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【 第一章:二人のファタール 】
5 ドール【2】
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「ああいうのを喜ぶ変態どもと同じにするなよ」
フフフと向こう側で笑っているのがわかる。
何でもおもしろがる男だ。色恋沙汰と無縁な俺がおかしくなる展開に期待しているのかもしれない。
「残念だが、こればっかりはボスが期待するようなことにはならないからな」
政略結婚の話もたち消えたようだし、もう充分だろう。
話を切り上げて電話を切った。
「……で、なにしてる」
下を見る。机の下、俺の足元──というか、俺の脚の間。
床に両膝をついたドールが俺の腰ベルトを外そうとしていた。上目遣いでこちらを見上げ、あらぬところへ頬を擦り寄せる。
「違いましたか?」
違うもなにも、理解できない。
仕えるということがこうだと思っているのか?
「一体どういう使われ方してたんだ。ダフネにチンポはねぇだろ」
「あなたにはある」
「そういうとこは生意気なのかよ。……男の主人にはこういうことしてたのか? ルガーノは女好きなはずだが」
「《ドール》は男性に所有されることも想定されています」
「いまいち噛み合わねえ回答だな……」
いよいよ面倒臭くなってくる。椅子を引いて距離を作ると、ジャケット内側のホルスターから銃を抜く。
銃口をドールの額へ突きつけた。
「とっさに買い取っちまったが、あのまま廃棄されたかったか? 改めて楽にしてやってもいいぞ」
「あなたがそう望むなら」
死を受け入れた者の態度は知っている。口ではそう言っているが、やはり死にたがっているようには見えなかった。無表情は貫けても、わずかな震えを隠せていない。
しかもこいつは、大量に血を失っている。身体を起こしているのもキツいはずだ。なのに目を覚ましてすぐ、新たな主人に媚びを売ろうとする。
自覚があるのかないのか知らないが、それは立派な生き汚なさだ。
かえって好感が持てた。死にたがりの馬鹿よりいい。
「家族はいないのか?」
「いません」
「死ぬときは独りか。俺と同じだな」
銃をしまう。騒ぎになるから、最初から撃つつもりなどなかった。
立ち上がり、ワードローブから自分のワイシャツを一枚取り出す。それをドールに渡して「着ろ」と命じた。
「……」
ボタンを上から順に外す様子を眺める。
あまりにも遅い。
モタモタどころじゃない。モタ……モタ……している。
「ああもう! 貸せ!」
そういえば肩を怪我しているんだった。腕を使うのも一苦労なのだろう。
ワイシャツをひったくり、着せてやる。
イライラしながらボタンをひとつひとつ留めた。
想像通り、俺のシャツはドールには大きすぎるようだった。まあいい。上裸よりマシだ。
事務机の引き出しを開け、マネークリップでまとめた札束を取る。
彼のほうへと放った。
「あいにく奴隷を飼う趣味はなくてな。おまえがこの金を持って部屋から出て行っても、追いかけない」
そんなことを言われたことがないのか、ドールは無表情のままフリーズしている。
「奴隷として金持ちの都合に振り回されてきたんだろ。自由になりてぇんじゃねぇか?」
「《ドール》に意思はありません。あなたの望みに従うことが役目です」
「意思が無いなんてことないだろ。人形ごっこの何が楽しい。マゾなのか?」
「命じていただければ、そのようにします。僕はあなたの《ドール》です」
「俺に試されてると思ってるんだな」
「……」
返事を待ってみたが、ドールは叱られ待ちのように目を伏せて黙ってしまった。
俺はまたワードローブの前へ行く。自分も血がついた服を着替えなければならない。
彼の視線を気にすることなくジャケットを脱ぎ、ネクタイを解く。首元からワイシャツのボタンを外していく。
「年齢は?」
「25です」
「同い年かよ。だったらなおさら、その硬い喋り方はやめろ」
「……わかった」
着替え終わり、時計を見る。
