【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

文字の大きさ
63 / 63
おまけの番外編

迷子のウィルオウィスプはいま

しおりを挟む
 バウの家に長居してしまった。料理教室の準備が間に合わない──キッチンまで近道しようと、屋敷の庭を突っ切ろうとする。
 曲がり角で誰かの背中にぶつかった。

「すみません! ……って、ベクトルド?」

 ふてくされた顔がこちらを振り返る。
 多忙な魔王ベクトルドとこんなところで会うとは。いつもべったりな勇者リオンの姿は近くにないようだ。不服そうな様子の理由は、嫌いな俺と会ったことよりも恋人がそばにいないことに対してだろう。

 俺が聞くよりも先に、ベクトルドが言った。

「リオンはジェードと書斎にいる。自分が破壊した庭の片付けをしろと言われたのだ。……あやつらは人間の処遇の話になると、何かと理由をつけておれを追い出す。冷静に話せるのに……魔王なのに……」

「あ、あはは……」

「……我はもう、邪魔なだけなのだろうか」

 神々しい大男が子供のようにしゅんとうなだれていた。
 街でたずねれば、魔王の功績を我が事のように誇らしく語る魔族ばかりだ。リオンだって語らせればいつまでもベクトルドの魅力について話す。ジェードだって、ふだん口にしないだけで彼が積み上げてきた歴史を尊敬している。近年の彼は不安定だが、それでもお荷物だと思う者なんてこの大陸にはいない。
 人間への憎しみが狂気のトリガーになっていると知る者にとっては、彼を守るために聞かせたくない話もあるだろう。その気持ちもわかるが、疑心暗鬼にならないよううまくやってほしいものだ。

 彼は俺からのなぐさめなんて欲しくないだろう。なんといっても悩みのもとの種族なのだし。聞こえないふりをしてあげるのが一番だと思って、話題を変える。

「キッチン行くから、お茶でも持ってこようか?」

「いらん。……おぬしも最近は忙しそうにしているな」

 じと、と見つめられた。どういう感情の視線だ?

「おかげさまで……」

 ハッと思い出した。これから料理教室の時間なんだった。いつのまにか増えた生徒におにぎりの作り方を教えなければならない。月謝をもらっている以上、遅刻なんて半端なことはできな──

「なあ、ハヤトキ」

「ん?」

 ベクトルドがまだこっちを見ている。俺の顔に何かついてるのだろうか。それにしても、俺の名前を呼ぶ声色が妙に真剣だ。

「……憑依したときにも思ったが、おぬしは薄ら気味悪いな」

「えっ、ストレートに悪口言われてる?」

「おぬしのその身体、もろい粘土のようなスカスカさがあって……胎から生まれた肉っぽさがない。なんなんだ?」

「なんなんだ、って言われても……。俺の謎を増やすのは止めてくれよ。不安になるだろ」

 ジェードから伝え聞いたときは褒められてたように思うんだけど。清らかで心地が良いとかなんとか。実際は違和感があったってことか?

「我は他の人間に憑いたこともあるし、リオンに入ったときもそう感じたことはなかった。おぬしのときだけだ。それに、いまおぬしを見て確信したが、ジェードの魔力が肉体の脆さをおぎなっているように感じる。一体それはどうやっているのだ?」

「どうって言われても」

 与えているのはおぬしのほうであろうに」

「………………ノーコメント」

 ジェードの魔力が俺の身体を補強しているというのは初耳だが、体液をバカほど摂取していることについては心当たりがなくはない。だが、赤いのを与えて白いのが返ってきてるなんて言えるか? 言えない。最低すぎる。

