6 / 6
第1章 雲上へ
雲上の神 ビナス
しおりを挟む
私はビナス。地の偏りと豊穣を司る者として生を受けたこの世界の神。
だというのに、神は無力でした。
人々の祈りと恵みがなければただ傍観することしかできず、恵みがあっても管理者様がいないと行動が出来ない始末。そして遂には下界が荒れ果てていてもただ涙を流すことしかできない。
私が人が持ちえない力を持っているのは知っています。ですが、人は人の生を歩み、己で成し遂げたことでさえ神のお陰にしてくれる。
ならば、その人間が泣き叫ぶ今。助けるのが私の役目。
降り立ったのは枯れ果てた大地でした。きっとこの一帯がこのような荒れ地になっているのでしょう。
食物となっていたはずであろう植物は今にも生命力を失おうとしている。その植物の地面……根っこに向けて手を翳し、恵みを分け与えると植物が少しではあるが生命力を取り戻しました。
「おお、おお……!植物が……!」
「!!」
近くの農民でしょう。若い男がこちらを感動したように見ています。
「もしかしてビナス様……ビナス様じゃねえですか!?」
「……いかにも。私がビナスです」
目と口をぎゅっと閉じながら答える。怒られても仕方がない。だって、何もできなかった。
けれどその男性は言った。
「ありがとうごぜえます!!ありがとう、ごぜえます……!いつも貴女の力は穀物や野菜を強く育ててくれました!」
その言葉にフルフルと私は首を横に振る。
「……いいえ。私がしたのはあくまで土台を整えるだけ。強く、美味しく育てたのは私ではありません。あなた方人間です」
そうだ。私がしたのはたったそれだけで。それ以上のことはできない。だというのに、その男性は言ってくれた。
「そんなことはねえです!貴女様が土台を整えてくれたから、あっしらはどうやったら美味しく育つか考えました!どうやったら、上手く育つかを考えることができました!それはビナス様、豊穣を司る貴女様が『いつも見守ってくれている』と信じていたからです!きっとあっしらが決定的な間違いを犯せば正してくれる、そういった安心感が人間を強くしました!」
「……!!そう、なのですか。それは、豊穣を司る神冥利に尽きますね」
そうか、そうだったのか。
人間は自力で育てた。けれど私の管理者様の存在のように、間違えたら絶対に訂正してくれるであろうという安心感があったから、ここまで良い物が育ったのだ。
その上で、その男性が土下座をした。
「その上で、無理を承知でおねげえします!この大地を……植物を、あっしらの明日の食べ物を、救って下せえ!」
その声は子供の号哭のようで、これ以上ない嘆きだった。
もう人間だけではどうにもならなくなってしまった。だから何でもいいから助けてほしい。人知を超え、見守る神が目の前にいるならなおさら縋りたくなるだろう。
(……そう。私は、人間を救う)
ゆっくりと屈んで、地面に顔を擦り付ける男性の頭をそっと撫でるとはっきりと答える。
「……ええ。私は管理者様より指示を受けました。しかしそれを抜きにしても思ったのです。
あなた達は、私たち神々が来るまでよくこの下界を持ちこたえさせてくれました。ならば、人の手の届かない領域は神が司るとしましょう……!」
そういうと男性が顔を上げる。私は決意の顔で地面に手を当てる。
すると、大地に大きな……いや、どこまで広がっているのかすら、視覚では判断できないような魔法陣が浮かぶ。
「……豊穣の神、ビナスが命じます。この枯れ果てた地に、大いなる恵みがあらんこと……!」
そういうと巨大な魔法陣は光を発する。そして、私が手を当てている場所から徐々に変化が現れた。
枯れかけた植物が、少しピンとなる。穀物が、嬉しそうに揺れる。茶色だった草が、少しずつ緑色に戻っていく。
その変化は魔法陣全土に現れる。しかしそれだけの時間手をついているわけにはいかない。ここは魔法に任せて次の場所に行かなければ。
そう思って手を離すと、村の衆が駆け寄ってくるのが見えた。
「く、草だ!緑色の、草だぁ!」
「おお、ビナス様……!豊穣の神、貴女様が救ってくださったのですね……!」
そういってまた土下座を皆がする。それに対して私は優しく返す。
「……ごめんなさい。今まで、これを見ることしかできなくて。
