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【 第一章 二人のファタール 】
10 苦労人の道化【3】
ドン・トカロの仕事場は花屋の二階にある。本当は花屋になりたかったから、気分だけでも味わいたいらしい。
古びた階段を登ってドアをノックすれば、聞き慣れた声で返事があった。
フラッコは扉の前で待機させ、ドールを連れて部屋に入る。
毎度のことながら、ごちゃついた部屋に圧倒される。すべて人々からの贈り物だ。棚に並ぶ国籍不明の土産物、壁際のデカい壺。謎の楽器、手紙の束、カメラ、電動式タイプライター。アンティークから最新機器まで。
ボスはソファに座って書類を整理していた。その隣に《サーカス》の相談役であり弁護士のジャレが立っている。
俺を視界にとらえると、ボスはテーブルのキャロットケーキをすすめてきた。
「食べるかい?」
「にんじんはいい」
正直、野菜はあまり好きじゃない。人前では黙って食べるが、昔からの俺を知っているボスやジャレに見栄を張る必要はなかった。
ボスやジャレはケーキを焼いたりしない。近所からの差し入れだろう。
この事務所には入れ替わり立ち替わり、様々な人間が困り事を相談をしにくる。顔馴染みとポーカーをしてばかりの彼がマフィアのボスである所以はそこだ。飛び抜けた愛嬌と残酷さによって、マトモな人間ならできない判断を肩代わりし、上手にはからってくれる。
街の誰もが彼に恩がある。彼は必要に応じて恩返しを要請する。恩返しには充分な謝礼が払われる。そしてまた困り事があれば相談する。
ドン・トカロはニューエレーネという都市の中心にいる蜘蛛であり、神である。
俺は客用のソファに座る。ドールはその後ろでじっと立っていた。
ジャレが羊皮紙をテーブルに置く。ドールに関する契約書だ。
「こんな紙きれに意味があるか?」
「大人の世界では有効なんだよ」
俺へ万年筆を差し出すボスの小指に、見慣れない指輪があることに気付く。
視線を察したボスはへらっと表情を緩ませて、ジャレのほうへ身体を傾けた。
「もらったんだ。彼も可愛いとこあるよね」
彼らはそれぞれ既婚者だが、公認の愛人関係にある。天候のように気まぐれなボスと、真性のサディストであるジャレが仲良くできていることがいつも不思議でならない。
「おアツいことで」
一応、変なことが書かれていないか確認して、それからサインする。
ジャレが紙を回収し、丸めて紐で閉じた。それを受け取って懐にしまう。
立て替えてもらった金を払う必要があるため、ドールの購入額を聞いた。
「で、俺はあんたにいくら払えばいい?」
「うんとねぇ、だいぶ値切ったんだけど……」
相場を知らなかった俺も悪いが、想像以上に莫大な価格だった。というか、払えない。
「出世払いでいいよ」
「キツイ冗談はやめてくれ。早めに耳をそろえて返す」
ボスは金の話など興味ないとばかりにケーキを食べ始めたかと思うと、思いついたようにフォークの先でドールを指した。
「そうだ、ドールくん。顔の傷はもう痛くないかい?」
ボスが軽く手を振るが、ドールは一瞥するだけですぐには答えない。
俺はボスが機嫌を損ねないか内心ハラハラしていた。
「キミの主人はクラウンだ。彼を支えてあげてね」
「……はい」
短いながらに返事があり、ボスはニコニコ笑顔で頷く。
「それでだ、クラウン。相談なんだけど」
「あ?」
片眉がピクリと上がる。ボスは俺に相談なんてしない。いつだって決定事項の通達だ。
ろくでもない強制労働の前振りだと身構えた。
「ボクはもともと、ドールを転売するつもりだったんだ。闇オークションをやってる友達に目玉商品になるよって約束してて……『やっぱやめる』って電話したら、すごく怒らせちゃった。──あとは頼むね」
「おい」
そういうことは先に言え。
「まあまあ、そんなに難しい話じゃない。向こうもさ、代わりの《ドール》を用意すれば許すって」
「んなこと言われても……」
「オークションは半年後だから、時間はあるよ。それにね、冗談でクラウンの写真を見せたら『これでもいい』って。……ね?」
「ね、ってなんだ。ね、って」
「半年以内に代わりの《ドール》を用意する。それが無理なら、キミが《ドール》のふりして競売にかけられてきて」
