紀ノ川さんの弟が何を考えているのか分からない

糸坂 有

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二十二

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 それからというもの、俺は弟との接触を図るべく、たびたびストーカー行為を働くようになった。訴えられたら確実に負けるだろう。そう思いながら、そっと弟の背後に忍びより、忍者のように潜んだ。悪いのはあっちだと自分を正当化しつつ、空気のような視線を送る。隠れているから当然ではあるが、どうやったって目は合わず、何だかそれが物足りないような気持ちになってきた。しかし、なかなか二人きりになれるチャンスは現れず、俺はまんじりとした日々を過ごすばかりであった。
 奴は、誰に対してもそつなく癖なく、さらりとした受け答えをして爽やかな笑みを浮かべている。まるで人が違うようだ。俺が知っている弟は、こんな人間ではなかった。まるで仮面でも付けているようである。感情の浮き沈みがなく、常に一定で穏やか。これが相川さんの言う、面白味に欠けるところなのかもしれない。こんなの、俺の知っている奴ではないけれど。
 誰にも知られることなく、そんな生活を続けていた時のことである。俺は、告白現場に遭遇した。
「好きです」
 場所は、体育館裏だ。俺は、しまったと頭を抱えた。今時、こんなべたな場所で告白するなんて有り得ないと思い込んでいたのが間違いだった。数メートル先にいるのは、弟と可愛らしい女子生徒である。
 弟がいったいどこへ行くのか、こんなところで何をしようというのか、そればかりが気になって、本当に思いもよらなかった。女子生徒が姿を現した時に、やっと思い至った馬鹿な奴が俺である。時すでに遅し。逃げることもままならず、そのまましゃがみこんで聞いてしまった。いくらストーカーとはいえ、俺だってTPOを弁える人間だ。
 人生で、他人の告白現場に居合わせることなんてそうそうない。俺の方がどきどきしてしまって、思わず口を押えた。やはり、弟はモテるのだ。
「ごめんね」
 返答は早かった。結論を出すには早すぎる時間に思えたが、俺はどこかで弟の返答を予想していた。想像通りだった。内心安堵して、いやいやいやと首を振る。
「やっぱり、私なんかじゃ駄目だよね」
「そうじゃないよ。僕の問題だから」
「紀ノ川くんの? どういうこと?」
 落ち込んでいたはずの女子生徒の声は、興味深々な様子へ変わった。俺も、二人の会話に真剣に聞き入る。
「…………僕、好きな人がいて」
 遠慮がちな声だった。すぐに「誰にも言わないで欲しいんだ」と続けられた。
「片思いだし、一生叶いそうもないから」
「紀ノ川くんなら、絶対大丈夫だよ! だってこんなに格好いいし、優しいし……」
「ありがとう」
 弟の声は、優しいながらも冷ややかに聞こえた。今俺は、声だけを聴いている状態で、表情は見えない。弟がいったい何を考えているのか、全く分からない。
 二人はそれから、少しの会話をして別れた。弟は一人、ぽつんと体育館裏に立っていた。項垂れた様子で、どこか調子も悪そうだ。
 俺は陰から顔を出した。渾身の勇気と正当性を掲げ、口を開く。
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