「さて、俺は出かける」
マフィアといっても、普段やることといったら街の揉め事の仲裁だ。面倒を見ている店から呼ばれれば、便利屋のように出向く。
「おまえは……そうだな。とりあえず立てるか?」
肩を貸してやる義理はない。人の股間に向かってこれるくらい元気なら大丈夫だろう。
緩慢な動作で起き上がったドールを連れ、部屋を出た。
別室の部下に声をかけ、車の用意をさせる。
男二人の後部座席は窮屈だった。
「まずは《ウェイブ》に寄ってくれ」
部下は気前よく返事をして車を発進させる。
移動中、ドールはもちろん無言で、部下も気を遣って喋らない。
静かだった。
■
ホテル・ウェイブのロータリーで停車する。
車を降りると、フロントからマネージャーが走ってくるのが見えた。
「オーナー、本日はどうなさいました?」
揉み手で笑顔を作るマネージャーは車の中にいるドールを物珍しそうに見る。
俺はドールを指差した。
「こいつをしばらく泊めてやってほしい。一番安い部屋でいいから」
安部屋は低層階のエレベーター近くだ。長く歩かずに済む。
「しばらく……というと」
「こいつが飽きて出ていくまで」
「わ、わかりました」
マネージャーはドールに向かって愛想良くすると、「ご案内します」と手を差し出した。
だが、ドールは座席から動こうとしない。
「……ホテルスタッフの指示は俺の命令だと思って聞け」
仕方なくそう言えば、彼はやっと車を降りた。
その手にさっきの金を握らせる。
「俺とは今日限りだ。金は返さなくていいから、生活の元手にしろ。元気に暮らせよ」
相変わらず無表情で棒立ちの男へ、にこりと微笑んだ。
あとのことはマネージャーに任せ、車に戻る。
部下と二人で約束がある店へ向かった。
広さを取り戻した後部座席で、俺は機嫌良く煙草をふかす。
このときの俺は、かわいそうな奴隷を自由にしてやった満足感に満ちていた。
礼を言われなくても構わない。彼がこれから、誰からも縛られることなく自由に生きてくれれば、それ以上に気分の良いことなどない。
──ドールがぶっ倒れているとホテルから電話がかかってきたのは、その数時間後だ。
フフフと向こう側で笑っているのがわかる。
何でもおもしろがる男だ。色恋沙汰と無縁な俺がおかしくなる展開に期待しているのかもしれない。
「残念だが、こればっかりはボスが期待するようなことにはならないからな」
政略結婚の話もたち消えたようだし、もう充分だろう。
話を切り上げて電話を切った。
「……で、なにしてる」
下を見る。机の下、俺の足元──というか、俺の脚の間。
床に両膝をついたドールが俺の腰ベルトを外そうとしていた。上目遣いでこちらを見上げ、あらぬところへ頬を擦り寄せる。
「違いましたか?」
違うもなにも、理解できない。
仕えるということがこうだと思っているのか?
「一体どういう使われ方してたんだ。ダフネにチンポはねぇだろ」
「あなたにはある」
「そういうとこは生意気なのかよ。……男の主人にはこういうことしてたのか? ルガーノは女好きなはずだが」
「《ドール》は男性に所有されることも想定されています」
「いまいち噛み合わねえ回答だな……」
いよいよ面倒臭くなってくる。椅子を引いて距離を作ると、ジャケット内側のホルスターから銃を抜く。
銃口をドールの額へ突きつけた。
「とっさに買い取っちまったが、あのまま廃棄されたかったか? 改めて楽にしてやってもいいぞ」
「あなたがそう望むなら」
死を受け入れた者の態度は知っている。口ではそう言っているが、やはり死にたがっているようには見えなかった。無表情は貫けても、わずかな震えを隠せていない。
しかもこいつは、大量に血を失っている。身体を起こしているのもキツいはずだ。なのに目を覚ましてすぐ、新たな主人に媚びを売ろうとする。
自覚があるのかないのか知らないが、それは立派な生き汚なさだ。
かえって好感が持てた。死にたがりの馬鹿よりいい。
「家族はいないのか?」
「いません」
「死ぬときは独りか。俺と同じだな」