 そしてふと、思うことがあってたずねた。

「俺の身体が吸血鬼に近づいてるのもそのせいなのかな?」

「さあ? 我もなんでもわかるわけではない。まあ、困ってないなら良いのではないか。キショイが……」

 たまにリオンの言葉使いが移ってるんだよなぁ。しかも汚い言葉ばっかり。

「じゃあ、魔力をもらわなかったらどうなるんだ?」

「そりゃあおぬし、こうじゃろ」

 ベクトルドは右手を伸ばし、花壇の土をつかみ取った。肥料と水分が含まれた土だ。
 さらに、左手で足元の乾いた土を集めてすくい取る。

「こっちがいまのおぬしの肉体」

 右手を握った。軟らかい土はぎゅうとひとまとまりの泥団子になる。

「こっちが、ジェードの魔力がない場合のおぬしの肉体」

 左手を握ると、土塊つちくれがぽろぽろさらさらと崩れ落ちた。

 俺は、ぞわぞわと鳥肌が立つ自分の腕を撫でた。

「……これって、怖い話?」

 手についた砂をはらいながら、ベクトルドは屋敷の二階の窓を見やる。

「ハヤトキはもっと、ジェードに感謝したほうが良いぞ。何をやっとるか知らんが、これからもバカほど体液をもらっておけ」

「う、うん」

(ヴィニの森でジェードと出会わなかったら……、どこかでやりとりを違えたなら……、俺って、もしかして……)

 地面に溜まり、風に吹かれて消える砂を見ていた。



   ■ ■ ■



「あ、庭でベクトルドとハヤトキが話してる」

 リオンが窓越しに庭を見下ろして言った。「何話すんだろ」と面白がっている。

 ベクトルドは気まずそうにしながらもハヤトキと仲良くしたがっている。ハヤトキもベクトルドを嫌がってはいない。引き離しに行く必要はないだろう。

「そういえばさぁ、魔王って生殖が必要ない存在だから性欲そのものが薄くて、私ばっかり求めてしまってなんだか恥ずかしいんだよね」

 私は思わず紅茶を飲む手を止めた。唇を濡らしただけのティーカップをソーサーに戻す。

「それは私に相談するようなことか?」

 いまさっきまで政治の話をしていたのに、気まぐれすぎる。

「ハヤトキよりはいいかなって。なんか彼、くたびれた感じがするし性欲も枯れてそう。ジェードも苦労してるんじゃない? ふだんどうしてるの?」

「…………………特に何も」

「そんなことないでしょ。恥ずかしがらないで教えてよ」

 恥ずかしがっているわけでもなんでもない。ただ……。

「……苦労してない感じ?」

 その通り。この屋敷に枯れた井戸は存在しないのだ。
 うなずきもせず黙っていると、それが返答として受け取られたらしい。質問をさらに追加してきた。

「毎日?」

 また黙っていると、自分から聞いておいて「うわ」という顔をされる。

「毎日ではない。仕事で会わない日もある」

「それって、会う日はヤってるってことじゃん」

「仕事の話に戻そう」

「もういいよ、さっきので終わり。そんなことより教えてよ、なんかそういうコツを。魔族の発情のツボみたいなやつ」

「ない。おまえが誘えば奴はなんでも嬉しいだろう」

「そうだよ。喜んでくれるよ。でもキスとかハグとかで満足しちゃうの。その先は!?」

「知らん。本人と話し合え」

 黒霧を喚び出し、自分とベクトルドの位置を入れ替えた。



「──ジェード?」

 突然現れた私にハヤトキが目をぱちくりさせている。

「キッチンで予定があるだろう。準備はいいのか?」

「そうだった! やばい!」

 早歩きで移動をはじめた彼についていく。料理はてんでだが、その準備を手伝うくらいのことはできる。
 どうせ、いま書斎に戻ると友人の見たくないものを見てしまう気がした。できればよそでやってほしいが、あんな話を長々と聞かされるよりマシだ。

 それに、ハヤトキの予定は定刻に始まり定刻に終わってほしい。夜の二人の時間のためにも。
 ……やましい気持ちは無い。





ーーーーー
『0-2 女神たち』での、行き場を失って腐るはずの魂が《復元》で生き延びると「苦労するよ~」と話していたことへの補足回です。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ぴぽ
2024.10.03 ぴぽ

プロローグの精神的にしんどい現代描写から、2話の異世界の描写で一気に引き込まれました。
人魚の登場シーンは神秘的な場面が頭に浮かんできました。
次々に登場するイケメンたちにワクワクがとまりません。
まだムフフなシーンじゃないはずなのに、最初の吸血シーン、とってもドキドキしました!!
1話の長さが丁度よくて、どんどん先を読んでしまいます。続きを楽しみにしてます!

2024.10.04 牛丸 ちよ

ぴぽさん、感想ありがとうございます!
楽しく読んでもらえたことが伝わってくる言葉の数々にとっても励まされます。
伝わってほしいすけべごころも伝わって嬉しいです!
がんばって更新していこうと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。