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第1章至る平安
パトロン
しおりを挟む夜と香子は競うように創作に没頭した。
安倍晴明の屋敷は、異界も同義であり、広い空間を有している。
二人が篭れるくらいの部屋は当然用意することできた。
これ以上馬鹿弟子の被害を出さないためにも、晴明としても細心の注意を払う必要があった。夜が創作に没頭するこの時間を守ることで、それは可能になる。
安易に妖怪を弟子にしたりするからそんなことになるんだよ。
二人は書き、読み合い、さらに書き、お互いの作品を進化させていった。
夜の圧倒的な経験量は、深い描写を可能にし、香子の圧倒的な才能は、物語に彩りを与えた。
お互いがお互いの強みを理解し合い、それを盗もうと必死になった。
それはまさしく理想的なライバル関係というべきものであった。
寝食を忘れて創作に打ち込むのは幸せで充実していると言えるだろう。
おかげで作家は早死にするという説は根強いが。
この場合も、そうだった。
不老不死である頑健な夜の肉体と比べ、夫の拷問で体力の落ちていた香子の肉体は、自分に鞭打つような創作に悲鳴を上げ始めていた。
香子が熱を出した。
夜はオロオロしながら看病する。
自分の実力はトンデモなく伸びているのを感じる。だが、それは香子の存在があってこそだ。彼女を失っては、どうにもならない。
その事実に、ようやく夜は気づいた。
幸いにして香子は程なくして持ち直す。だが、夜はもう、これまでのような心と体を燃やし尽くすような創作を彼女にさせるつもりはなかった。
きっちりと創作時間を区切り、朝食夕食を食べさせる。
ライバルというよりも、香子のマネージャーとしての側面が強くなってしまった。
もちろん執筆も続けていたが、ひところ勢いは失っていた。
香子は残念にそれを思いながらも、夜にお世話されるという状況は、とんでもなく嬉しいことだったので、何も言わなかった。
こんな生活が一年ほど続いたある日、晴明が不注意で客人の前に、香子が書いた小説を見せてしまう。今まで見たことがない面白く華麗な物語に、その貴族はすぐさま夢中になってしまう。
大急ぎで写本を用意させ、晴明に続きをせっつく。
こうなってくると晴明としても面倒臭い。
馬鹿弟子も最近は反省したようだし、もう世話をする必要もないだろう。
そう考えて、彼は夜と香子を追い出した。
仕方なく二人は香子の屋敷に戻った。
久しぶりの帰宅である。
喪に服すこと、並びに物忌みを理由に一年も家に帰っていなかった香子は、久しぶりに娘と対面した。すっかり大きくなった娘を前に涙を流す。ちなみに香子の父はまだ越前から帰ってきていない。哀れである。
香子がとんでもなくひどい目にあったというのは、使用人達の間でも共通認識のようで、誰も彼もが優しかった。
夜も何事もなかったかのように屋敷の女房に復帰した。
古参のもの達の中には、あまりに顔が変わっていない夜を見て不気味に思ったものもいたようだ。
ともかく、夜と香子にとって穏やかな日々が待っていた。
●
安倍晴明の屋敷で見つかった物語は、その面白さから、貴族社会の間で大評判になった。なんども書いた作家を聞かれて面倒になったらしき晴明はついに、香子のことを白状した。
弟子が妖怪であるということは絶対に秘匿しなくてはいけない情報だが、そいつが連れてきた相手である香子は、身元もはっきりしているし、別に話しても問題ないだろうという目算だった。
藤原為時の娘が、とんでもなく面白い物語を書いているという評判は、狭い貴族社会ですぐに広まった。
続きを求めて、為時の家の門を叩いたのも一人や二人ではなかった。
その中には、あの藤原道長の姿もあった。
評判の物語とその作者の噂を聞き、昔源倫子の屋敷で抱いた女房のことを思い出したのだ。
この時の状況を説明しよう。
道長は藤原北家の五男である。
藤原北家は、この頃最も力を持つ貴族であり、その家計からは摂政や関白といった国の貴族の頂点と言える官職を得るものを多数輩出していた。
しかし、道長は五男である。
普通に考えれば、出世の道は閉ざされていてもおかしくない。
だが、兄たちが相次いで急死するという変事が起こり、道長の地位も上がった。
最終的に兄の嫡男である藤原伊周(これちか)との権力闘争に打ち勝ち、道長は左大臣として権力を握ることとなる。
現在の道長は36歳。権力も握り男盛りであった。
話を戻そう。
そんな時の第一権力者と呼んでもおかしくない男が、しがない貧乏貴族である為時の屋敷を訪ねてきたのである。他の者たちはなんとか追い返せても、彼ほどの大物を追い返すことはできなかった。
屋敷の中で、道長と香子は対面する。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
香子を一目見た道長の第一声はそれだった。
「今更なんのご用ですか。」
対する香子の言葉は冷たい。
宣孝とのあの地獄の結婚生活が、彼女の子ことに影を落としたままであった。
「何、この頃お前がとても面白い物語を書いていると小耳に挟んだからな。気になって立ち寄ったまでだ。」
「道長様とあろうお方が、噂に惑わされたようですね。」
「私も読んだが、大変面白かったぞ。」
「へっ、へえ⋯⋯。」
ちょっと香子の態度が軟化した。
物書きという生き物は自作が褒められるとどうしても嬉しくなってしまうのである。とてもちょろい。
「はいはい。そこまでです。うちのお嬢様を惑わせるのはやめてください。」
お茶を持ってきた夜が、ゴミ虫を見るような目で道長を見た。
「⋯⋯お主もいるのか。」
「当然です。」
どうにも道長は夜が苦手である。
自分の男性としての魅力がかけらも通用していないように思えてしまうのだ。
そんな女性に会うのは初めてのことであった。
「まあ良い。今日は、援助を申し出にきたまでだからな。」
「援助ですか?」
「ああ。お主の物語は良い。私が、何不自由なく続きを書けるように金銭面の援助をしてやろう。」
「随分と気前の良い話ですね。」
「まあそれくらいの金と権力はある。」
「で、条件は?」
「まあ、先に聞いてくるよな。」
「当然です。お嬢様を二度と危険な目には合わせません。」
「夜⋯⋯!」
「心配いりませんよ。お嬢様。」
「全くもって。まあ良い。頼みというのは、俺の娘の彰子をいつか入内(じゅだい)させようと考えているんだが、その教育係を頼みたい。現中宮定子様の清少納言に負けないだけの力を持つ女房が欲しい。」
「それが、私だと?」
「ああ。十二分に力はあると考えている。」
道長は自信ありげに頷いてみせた。
あの清少納言と同格と評された香子はとても嬉しそうだ。
無理もない。
あのたった一度の相対で、彼女は清少納言の才能を嫌という程思い知ったのだから。
「まあ、前向きに検討してくれ。嫌だと言ってもやらせるがな?」
そう交換条件だけを押し付けて道長は帰っていった。
香子は夜と顔を見合わせた。
一体どうすれば良いのだろうか。
「まあ、悪くはないと思うぞ?」
定子のもとでの女房生活を念頭に、夜はそう言った。
「夜が一緒ならまあ良いんだけど⋯⋯。」
香子は夜に依存したままだった。
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