銃をしまう。騒ぎになるから、最初から撃つつもりなどなかった。
立ち上がり、ワードローブから自分のワイシャツを一枚取り出す。それをドールに渡して「着ろ」と命じた。
「……」
ボタンを上から順に外す様子を眺める。
あまりにも遅い。
モタモタどころじゃない。モタ……モタ……している。
「ああもう! 貸せ!」
そういえば肩を怪我しているんだった。腕を使うのも一苦労なのだろう。
ワイシャツをひったくり、着せてやる。
イライラしながらボタンをひとつひとつ留めた。
想像通り、俺のシャツはドールには大きすぎるようだった。まあいい。上裸よりマシだ。
事務机の引き出しを開け、マネークリップでまとめた札束を取る。
彼のほうへと放った。
「あいにく奴隷を飼う趣味はなくてな。おまえがこの金を持って部屋から出て行っても、追いかけない」
そんなことを言われたことがないのか、ドールは無表情のままフリーズしている。
「奴隷として金持ちの都合に振り回されてきたんだろ。自由になりてぇんじゃねぇか?」
「《ドール》に意思はありません。あなたの望みに従うことが役目です」
「意思が無いなんてことないだろ。人形ごっこの何が楽しい。マゾなのか?」
「命じていただければ、そのようにします。僕はあなたの《ドール》です」
「俺に試されてると思ってるんだな」
「……」
返事を待ってみたが、ドールは叱られ待ちのように目を伏せて黙ってしまった。
俺はまたワードローブの前へ行く。自分も血がついた服を着替えなければならない。
彼の視線を気にすることなくジャケットを脱ぎ、ネクタイを解く。首元からワイシャツのボタンを外していく。
「年齢は?」
「25です」
「同い年かよ。だったらなおさら、その硬い喋り方はやめろ」
「……わかった」
着替え終わり、時計を見る。
「さて、俺は出かける」
マフィアといっても、普段やることといったら街の揉め事の仲裁だ。面倒を見ている店から呼ばれれば、便利屋のように出向く。
「おまえは……そうだな。とりあえず立てるか?」
肩を貸してやる義理はない。人の股間に向かってこれるくらい元気なら大丈夫だろう。
緩慢な動作で起き上がったドールを連れ、部屋を出た。
別室の部下に声をかけ、車の用意をさせる。
男二人の後部座席は窮屈だった。
「まずは《ウェイブ》に寄ってくれ」
部下は気前よく返事をして車を発進させる。
移動中、ドールはもちろん無言で、部下も気を遣って喋らない。
静かだった。
■
ホテル・ウェイブのロータリーで停車する。
車を降りると、フロントからマネージャーが走ってくるのが見えた。
「オーナー、本日はどうなさいました?」
揉み手で笑顔を作るマネージャーは車の中にいるドールを物珍しそうに見る。
俺はドールを指差した。
「こいつをしばらく泊めてやってほしい。一番安い部屋でいいから」
安部屋は低層階のエレベーター近くだ。長く歩かずに済む。
「しばらく……というと」
「こいつが飽きて出ていくまで」
「わ、わかりました」
マネージャーはドールに向かって愛想良くすると、「ご案内します」と手を差し出した。
だが、ドールは座席から動こうとしない。
「……ホテルスタッフの指示は俺の命令だと思って聞け」
仕方なくそう言えば、彼はやっと車を降りた。
その手にさっきの金を握らせる。
「俺とは今日限りだ。金は返さなくていいから、生活の元手にしろ。元気に暮らせよ」
相変わらず無表情で棒立ちの男へ、にこりと微笑んだ。
あとのことはマネージャーに任せ、車に戻る。
部下と二人で約束がある店へ向かった。
広さを取り戻した後部座席で、俺は機嫌良く煙草をふかす。
このときの俺は、かわいそうな奴隷を自由にしてやった満足感に満ちていた。
礼を言われなくても構わない。彼がこれから、誰からも縛られることなく自由に生きてくれれば、それ以上に気分の良いことなどない。
──ドールがぶっ倒れているとホテルから電話がかかってきたのは、その数時間後だ。
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