33 / 49
第1章至る平安
酒呑童子
しおりを挟む●
さて、山伏に変装した一行。
夜も長い髪を頭巾の中にまとめて隠した。
美しすぎるので違和感はバリバリだが、一行の中に紛れ込めばさほどでもない。
女性山伏を許してほしい。まあ、魂は男だし、問題ないかな⋯⋯?
さて、酒呑童子は鬼隠しの里という場所にいるらしい。
老人たちによれば、岩穴の中を歩いていくと着くとのことだった。
しばらくいくと、確かに大きな岩穴があり、その中に進むと、八本もの柱を備えた大きな門があった。とても美しく、あたりが輝くほどの門である。四方の壁は瑠璃のような光沢を宿し、地面は水のようにキラキラと光っている。総じてこの世のものとは思えない光景だ。
踏み入ってすぐに、美しい女房に行き合った。
「我らは、旅の修行者だが、道に迷ってしまった。よかったら一晩の宿を貸していただけないだろうか。」
渡辺綱が代表して作り話をさも本当のようにまことしやかに語る。
「酒呑童子様の元に案内しますから、そこで許可を取ってください。」
「了解した。」
女房の案内で回廊を渡っていく源頼光一行。
女房は悲しそうな顔をして言う。
「あなたがたも、ここから出られることはないでしょうね⋯⋯。私は、土御門内府宗成卿の第三女。都から攫われてきたの。もう逃げることは諦めたけど、たまらなく寂しいの。」
女は絶望していた。
渡辺綱は思わず勇気づけようとするが、頼光に手で制される。
こんなところで正体を明かしては、これまでの苦労が水の泡だ。
「こちらでお待ちください。」
女房としての役割を果たす姫君。
頼光と四天王たちはおいたわしい思わずにはいられない。
連れられてきたのは、廊のそばの大きな部屋であり、容貌の麗しい女房たちが、酒や肉を用意して侍っていた。
しばらくすると、重々しい足音がして、3mほどの大きさだが、チグハグなほどに幼い顔立ちをした男が姿を現した。とても知恵深げな目つきをしており、小袖に、白い袴に香の水干を着ている。
女房に持たせた円座と脇息に体を預け座った彼に促されて、頼光たちも、座る。
「僕は酒を深く愛しているからね。眷属たちからは酒呑童子と呼ばれているんだ。」
大きさに似合わない、理知的な少年の声だ。
「よく来た。とりあえず飲みなよ。」
酒呑童子は、そう言って、金の盃に入った酒を勧める。
赤い酒だ。それになんだか生臭い。
頼光たちは怪しまれまいと、それに気づかないふりをして、なんとか飲み干す。
一人、夜だけはとても美味しそうに飲んでいた。
久しぶりに量を飲んでご満悦だ。
だめだこいつやっぱり妖怪だ。
「使えなくなった使用人から作った酒だよ。美味しいかい?」
「えっ、ええ。」
頼光は震える口をごまかしてなんとかそう答える。
「それはよかった。」
頼光たちの飲みっぷりがよかったからだろう。
酒呑童子は満足そうにこちらを見えいる。
「酒呑童子様。我らからも贈り物がございます。お酒が好きだと聞きましたので。」
頼光は老人から渡された酒を取り出した。
「へえ。それは感心な心がけだね。さあさあ、肉も食って。」
酒呑童子は、気分良くさらに勧めた。
こちらもどうにも不気味で、材料のことがなんとなくわかってしまったが、頼光たちも、ここまで来て怪しまれるわけにはいかない。なんとか完食する。
夜も、死肉は好きではなかったようで、顔をしかめながら食べた。
「ほーう。これはいい酒だ。あんた、なかなか悪くないね。わかってる。」
「ありがとうございます。」
引きつりながらも、なんとか頼光は笑顔を返した。
あの老人が言っていた酒を飲ませることには成功した。
ならばあとは、時間を稼げば、毒が回って全てが終わるはずだ。
それだけを信じて、頼光たちは耐える。
だが、一向に酒呑童子が弱る様子はない。
ただ、酒を飲んでは酔っ払うばかりである。
ほどなくして、黒雲がにわかに立ち込めて、四方が闇夜のように暗くなった。
血の匂いのする風が荒々しく吹き、建物を大きく揺さぶる。
