次へと現れてくる」
蘭が答えた。
切断された左腕が、しっかりと結合している。
ゼノクとの闘いのあと、切断された左腕を菜々が捜し出してきて、精気光(せいきこう)によって結合させたのだった。
蘭の肩のつけ根には傷痕さえなかった。
その蘭が坐っているベッドには、菜々がすやすやと眠っている。
「そうだな。だが、そのために、君やS・M・Tのエリミネーターがいるんだ。とは言え、君の活躍からすればS・M・Tは、足元にも及ばないがな。ナノ・ムもまだまだ改良の余地があるということだ」
「いや、いまのエミリネーターの活躍には、眼を瞠るものがあるよ。それを証拠に、あれだけ手を焼いていたアビスタントと、互角に闘えるようになったじゃないか。それも、ナノ・ムがあったればこそ、ということだ」
「そう思うか?」
「ああ」
「そうか。ナノ・ムがあったればこそ、か。うんうん」
久坂は、蘭に褒められたのだと思い、ご満悦だった。
その久坂とは対照的に、蘭はふいに険しい顔になり、
「この2ヶ月、やつらが姿を現さないとはいえ、気を許すわけにはいかない。やつらは、必ずまた、菜々を奪いにくるはずだ」
言った。
「うむ。そうだな」
久坂の顔も、険しいものになる。
「菜々は、死んでも私が護る」
蘭は、傍らで眠る菜々の寝顔を見つめ、その頬を指先でなでた。
「このわたしも同じ気持ちでいる。一度は、微力ゆえに抵抗空しく菜々をさらわれてしまったが、もう二度とあんなことがないようにラボの壁やドアを強化した。それに、銃を扱う訓練も受けている。あんな失態は、二度と犯さないつもりだ」
「頼もしいな、博士」
蘭は、菜々をうしろから抱えるように横になった。
「当然だ。菜々はわたしにとっては、娘も同然だからな」
「娘? 孫の間違いじゃないのか?」
「まあ、どっちだっていいさ。とにかく、君たちは、結婚もせずに研究に明け暮れたわたしへの、神からの贈り物なんだよ。わたしは、君たちを家族だと思っている」
久坂は、真剣な眼差しで、蘭を見つめた。
「家族……」
「そうだ。家族だ」
「そのわりには、いまだに私の胸をちらちら見るのはどういうことなんだ?」
「な、な。そそ、それはその……」
久坂は狼狽して、蘭に背を向けた。
現にいまも、久坂は蘭の胸をちら見していたのだ。
「わたしも男だから、だろう? でも、ありがとう。いまこうしていられるのは、博士のお蔭だ。感謝している」
「なに、感謝することなどなにもないさ。君とわたしとの出会いは、縁(えにし)だ。人と人とは、その縁によってつながっているんだ」
そこで、ふいに久坂は真面目な顔をして、
「だから、蘭。どうだろう。このわたしと、ほんとうの家族になってみないか。いま、菜々のことを娘と言ったのは、そう言う意味をふくんでのことなんだ。すぐに返事をくれとは言わない。じっくりと考えてみてくれ」
背を向けたまま、久坂は言った。
「――――」
蘭は答えない。
「いや、じっくりでなくていいんだ。軽く考えてくれるだけでも、な、蘭」
久坂はふり返った。
「って、寝てしまったのか!」
蘭は、菜々を包みこむようにして眠っている。
その安らかな寝顔を見て、久坂は思わず微笑んでいた。
「結婚を申しこむなんて、わたしも焼きが回ったか。聞かれてなくてよかった」
久坂は苦笑して首をふり、ふたりにブランケットを掛けてやった。
そしてラボを出て1階に上がり、リビングの窓から庭へと降りた。
いつものように、白衣のポケットから煙草を取り出して火を点ける。
夜空を見上げ、煙を吐く。
満天の星が耀く夜空に、蒼く丸い月がぽっかりと浮かんでいた。
了
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