雲上のスローライフ 〜地球で疲れたら異世界で色々司る事になりました〜

猫狐

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第1章 雲上へ

雲上の神 ビナス

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私はビナス。地の偏りと豊穣を司る者として生を受けたこの世界の神。
だというのに、神は無力でした。

人々の祈りと恵みがなければただ傍観することしかできず、恵みがあっても管理者様がいないと行動が出来ない始末。そして遂には下界が荒れ果てていてもただ涙を流すことしかできない。
私が人が持ちえない力を持っているのは知っています。ですが、人は人の生を歩み、己で成し遂げたことでさえ神のお陰にしてくれる。
ならば、その人間が泣き叫ぶ今。助けるのが私の役目。

降り立ったのは枯れ果てた大地でした。きっとこの一帯がこのような荒れ地になっているのでしょう。
食物となっていたはずであろう植物は今にも生命力を失おうとしている。その植物の地面……根っこに向けて手を翳し、恵みを分け与えると植物が少しではあるが生命力を取り戻しました。

「おお、おお……!植物が……!」
「!!」

近くの農民でしょう。若い男がこちらを感動したように見ています。

「もしかしてビナス様……ビナス様じゃねえですか!?」
「……いかにも。私がビナスです」

目と口をぎゅっと閉じながら答える。怒られても仕方がない。だって、何もできなかった。
けれどその男性は言った。

「ありがとうごぜえます!!ありがとう、ごぜえます……!いつも貴女の力は穀物や野菜を強く育ててくれました!」

その言葉にフルフルと私は首を横に振る。

「……いいえ。私がしたのはあくまで土台を整えるだけ。強く、美味しく育てたのは私ではありません。あなた方人間です」

そうだ。私がしたのはたったそれだけで。それ以上のことはできない。だというのに、その男性は言ってくれた。

「そんなことはねえです!貴女様が土台を整えてくれたから、あっしらはどうやったら美味しく育つか考えました!どうやったら、上手く育つかを考えることができました!それはビナス様、豊穣を司る貴女様が『いつも見守ってくれている』と信じていたからです!きっとあっしらが決定的な間違いを犯せば正してくれる、そういった安心感が人間を強くしました!」

「……!!そう、なのですか。それは、豊穣を司る神冥利に尽きますね」

そうか、そうだったのか。
人間は自力で育てた。けれど私の管理者様の存在のように、間違えたら絶対に訂正してくれるであろうという安心感があったから、ここまで良い物が育ったのだ。
その上で、その男性が土下座をした。

「その上で、無理を承知でおねげえします!この大地を……植物を、あっしらの明日の食べ物を、救って下せえ!」

その声は子供の号哭のようで、これ以上ない嘆きだった。
もう人間だけではどうにもならなくなってしまった。だから何でもいいから助けてほしい。人知を超え、見守る神が目の前にいるならなおさら縋りたくなるだろう。

(……そう。私は、人間を救う)

ゆっくりと屈んで、地面に顔を擦り付ける男性の頭をそっと撫でるとはっきりと答える。

「……ええ。私は管理者様より指示を受けました。しかしそれを抜きにしても思ったのです。
あなた達は、私たち神々が来るまでよくこの下界を持ちこたえさせてくれました。ならば、人の手の届かない領域は神が司るとしましょう……!」

そういうと男性が顔を上げる。私は決意の顔で地面に手を当てる。
すると、大地に大きな……いや、どこまで広がっているのかすら、視覚では判断できないような魔法陣が浮かぶ。

「……豊穣の神、ビナスが命じます。この枯れ果てた地に、大いなる恵みがあらんこと……!」

そういうと巨大な魔法陣は光を発する。そして、私が手を当てている場所から徐々に変化が現れた。
枯れかけた植物が、少しピンとなる。穀物が、嬉しそうに揺れる。茶色だった草が、少しずつ緑色に戻っていく。
その変化は魔法陣全土に現れる。しかしそれだけの時間手をついているわけにはいかない。ここは魔法に任せて次の場所に行かなければ。

そう思って手を離すと、村の衆が駆け寄ってくるのが見えた。

「く、草だ!緑色の、草だぁ!」
「おお、ビナス様……!豊穣の神、貴女様が救ってくださったのですね……!」

そういってまた土下座を皆がする。それに対して私は優しく返す。

「……ごめんなさい。今まで、これを見ることしかできなくて。
ですが、今はもう違います。新たな命が芽吹く大地になりました。今にルナが水を届け、サンが日光で照らし、クリウスがその風で種を運ぶでしょう。……ありがとう、愛しき人々。ここまで持ちこたえてくれて」

そういうと、うぅ、うぅと嗚咽が聞こえてきた。しかしそれは見ていた時のような悲嘆にくれた嗚咽ではない。

「明日だ……俺たちの世界は、明日も続いていくんだ……!」

喜びの悲鳴。渇望した助け。それを得た嬉し泣きだった。

「……ええ。この下界は、世界は終わらせません。トロイメライはまだまだ続くのです」

そう言って私は上空にふわり、と浮く。

次の場所へ、行かなくてはならない。
この世界の明日を、未来を繋ぐために。
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