様々な変化の者たちが、恐ろしげな形と大きさを取って、田楽を舞いながら通り過ぎていくのが見えた。俗に言う。百鬼夜行というやつだ。
これには流石の頼光一行も怯んだ。
ただ、顔を合わせず、まっすぐに前だけを見つめることで虚勢を張る。
夜だけは、面白そうに辺りを見渡していた。
だから君は目立つようなことをやめなさいって。
脅かしに効果がないと悟ったのか、百鬼夜行の者共は、四方八方に散っていった。恐れないということが肝要であったらしい。
のちに、新たに女房たちが入ってきて、しきりに頼光たちの気を引こうとしたが、「山伏修行者の近くに女房たちが来るなどあり得ることではない。速やかにお引き取り願おう。」と、藤原保昌(やすまさ)につれなく言われて退散した。
その場を離れた女房たちは、変化を解いて鬼の本性を表し、今度の人間の気骨に感心した。しかし、酒呑童子様に敵うものはおるまいというのが彼らの見解であり、実際、その通りでもあった。
さて、酒呑童子はこうした部下たちの悪ふざけを笑いながら楽しく酒を飲んでいた。頼光たちを疑う気持ちはほとんどなかった。血を啜り、人肉を食べて嫌な顔一つしなかったのならば、それは妖怪と同義だ。
そこまで人を捨てた修行者なのか、ただの妖怪なのか。
どちらにせよ愉快なことだと思っていた。
ただ、一人だけ、おかしなものが混じっている。
そいつは、血をうまそうに啜り、肉を嫌そうに食べ、そして何より男と思えないほどに美しい顔立ちをしている。
「おい、そこのあんた。」
酒呑童子は我慢しきれずに夜に声をかけた。
「なんでしょう。」
もともと夜は、酒呑童子のことをそれほど恐れているわけではない。
自らの体のスペックへの確信と、近頃覚えた陰陽術を試したいという欲望があって、戦いを仕掛けたくてウズウズしていた。その上、久しぶりに血を飲んで興奮している。
そのため、彼女は声を偽らなかった。
涼やかな女の声のままだった。
「やはり女だったか。おい、申し開きがあれば申してみよ。」
問われた頼光はだらだらと脂汗を流す。
晴明お墨付きの弟子だ。どうにかして守らなければならない。
頼光は人の守護者としての武士であり、そこに例外はなかった。
なんとか言い訳を考えなければ。
「私が、無理やり潜り込んだのです。」
「へえ?」
面白そうな顔をして、酒呑童子は続きを促す。
「私とあなた、どちらが強いのか、興味がありまして。」
「はっはははは。面白い。この大江山の酒呑童子と互角に戦えると、信じているのかい?」
「たかだか二、三百年程度しか生きていない分際で、よく私に向かって大口をたたけますね?」
「おいおいおい。なら、あなたは、それより長く生きていると?ははっ。ありえない。妖怪の世界で話題にならないはずがない。」
「なら、試してみましょうか?」
「いいだろう。こいつらは、普通の修行者なんだな?」
「ええ。私が保証しますよ。」
守るべき民に逆に庇われた。
そのことに気づいた頼光は歯ぎしりをする。
だが、酒呑童子の妖気は、並大抵のものではない。
彼らほどの実力者でも、死を覚悟しなくてはいけない、濃密で強力なものだ。
だが、気になるのは、夜の方も、同じくらいの妖気を保持していることだ。
今まで気づかなかった。
巧妙に隠していたのか。
彼女が妖怪というのは、本当なのか、嘘なのか。
頼光の考えはまとまらない。
「ここじゃ狭いですね。」
「庭でやろう。」
酒呑童子と夜はともにやる気十分であり、もはや強敵であると認め合った相手のことしか見えていない。
美しく整備された日本庭園。
その池の縁で、二人は相対する。
酒呑童子がニヤリと笑って、片腕を鬼のものに変ずれば、夜は符を構える。
ここに、日本三大妖怪の一、酒呑童子と、太古より生きる吸血姫かつ急造陰陽師、夜の戦闘が始まる。
頼光たちは置いてけぼりであり、遠くからこっそり様子を見ていた某八幡神も唖然としていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる