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二十六
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望に恋人が出来たのは、それからおよそ一年後、二年生の冬の頃だった。
「良かったな」
何も考えられなくても、口は勝手に言葉を紡ぎ出した。ちゃんと上手く言えたかは分からなかったが、望は幸せそうに笑っていた。
喜怒哀楽。様々な感情が胸にせり上がってきたが、学は上手く表情を作ることが出来なかった。トイレで鏡を見てみれば、感情のないロボットのようだった。
最後、彼の背中を押したのは紛れもなく学だ。皮肉なことに、キューピッド役を買って出てしまった。
馬鹿な奴。望が幸せで良かったじゃないか。お前じゃ幸せに出来ないんだから。何やってんだ。なんで、俺じゃ駄目なんだ。
氷のように冷たい水に、手をさらす。冷たくて、痛い。
悲しい。
そう思ったが、目はすっかり乾ききったままだった。
笑っているのに辛くて、悲しいのに泣けない。人に囲まれているのに、一人ぼっち。
身体と心がまるでちぐはぐで、自分と言う人間がひどく遠くへ行ってしまった気分だった。一人で歩いてきた道には、振り返っても誰もいないのかもしれないと思うとぞっとした。日常はどんどん流れていくのに、学だけが取り残されている。
誰か、助けて。
ぎゅっと目を瞑った時、脳に浮かんできたのは、すでに懐かしさを覚える陸の顔だった。
高校三年生の卒業式を控えたその時期に、学は久しぶりに陸のことを考えた。
あれ以来、陸とは連絡をとっていない。だから、どうなったかは知らない。ただ、風邪の噂でどこかの大学に合格したと聞いた。その時は心底ほっとしたのを覚えていた。気にしないと決めたはずなのに、どうしても忘れられなかった。
学は、久しぶりにあのファミレスへ足を運んだ。
久しぶりに降りた改札口。久しぶりに歩いた階段。一年ほどしか経っていないのに、雰囲気が少し変わっている。どこか工事でもしたのか、あるいはポスターの柄が違うのか。何度も歩いたはずなのに、学は良く覚えていなかった。
ファミレスに入ったまでは良いものの、何も飲み食いしたくはなかった。それでも適当にメニューを指差して注文すれば、甘ったるいパフェがやって来た。
「ごゆっくりどうぞー」
愛想を振りまく店員に会釈をし、長いスプーンを取る。食べたくないと言い張る腹を叱咤激励し、学はひたすらそれを口へと押し込み流し込む。苦行のようだった。
今更こんなところに来て、いったい何をしようというのか。心の中では思っても、体は正直だ。陸に会いたいと、心の奥の方で誰かが叫ぶ。
慰めてほしいのか。お前には俺がいるとでも言ってほしいのか。
一年も経って、約束も反故にして今更どの口が言うのだろう。馬鹿みたいだった。
パフェはきっと美味しいはずなのに、味覚が麻痺しているように何も味はしない。
来てほしい。来てほしくない。来るわけがない。来なかったらどうしよう。
ぐるぐると考えは巡る。パフェはどんどん溶けていく。
一口、スプーンで掬った時、上の方から懐かしい声がした。
「おい」
学を金縛りにさせる、熱い瞳があった。学は、反射的に答える。
「ごめんなさい」
「お前が謝るなよ」
スプーンを落とすと、陸は困ったように笑った。優しい目をして、心から愛しいという顔をして。
「良かったな」
何も考えられなくても、口は勝手に言葉を紡ぎ出した。ちゃんと上手く言えたかは分からなかったが、望は幸せそうに笑っていた。
喜怒哀楽。様々な感情が胸にせり上がってきたが、学は上手く表情を作ることが出来なかった。トイレで鏡を見てみれば、感情のないロボットのようだった。
最後、彼の背中を押したのは紛れもなく学だ。皮肉なことに、キューピッド役を買って出てしまった。
馬鹿な奴。望が幸せで良かったじゃないか。お前じゃ幸せに出来ないんだから。何やってんだ。なんで、俺じゃ駄目なんだ。
氷のように冷たい水に、手をさらす。冷たくて、痛い。
悲しい。
そう思ったが、目はすっかり乾ききったままだった。
笑っているのに辛くて、悲しいのに泣けない。人に囲まれているのに、一人ぼっち。
身体と心がまるでちぐはぐで、自分と言う人間がひどく遠くへ行ってしまった気分だった。一人で歩いてきた道には、振り返っても誰もいないのかもしれないと思うとぞっとした。日常はどんどん流れていくのに、学だけが取り残されている。
誰か、助けて。
ぎゅっと目を瞑った時、脳に浮かんできたのは、すでに懐かしさを覚える陸の顔だった。
高校三年生の卒業式を控えたその時期に、学は久しぶりに陸のことを考えた。
あれ以来、陸とは連絡をとっていない。だから、どうなったかは知らない。ただ、風邪の噂でどこかの大学に合格したと聞いた。その時は心底ほっとしたのを覚えていた。気にしないと決めたはずなのに、どうしても忘れられなかった。
学は、久しぶりにあのファミレスへ足を運んだ。
久しぶりに降りた改札口。久しぶりに歩いた階段。一年ほどしか経っていないのに、雰囲気が少し変わっている。どこか工事でもしたのか、あるいはポスターの柄が違うのか。何度も歩いたはずなのに、学は良く覚えていなかった。
ファミレスに入ったまでは良いものの、何も飲み食いしたくはなかった。それでも適当にメニューを指差して注文すれば、甘ったるいパフェがやって来た。
「ごゆっくりどうぞー」
愛想を振りまく店員に会釈をし、長いスプーンを取る。食べたくないと言い張る腹を叱咤激励し、学はひたすらそれを口へと押し込み流し込む。苦行のようだった。
今更こんなところに来て、いったい何をしようというのか。心の中では思っても、体は正直だ。陸に会いたいと、心の奥の方で誰かが叫ぶ。
慰めてほしいのか。お前には俺がいるとでも言ってほしいのか。
一年も経って、約束も反故にして今更どの口が言うのだろう。馬鹿みたいだった。
パフェはきっと美味しいはずなのに、味覚が麻痺しているように何も味はしない。
来てほしい。来てほしくない。来るわけがない。来なかったらどうしよう。
ぐるぐると考えは巡る。パフェはどんどん溶けていく。
一口、スプーンで掬った時、上の方から懐かしい声がした。
「おい」
学を金縛りにさせる、熱い瞳があった。学は、反射的に答える。
「ごめんなさい」
「お前が謝るなよ」
スプーンを落とすと、陸は困ったように笑った。優しい目をして、心から愛しいという顔をして。
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