追放された俺は逆行転生した〜TS吸血姫は文化を牛耳る〜

石化

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第1章至る平安

羅生門

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いずれの御時にか女御更衣あまたさぶらひけるときにぞ。

雨の激しい夜だった。

藤原為時は、知人の家で飲み食いして遊び、前後不覚になって、ふらふらと雨空の下をさまよい歩いていた。
朱雀大路の南の端に、朱塗りの大きな建物がある。都の境界を守る羅生門である。迷い歩いて、ついにはこんなところにまで足を伸ばしてしまったらしい。
近頃羅生門には鬼が出る。そんな噂が彼の頭の中をよぎった。

そんなわけがあるまいと思いつつ、それでももしかしたらと考えて、藤原為時は、確かめてみることにした。なんとは言ってもひどい雨だ。酔いが冷めてきた体には堪(こた)える。雨宿りついでに噂の鬼と出会えれば上々。話のいいタネになると彼は考えていた。

羅生門の最上階には罪人が打ち捨てられているという噂だが、管理が行き届いているのか、それとも雨が全てを洗い流したのか、悪臭は漂ってこない。

ただただ漆黒の闇が不気味な様子を知らせている。
手に持った頼りない灯では、到底安心できない。
そんな深い暗闇であった。

「鬼がいると聞いてきたが、こう暗くてはよしんばいたとしてもわかるまい。」

為時はひとりごつ。
一応梯子を伝って上に登ってみたが、何も見当たらなかった。
残念だが、帰ろうか。為時は、そう考えた。

その時下でガヤガヤと話し声がした。
もしや鬼の集団だろうか。彼は恐る恐る首を出してのぞいてみる。

果たしてそこには、恐ろしげな武装をした、小汚い人間の集団がいた。
野盗の類かと見える。どうみても鬼とは言えない。

彼はがっかりした。

しかし、野盗の類といえども油断することはできない。身一つで見つかってしまったら、莫大な身代金を用意しなくてはならなくなるだろう。

ただでさえ貧乏な彼の家にそんなものを払う余裕はない。せっかく愛娘は才能に溢れて生まれてきたのだ。その才を親の差し障りのために伸ばしてやれないのは罪そのものだといえる。娘ほどの才能を持つ子供は稀有である。ひょっとしたら100年に一度の才能かもしれないと為時は親バカ気味に考え始めている。
もちろんこれは間違いである。100年どころか1000年に一度の大天才と言って差し支えない女性、彼女はのちに、官位の名にちなんで紫式部と呼ばれるようになる。

上からそっと覗いていた為時だったが、盗賊の一人が、上に登ってこようとしているのをみて焦った。今現在、彼は武器も何も持っていない。ひとりふたりなら取り押さえられても、呼ばれて全員で向かってこられるとどうにも仕様がない。

だが、見つからないようにやり過ごすというのも性に合わない。

迎撃するなら、相手が登りきったところだ。

彼は突き落とすべく構えた。

からんと足駄の軽やかな音がした。市女笠をかぶった女が一人、ここへ向かって歩いてきているようだ。盗賊の一団は色めき立った。
この雨だ。凶行に及んでも、雨が全て洗い流してくれる。

盗賊たちは羅生門の中に身を潜め、息を殺した。

そんなことには当然ながら気づかずに女はふらふらと歩いてきている。
為時は、女の冥福を祈るしかなくなった。

一瞬、気が逸れた。

「あっ?なんだぁおめえ。」

野太い声が同じ階から聞こえた。

そういえば、もう一つ階段があるんだった。自らの迂闊を呪う。

「ここで何してやがる。」

赤ら顔の大男はふらふらと彼を狙って近づいてくる。

下でも、女を襲っているのであろう盗賊たちの下卑た叫び声が聞こえてきた。
盗賊たちは興奮している。下に連れて行かれたらタダでは済まないだろう。

ジリジリと下がっていた彼に、もともと見張っていた階段から上がってきたらしき盗賊の拳が死角から振り下ろされた。視界が暗転する。



「おいあんた。大丈夫か?」

誰かが為時を覗き込んでいた。
漆黒の闇から溶け出したような見事な黒髪に非常に美しい顔立ち。
天女か何かだろう。

「私は、天国に行けたのだな。」

「いや違うぞ。ここは現実だ。」

「へ?」

よく見渡すと、確かに見覚えのある羅生門の二階で、盗賊たちが伸びている。

「ひょっとして、これはあなたが?」

「ああ。せっかくしばらく根城にしていたのにえらい目にあった。」

「ここで暮らしていたんです?」

驚いて聞き返した。羅生門は立派な門だが、都の中では端の方にあり、寂れていて何が起こるのかわからないというのが定説だった。

「あなたのように美しい女人が、そんなことになっているとはおいたわしい。」

「まあ、ほとぼりが冷めてきたし、噂にもなってきたからそろそろ再就職先を探そうとしていたんだ。あんた、貴族だろ?俺を下女として雇っちゃくれないか?ある程度の教養は身についているつもりだ。」

「直接売り込むとは見上げた根性ですね。なら、一つ。五月雨の 空もとどろに ほととぎす」

女はすぐに引き取って吟じた。

「何を憂しとか 夜ただ鳴く。」

古今和歌集のうちの一句である。紀貫之になんども自慢された古今集。それに載っている歌ならば、何も見ずとも諳んじられる程度には彼女の力は伸びている。

「自分で教養があると自称するだけはあるようですね。いいでしょう。救っていただいた恩もあります。うちは貧乏貴族なので余裕はないですが、なんとか捻出してあなたを雇いましょう。」

「ありがとう。一つだけ、条件を。いつでも本が読める環境がいい。」

「本、ですか。それなら心配いりません。私は学問博士ですから。本ならそこらの普通の貴族の何倍かは所蔵していますよ。」

「それは良かった。なら、正式によろしくお願いします。」

「こちらこそ。⋯⋯ところで、お名前は?」

「夜と、呼んでほしい。あなたは?」


「私は正五位下、藤原為時。ただのしがない貧乏貴族ですよ。」

「それにしては地位が高いと思うけど⋯⋯。」

「気のせいですよ。では、私の家まで案内します。」

「よろしくお願いします。」

ようやく夜も自分の立場をわきまえた言葉遣いに戻っていった。
流石に雇い主にあんたといっては使用人とは言えないだろう。

羅生門の下には惨劇が広がっていた。鋭利な刃物で一撃で切り裂かれたような傷が、盗賊たちの体につけられていて、真っ赤な鮮血の花を咲かせている。

強まる雨がなければ、羅生門が使い物にならなくなるような凄惨さだ。

「これは、夜さんが?」

「ええ。私こう見えても強いんですよ。」

夜はにっこりと笑う。
冗談を言っているようには見えなかった。

「ひょっとして、羅生門に出ると噂の鬼って夜さんだったりしますか?」

「さあ、どうでしょね?」

はぐらかして、ゆったりと歩く夜の姿はおっとりとしていて優美だ。
とてもあの凄惨な事件を起こせるようには見えない。

為時はもう気にしないことにした。
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