バカバカしくて言葉がでない。
古びた階段を登ってドアをノックすれば、聞き慣れた声で返事があった。
フラッコは扉の前で待機させ、ドールを連れて部屋に入る。
毎度のことながら、ごちゃついた部屋に圧倒される。すべて人々からの贈り物だ。棚に並ぶ国籍不明の土産物、壁際のデカい壺。謎の楽器、手紙の束、カメラ、電動式タイプライター。アンティークから最新機器まで。
ボスはソファに座って書類を整理していた。その隣に《サーカス》の相談役であり弁護士のジャレが立っている。
俺を視界にとらえると、ボスはテーブルのキャロットケーキをすすめてきた。
「食べるかい?」
「にんじんはいい」
正直、野菜はあまり好きじゃない。人前では黙って食べるが、昔からの俺を知っているボスやジャレに見栄を張る必要はなかった。
ボスやジャレはケーキを焼いたりしない。近所からの差し入れだろう。
この事務所には入れ替わり立ち替わり、様々な人間が困り事を相談をしにくる。顔馴染みとポーカーをしてばかりの彼がマフィアのボスである所以はそこだ。飛び抜けた愛嬌と残酷さによって、マトモな人間ならできない判断を肩代わりし、上手にはからってくれる。
街の誰もが彼に恩がある。彼は必要に応じて恩返しを要請する。恩返しには充分な謝礼が払われる。そしてまた困り事があれば相談する。
ドン・トカロはニューエレーネという都市の中心にいる蜘蛛であり、神である。
俺は客用のソファに座る。ドールはその後ろでじっと立っていた。
ジャレが羊皮紙をテーブルに置く。ドールに関する契約書だ。
「こんな紙きれに意味があるか?」
「大人の世界では有効なんだよ」
俺へ万年筆を差し出すボスの小指に、見慣れない指輪があることに気付く。
視線を察したボスはへらっと表情を緩ませて、ジャレのほうへ身体を傾けた。
「もらったんだ。彼も可愛いとこあるよね」
彼らはそれぞれ既婚者だが、公認の愛人関係にある。天候のように気まぐれなボスと、真性のサディストであるジャレが仲良くできていることがいつも不思議でならない。
「おアツいことで」
一応、変なことが書かれていないか確認して、それからサインする。
ジャレが紙を回収し、丸めて紐で閉じた。それを受け取って懐にしまう。
立て替えてもらった金を払う必要があるため、ドールの購入額を聞いた。
「で、俺はあんたにいくら払えばいい?」
「うんとねぇ、だいぶ値切ったんだけど……」
相場を知らなかった俺も悪いが、想像以上に莫大な価格だった。というか、払えない。
「出世払いでいいよ」
「キツイ冗談はやめてくれ。早めに耳をそろえて返す」
ボスは金の話など興味ないとばかりにケーキを食べ始めたかと思うと、思いついたようにフォークの先でドールを指した。
「そうだ、ドールくん。顔の傷はもう痛くないかい?」
ボスが軽く手を振るが、ドールは一瞥するだけですぐには答えない。
俺はボスが機嫌を損ねないか内心ハラハラしていた。
「キミの主人はクラウンだ。彼を支えてあげてね」
「……はい」
短いながらに返事があり、ボスはニコニコ笑顔で頷く。
「それでだ、クラウン。相談なんだけど」
「あ?」
片眉がピクリと上がる。ボスは俺に相談なんてしない。いつだって決定事項の通達だ。
ろくでもない強制労働の前振りだと身構えた。
「ボクはもともと、ドールを転売するつもりだったんだ。闇オークションをやってる友達に目玉商品になるよって約束してて……『やっぱやめる』って電話したら、すごく怒らせちゃった。──あとは頼むね」
「おい」
そういうことは先に言え。
「まあまあ、そんなに難しい話じゃない。向こうもさ、代わりの《ドール》を用意すれば許すって」
「んなこと言われても……」
「オークションは半年後だから、時間はあるよ。それにね、冗談でクラウンの写真を見せたら『これでもいい』って。……ね?」
「ね、ってなんだ。ね、って」
「半年以内に代わりの《ドール》を用意する。それが無理なら、キミが《ドール》のふりして競売にかけられてきて」
バカバカしくて言葉がでない。
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