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《 ひもろきの村 》
53 村のはなし【2】
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テレビ画面の中で、映像の主役が大人の女から幼女に変わった。
一人だけ豪華な着物を着る女の子をヨシさんが指差し、おばあさんに質問する。
「あの女の子ってなんなんでしょう?」
ヨシさんってときどき鈍感だなぁと思う。代わりに説明してあげよう。
「わしじゃ」
「新しい《うしサマ》に嫁入り前の挨拶をしてる新しい《ひもろきサマ》でしょ。両親に三つ指ついて別れを告げて──えっ?」
「わしじゃよ」
「それはまた……可愛らしいお嬢さんだったんですね」
ヨシさんに褒められておばあさんは嬉しそうだ。この人、何歳なんだ。
古いうしサマとひもろきサマが処分されると、新しい《うしサマ》がお社に納められ、それを世話する《ひもろきサマ》が用意される。おばあさんはかつての《ひもろきサマ》だったんだ。
大人になって役目を終えるとき、斬り殺されるパフォーマンスもやったのだろうか。
「大人の《ひもろきサマ》が着てた服、白無垢の扱いなのかな。あの畳も祝儀敷きだし。婚姻として一緒になる日であり、斬り殺すためにうし様と生贄を一緒にするって言葉遊びでもあるんだね」
嫁入りの挨拶が幼少期で、婚儀を上げるのがうしサマを殺す日となると長い間ができるが、許嫁の期間として扱われるのだろうか。
ビデオテープの再生が終わり、おばあさんは片付けを始めた。
「村に若い衆がいなくなってからはもうやらんなった。わしが最後のひもろきだで、死んだらお社の面倒を見るもんもおらん。こん村は終わりだ。そのほうがええ」
いずれ風化するであろうごがん村に、おばあさんは複雑な思いがあるようだ。ホッとしているようにさえ見えた。田舎の女性は苦労が多いと聞くし、長生きする中でいろいろあったのかもしれない。
いつまでも居座る私たちの前にお茶とお菓子が出された。村の銘菓とかじゃなくてルマンドだった。
このおばあさん、私のことはほぼシカトだがヨシさんには態度が違う。私だけなら家にあがらせることも、ルマンドをふるまうこともなかっただろう。ヨシさんの人から好かれる性質をふまえても特別に思えて、単刀直入に聞いてみる。
「どうしてそんなになんでも話してくれるの?」
おばあさんがじっと私を見た。それから、ヨシさんのほうを向いてまじまじと観察している。
ヨシさんは緊張して背筋を伸ばしていた。
「触れても構わねぇか?」
「エッ、どうぞ……?」
しわしわの両手が、正座するヨシさんの顔をぺたぺたと触る。
それから突然、おばあさんはヨシさんに向かって拝み始めた。
呆気にとられるヨシさんと私だったが、同時に感心もする。
《ひもろきサマ》に選ばれる人は巫女筋としてホンモノなんだ。
「……いつも疑問に思っているんですが、僕はそんなに価値がある存在なんでしょうか?」
「なにを言う。こん村が喉から手が出るほど欲したもんだよ。あんたがいたらこんなに細ることもなかったろ」
「それはまあ……」
巫女筋で思い出した。
桔梗さんちの実家もこっちにあると聞いている。ひやかしてみたい。
「分かればなんですけど、垂川家はどこにあるんですか?」
「ないよ」
「えっ」
「南の方にも大きい集落があってな。昔はそのへんもごがん村で、垂川の一族が住んでたが……あの屋敷にはもう誰も住んどらん」
垂川はこのあたりの地方豪族だったようだ。栄えていた時期もあったようだが長い歴史の中で離散し、廃絶したも同然らしい。今のごがん村で生活する分家筋はいるものの垂川姓の者はいないのだとか。
「いい気味じゃ」
小さな声でおばあさんがそう呟くのを、私たちは聞いてしまった。
一人だけ豪華な着物を着る女の子をヨシさんが指差し、おばあさんに質問する。
「あの女の子ってなんなんでしょう?」
ヨシさんってときどき鈍感だなぁと思う。代わりに説明してあげよう。
「わしじゃ」
「新しい《うしサマ》に嫁入り前の挨拶をしてる新しい《ひもろきサマ》でしょ。両親に三つ指ついて別れを告げて──えっ?」
「わしじゃよ」
「それはまた……可愛らしいお嬢さんだったんですね」
ヨシさんに褒められておばあさんは嬉しそうだ。この人、何歳なんだ。
古いうしサマとひもろきサマが処分されると、新しい《うしサマ》がお社に納められ、それを世話する《ひもろきサマ》が用意される。おばあさんはかつての《ひもろきサマ》だったんだ。
大人になって役目を終えるとき、斬り殺されるパフォーマンスもやったのだろうか。
「大人の《ひもろきサマ》が着てた服、白無垢の扱いなのかな。あの畳も祝儀敷きだし。婚姻として一緒になる日であり、斬り殺すためにうし様と生贄を一緒にするって言葉遊びでもあるんだね」
嫁入りの挨拶が幼少期で、婚儀を上げるのがうしサマを殺す日となると長い間ができるが、許嫁の期間として扱われるのだろうか。
ビデオテープの再生が終わり、おばあさんは片付けを始めた。
「村に若い衆がいなくなってからはもうやらんなった。わしが最後のひもろきだで、死んだらお社の面倒を見るもんもおらん。こん村は終わりだ。そのほうがええ」
いずれ風化するであろうごがん村に、おばあさんは複雑な思いがあるようだ。ホッとしているようにさえ見えた。田舎の女性は苦労が多いと聞くし、長生きする中でいろいろあったのかもしれない。
いつまでも居座る私たちの前にお茶とお菓子が出された。村の銘菓とかじゃなくてルマンドだった。
このおばあさん、私のことはほぼシカトだがヨシさんには態度が違う。私だけなら家にあがらせることも、ルマンドをふるまうこともなかっただろう。ヨシさんの人から好かれる性質をふまえても特別に思えて、単刀直入に聞いてみる。
「どうしてそんなになんでも話してくれるの?」
おばあさんがじっと私を見た。それから、ヨシさんのほうを向いてまじまじと観察している。
ヨシさんは緊張して背筋を伸ばしていた。
「触れても構わねぇか?」
「エッ、どうぞ……?」
しわしわの両手が、正座するヨシさんの顔をぺたぺたと触る。
それから突然、おばあさんはヨシさんに向かって拝み始めた。
呆気にとられるヨシさんと私だったが、同時に感心もする。
《ひもろきサマ》に選ばれる人は巫女筋としてホンモノなんだ。
「……いつも疑問に思っているんですが、僕はそんなに価値がある存在なんでしょうか?」
「なにを言う。こん村が喉から手が出るほど欲したもんだよ。あんたがいたらこんなに細ることもなかったろ」
「それはまあ……」
巫女筋で思い出した。
桔梗さんちの実家もこっちにあると聞いている。ひやかしてみたい。
「分かればなんですけど、垂川家はどこにあるんですか?」
「ないよ」
「えっ」
「南の方にも大きい集落があってな。昔はそのへんもごがん村で、垂川の一族が住んでたが……あの屋敷にはもう誰も住んどらん」
垂川はこのあたりの地方豪族だったようだ。栄えていた時期もあったようだが長い歴史の中で離散し、廃絶したも同然らしい。今のごがん村で生活する分家筋はいるものの垂川姓の者はいないのだとか。
「いい気味じゃ」
小さな声でおばあさんがそう呟くのを、私たちは聞いてしまった。
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