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第1章至る平安
八つ辻
しおりを挟む兎も、詳しい高天原の場所は知らないみたいだった。ただ、俺を引き連れて山の方にずんずんと進むだけである。
ちょいと不安だが、まあ、いざとなればこいつの血を吸えば、飢えることはないだろう。
「何か変なことを考えてない?」
兎のくせに感覚が鋭敏だなあ。
「そんなことはないよ?」
外面を取り繕って澄ました顔をする。
こう言うことは不思議と得意だ。
こちらを怪訝そうに見つめる兎だったが、そのままでは何も進展しないことに気づいたのか、また歩みを進めることにしたようだ。
俺もそれを追って歩く。
新緑の広葉樹の葉が光を透かして、キラキラ輝いている。
あまりに普通の山道は、ずっと上まで続いているようだ。
一定の間隔で、高度を上げている。
雲の上にあるとか、そう言うことじゃないよね。
高天原と言う字面から考えると、十分にあり得るな⋯⋯ 。
●
いつの間にか雲海の上にいた。
鳥居があるとか、光に包まれるとか、そう言うこともなく、気がついたらここにいた。
どうやってここに行くのかと言われてもわからない。
類型的な結界物語にありがちだからこそ、個性的な入りを体験したかったのに。トンネルを抜けるとか、車に乗り込むとか、そう言う舞台装置はあってしかるべきだろ。
しかしどうやって雲の上に立ててるんだろうな⋯⋯ 。
深く調べると落ちそうな気がするので気にしないことにするのが唯一の正解だとは思うんだけど。
雲海の中で多方面に道が分かれている。
その脇に猿面をつけた男が立っていた。
「よしよし。話は聞いています。そこの兎。高天原に案内してあげましょう。」
「よろしくお願いします。」
話が早いな。まだ自己紹介も済んでいないんだけど。
とりあえず俺は兎の後ろをついていけばいい。
「ですが、そこの女性は話が別です。道祖神猿田彦の名において、素性の知れない人を高天原に迎えるわけには行きません。」
俺? 自分を指さして首をかしげると、頷かれた。
「素性の知れた兎はいいの?」
「素性が知れてるので。」
確かに。人間かどうかより素性が知れてる方が大事か。
「どうしたら許してもらえますかね。」
「私からはなんとも。向こうで聞いてきましょう。」
「つまりここで待ってろってことですか?」
「とりあえずは。まあ、一日あれば戻りますよ。」
「1日ってのは、かなり長くないですかね⋯⋯ 。」
ここには雲と道しかないんだが。
「ちなみに高天原には何をしに?」
「小説のネタ探しと、書物を探すと言う目的です。」
「なかなかに奇特な方ですな。」
「それほどでもないですよ。」
俺は少し嬉しくなる。
「褒めてないですよ?」
そんなあ。
「じゃあね、夜。縁があったらまた会おうね。」
「うん、それじゃあね、兎。」
「⋯⋯ 名前ないとは言え複雑な気分だなあ。」
兎の耳がピコピコと上下する。
「名付けてみようか?」
「それもいいかも。なんてつける?」
「えっ。白でしょ。」
「そんなことだろうと思った。」
兎はため息をついた。
「えー。いい名前でしょ。白って。」
「絶対に見た目でつけたでしょ。」
「わかりやすいじゃん。」
この兎、めちゃくちゃ性格が似ていると言うか、気があうんだよな。
「もうそれでいいよ。これからは白って呼んで。」
「わかった。また会おうね、白。」
「こっちの台詞よ。」
俺と白は握手をした。
めちゃくちゃもふもふしてるぞ。
もう少し、身体的接触を行うべきだったか。
正直途中までは食料としても考えてたから愛でるのは躊躇していた。
惜しいことをしたな。
「それでは明日まで待っていてください。」
「わかりました。」
まあ、アポなし訪問だったし、仕方ないか。
ゆっくりしておこう。
そんなに腹も減らないし。
白たちが離れていくのを見送った。
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