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第1章至る平安
プロローグ
しおりを挟むシャンデリアのキラキラと輝くホテルのフロアだった。
出版不況と言われながらも、年に一度の忘年パーティは開催された。
名実ともに、出版社の最後の意地の見せ所だ。
ようやく小説家としてデビューした俺は、憧れの空間に目を輝かせていた。
他の作家先生への挨拶とか、作家の間で交わされる小粋なやりとりとか。
そう言う憧れていた小説家の世界が俺の目の前にはあった。
血反吐を吐く思いで小説賞に投稿し続けていた甲斐があった。本当に良かった。
そして、俺には挨拶をしたい人がいる。
百式百田先生。
俺が、小説を書きたいと思った原点である小説「螺旋の塔」を書いた作家であり、自他とも認める大御所先生だ。
できれば一言、言葉を交わしたい。あわよくばお近づきになりたい。
そんな思いを編集に伝えたところ、今日、紹介してもらえる手筈になった。
緊張する。何を言おう。なんて言われるんだろうか。
もしかして俺の書いた小説を読んでくれていたりしないだろうか。
彼と会うまでは、舞い上がって天に昇っている気持ちだった。
会う。までは⋯⋯ 。
●
百式百田先生は、でっぷりしたお腹を突き出して、猜疑心たっぷりの目つきをしていた。
正直に言って怖いが、格好と性格は別物だ。
先生本人も、書かれた本と同じくらい素晴らしい方に違いない。
編集の紹介に続いて頭を下げる。
彼は、俺をギロリと睨むように見つめた。
「ああ、君ね。読んだよ、君の小説。」
いきなりの言葉に、俺は驚いてしまう。
まさか読んでもらえているなんて。
「“螺旋の塔”に似ているよね。」
「はい!その小説、とても好きです。」
「なるほどねえ。でも、これ、ほとんどパクリじゃない?」
いきなり、百式百田先生の口調が変わった。攻撃的な調子だ。
「えっ?」
「仮にも本になった作品だよね? 中身も軽薄でスカスカだ。歴史に対する理解も感じられない。こんなにひどい内容の作品、よく出版できたねぇ?」
畳み掛けるように批判される。
尊敬する先生からの、自分の作品への批判。
それは、もはや自分がいじめられるよりも辛いものだった。
「そんな⋯⋯ 。」
「つまるところ、君の小説は、まったくもって面白くないんだよ。」
言いたいことだけ言って、百式百田先生はワインのグラスをった。
「ほら、目障りだから帰った帰った。」
犬を追い払うように手を振られる。
ショックで頭が鈍く痛んだ。
俺はふらふらとその場を離れることしかできなかった。
「あっ、じゃあ僕は用事があるので、失礼しますねー。」
編集は、俺に触れたくないようで、逃げるように俺のそばを離れていった。
ひょっとして百式百田先生の言い分を真に受けているのか?
俺の作品を一緒に作ってきただろ。
なんで言われっぱなしにしておくんだ。
不満がふつふつと湧いてくる。
作家を信じきれない編集なんて、意味ないだろ⋯⋯。
俺は裏切られたような気分になっていた。
多分これは逆恨みだ。
百式百田先生さえいなければ、彼は良い編集だった。
あの挨拶で、全てが狂ってしまった。
キラキラ輝くシャンデリアが、今はなんとも空虚に見えた。
●
以前は頻繁にやり取りをしていたあの編集が、メールを寄越さなくなった。
こちらがプロットを送っても、一ヶ月も帰ってこない。
嫌な予感に苛まれながら待ってみる。
だが、ようやく取り付けた打ち合わせの約束も直前にドタキャンされた。
俺は完全に理解した。
パーティで、百式百田先生に、面白くないと突きつけられた時。俺の作家生命は終わっていたのだと。
今の文壇であの人は絶対的な影響力を持っている。
こんなペーペーの作家は切り捨てて、ご機嫌伺いをした方がいい。
編集はそう判断したのだろう。
ちくしょう。
小説を書きあげるためにしてきた努力。これから小説家として生きていくと言う俺の夢。
二つとも、あっさりと絶たれた。
さらに、俺は発見してしまった。
週刊誌に「盗作疑惑? ”螺旋の塔”に酷似した作品現る」と言う記事が載っていたのだ。
インタビューされた螺旋の塔の作者、百式百田の無駄に冴え渡るこき下ろしまで掲載されていた。
それはネットで拡散されて、俺のことも俺の小説も散々に叩かれていた。
「作者の品性を疑う」
「こんなつまらない小説、よく書く気になったな」
誰一人として百式百田の言葉を疑うものはいなくて、ただ俺が悪者だと言う論調が広がっている。
俺に一番影響を与えた小説の作者だからって、あそこまで全てを否定する必要はない。
俺を槍玉に挙げて、自分がえらいんだと言う事を証明するだけのために、こんな事を⋯⋯ 。
俺より早くに生まれて、俺より早くデビューして、俺より名声があると言うだけなのに。
俺が、もっと早くに生まれていれば。
俺が、誰の文句のつけようもないほどすごい小説を書いていれば。
俺が、誰にも負けない力を持っていれば。
絶対に、こんなことにはならなかった。
でも、もう遅い。
出版した本の印税も尽き、本だけ書いてきた身で就職なんてできるはずもない。俺の実生活向きの能力は全て壊滅的だ。
コミュ障、ものぐさ、サボリ魔、運動音痴。
ありとあらゆる罵倒が俺に当てはまるだろう。
小説以外の全てに興味が持てずに、ただひたすら小説を書いていた人生だった。
頼るべき両親は数年前に交通事故で死んだ。
だから、俺には小説しかなかった。
このペン一本で世界を切り開いていけると確信していた。
その道が絶たれたのなら、肉体労働で食いつなぐしかない。
だが、小説一本のために捧げられた俺の体は虚弱そのもので、入った現場では怒られてばかり。しまいには事故に遭って、働くことさえできなくなった。
俺に待っているのは緩慢な死だけだ。
もう何日も飯を食っていない。
あっ面白い伏線を考えついた。メモしておこう。
震える手で取り出した。
そのメモ帳のタイトルは”最高の小説を作る”だ。
人生が終わりに近づいていても、俺はあくまで小説家だった。
それはそれとして百式百田は許さない。生まれ変わっても復讐してやる。
美しい女の影が、枕元に立ったような気配がしたが、俺にはもうよくわからなかった。
意識が薄れていく。
最後まで、手に持ったメモの感触だけが、残っていた。
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