【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

文字の大きさ
35 / 63
勇者と魔王 編

35 魔王INハヤトキ【1】

しおりを挟む
 風の静かな晴れの日は、小鳥のさえずりがよく聞こえる。

 昼食を終え、部屋で机に向かっていた。ぱらりと本のページをめくる。

 作り置いた料理をまだ消費しきれていないため、今日はキッチンに立つのを控えていた。
 他にやれることといったら、勉強をすることくらいだ。
 最近は、この国の文字の読み書きを練習をしている。
 市場の値札やレシピ本が読めないのが不便だった。

 この森で文字が読めるのはジェードとバウだけらしい。
 先日、バウに読み書きを教えて欲しいと頼んだら、街で絵本を買ってきてくれた。
 確かに、子供向けの絵本はうってつけだ。

 あらかじめ読み聞かせてもらったから、おおよそのストーリーは覚えた。挿絵からどうにか文字の意味を予想し、書き写していく。

 絵本の内容は、やはり魔族と人間の戦いに関連した寓話が多かった。百年前の戦争よりも前から両者の確執は存在していて、この国のアイデンティティに根深く関わっていることが汲み取れる。

「なんだおぬし、いい歳して絵本など読んでおるのか」

「文字の勉強をしてて……えっ!?」

 誰もいないはずの部屋で声をかけられ、振り返る。
 そこにはなんと、魔王ベクトルドが立っていた。

「ギャッ!?」

「遊びに来ちゃった」

 彼もジェードのように瞬間移動の能力があるようだ。
 できれば廊下に現れてドアをノックして欲しかった。びっくりするだろ。

「ハヤトキよ、人間であるおぬしに相談がしたいのだ。……勇者のことで」

「勇者!? リオンに会ったのか?」

「なぜ驚く。おぬしたちの飛竜に同行したと言っていたぞ」

 ウワーッ! やっぱりあのとき、俺とジェードの話を盗み聞きしてたんだ。
 そして翌朝、気配を消して……。飛竜か荷台か、一体どこにくっついていたんだ。ノミか?

 で、俺たちが魔王城から去った後、勇者リオンはベクトルドと接触したのだろう。
 それにしても……相談って?

「俺が力になれることなんて……無いと思うんだけど」

「実に簡単な質問だ。人間は何が好きなのだ? ナデナデか?」

「はい?」

「欲しいものはないかと何度も聞いているのに、おれが居れば充分などと遠慮する。もっとこう……甘やかしてやりたいのだ……! 人間は何が嬉しい? 食べ物か? 宝石か?」

「待ってくれ、魔王と勇者の話だよな?」

「そうとも」

 なんか頭痛がしてきた。眉間を揉みながら考える。
 魔王と旅行者が仲良くなったって話ならシンプルだが、魔王と勇者がと言われると頭が混乱する。

 でも、リオンは魔王を助けたいと言っていたから、好意的な態度で近づいた可能性は大いにある。
 ベクトルドも人当たりが良いから、相手が宿敵でもグッドコミュニケーションができてしまいそうだ。

 それにしたって、この熱量はなんだ。友達に対する感じじゃないぞ。
 ルンルンというか、デレデレな顔しちゃって。

 魔王、恋バナしに来たのか?

「リオンはいま、魔王城に滞在してるってこと?」

「うむ。我がかくまっているから、ジェードも気付いてないと思うぞ」

 ジェードが気の毒になった。
 国の防人さきもりとして血眼になって探してるのに、まさか上司が隠しているとは。
 英雄扱いされるくらい有能なのに、勇者の追跡に関してはふんだりけったりだな。

「仲が悪いより良いことだとは思うけど……魔王と勇者が……?」

「あれは我のために勇者となり、忠誠を誓うため海を渡ってきたと言っている。なかなか健気な男だ。人間は好かんが、勇者は特別だな。あ、おぬしもな、ハヤトキ」

「それはどうも……」

「で、人間は何をされると嬉しい?」

「人それぞれだから、本人に聞くほうが絶対良いよ」

 ベクトルドは口をへの字にして、あごをさすった。納得いってなさそうだ。

「では、身体を貸してくれないか?」

「なんだって?」

 彼の指先は、真っ直ぐに俺を向いていた。
 俺の身体を?

「我の姿のまま質問しても、あれは同じ返事しかせん。おぬしになら、我に言わぬことも言うのではないか? 本音を聞きたいのだ」

「身体を貸すって、どういう……」

「一言許すと言ってくれれば、我はおぬしの身体を借りられる。意識はあるし、痛みもないぞ。すぐに返す。──我と勇者の平和のためだ。人肌脱いでくれるだろう?」

 彼の言う内容が想像できなかったが、俺が断ることで変にこじれても困る。魔王や勇者の交友が世界平和に繋がるというのも一理ある気がした。
 何より、ジェードの友達であり、苦労のあった彼が助かると言うのなら……。
 
「……《許す》」

「ハヤトキ、おぬしは良いやつだなあ」

(う、わ……!?)

 ──視界がぐらりと揺れた。いつの間にかベクトルドの姿が消え、俺の中に他人の思考が流れ込んでくる。

『意識はあるな? いい塩梅で肉体を支配できたぞ』

『な、なにこれ』

 頭の中で彼の声がした。それに返事をすることもできる。
 身体は自分の意思では動かせなくなっていた。 

「うむうむ、悪くない」

 俺は指示していないのに、勝手に右手をグーパーしながら喋っている。
 肉体の操縦席にベクトルドが座っているのがなんとなくわかる。俺はその横で体操座りをしながら視界というモニターを見てる感じ。

「うん? なんだか腰がだるいな。まだ若いのに」

『ほ、ほっといてくれ!』

 ジェードとの関係をどこまでわかって言ってるんだ。
 雷雨の夜以降、吸血もも、しばしばするようになった。
 彼に喉の渇きがないときは、そういうことだけをする夜もある。お互いに、何を考えて誘っているのか言葉にするでもなく。
 昨夜もそうだった。

「わかるわかる。我も初めは驚いたものだ。温かい湯に浸かると楽になるぞ」

『は?』

「さあ、魔王城へ行くぞハヤトキ。──我に……をしたのだ。勇者には責任をとってもらわねばな。嘘偽りのない忠誠あいを確かめねば」

 照れながら言う「あんなこと」って何?
 いや、説明されても困るけど。

「あの土地の空気に耐える必要もあるから、魔法が使えるよう身体を少しが、返すときには戻すから安心してくれ」

『早くも怖くなってきた。なあこれ、俺の意思じゃ身体を取り戻せないよな?』

「ははは、まるで我が身体を返さないことを心配しているような言い草だな」

 視界がフッと切り替わる。
 魔王城へ移動していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...