ですが、今はもう違います。新たな命が芽吹く大地になりました。今にルナが水を届け、サンが日光で照らし、クリウスがその風で種を運ぶでしょう。……ありがとう、愛しき人々。ここまで持ちこたえてくれて」
そういうと、うぅ、うぅと嗚咽が聞こえてきた。しかしそれは見ていた時のような悲嘆にくれた嗚咽ではない。
「明日だ……俺たちの世界は、明日も続いていくんだ……!」
喜びの悲鳴。渇望した助け。それを得た嬉し泣きだった。
「……ええ。この下界は、世界は終わらせません。トロイメライはまだまだ続くのです」
そう言って私は上空にふわり、と浮く。
次の場所へ、行かなくてはならない。
この世界の明日を、未来を繋ぐために。
だというのに、神は無力でした。
人々の祈りと恵みがなければただ傍観することしかできず、恵みがあっても管理者様がいないと行動が出来ない始末。そして遂には下界が荒れ果てていてもただ涙を流すことしかできない。
私が人が持ちえない力を持っているのは知っています。ですが、人は人の生を歩み、己で成し遂げたことでさえ神のお陰にしてくれる。
ならば、その人間が泣き叫ぶ今。助けるのが私の役目。
降り立ったのは枯れ果てた大地でした。きっとこの一帯がこのような荒れ地になっているのでしょう。
食物となっていたはずであろう植物は今にも生命力を失おうとしている。その植物の地面……根っこに向けて手を翳し、恵みを分け与えると植物が少しではあるが生命力を取り戻しました。
「おお、おお……!植物が……!」
「!!」
近くの農民でしょう。若い男がこちらを感動したように見ています。
「もしかしてビナス様……ビナス様じゃねえですか!?」
「……いかにも。私がビナスです」
目と口をぎゅっと閉じながら答える。怒られても仕方がない。だって、何もできなかった。
けれどその男性は言った。
「ありがとうごぜえます!!ありがとう、ごぜえます……!いつも貴女の力は穀物や野菜を強く育ててくれました!」
その言葉にフルフルと私は首を横に振る。
「……いいえ。私がしたのはあくまで土台を整えるだけ。強く、美味しく育てたのは私ではありません。あなた方人間です」
そうだ。私がしたのはたったそれだけで。それ以上のことはできない。だというのに、その男性は言ってくれた。
「そんなことはねえです!貴女様が土台を整えてくれたから、あっしらはどうやったら美味しく育つか考えました!どうやったら、上手く育つかを考えることができました!それはビナス様、豊穣を司る貴女様が『いつも見守ってくれている』と信じていたからです!きっとあっしらが決定的な間違いを犯せば正してくれる、そういった安心感が人間を強くしました!」
「……!!そう、なのですか。それは、豊穣を司る神冥利に尽きますね」
そうか、そうだったのか。
人間は自力で育てた。けれど私の管理者様の存在のように、間違えたら絶対に訂正してくれるであろうという安心感があったから、ここまで良い物が育ったのだ。
その上で、その男性が土下座をした。
「その上で、無理を承知でおねげえします!この大地を……植物を、あっしらの明日の食べ物を、救って下せえ!」
その声は子供の号哭のようで、これ以上ない嘆きだった。
もう人間だけではどうにもならなくなってしまった。だから何でもいいから助けてほしい。人知を超え、見守る神が目の前にいるならなおさら縋りたくなるだろう。
(……そう。私は、人間を救う)
ゆっくりと屈んで、地面に顔を擦り付ける男性の頭をそっと撫でるとはっきりと答える。
「……ええ。私は管理者様より指示を受けました。しかしそれを抜きにしても思ったのです。
あなた達は、私たち神々が来るまでよくこの下界を持ちこたえさせてくれました。ならば、人の手の届かない領域は神が司るとしましょう……!」
そういうと男性が顔を上げる。私は決意の顔で地面に手を当てる。
すると、大地に大きな……いや、どこまで広がっているのかすら、視覚では判断できないような魔法陣が浮かぶ。
「……豊穣の神、ビナスが命じます。この枯れ果てた地に、大いなる恵みがあらんこと……!」
そういうと巨大な魔法陣は光を発する。そして、私が手を当てている場所から徐々に変化が現れた。
枯れかけた植物が、少しピンとなる。穀物が、嬉しそうに揺れる。茶色だった草が、少しずつ緑色に戻っていく。
その変化は魔法陣全土に現れる。しかしそれだけの時間手をついているわけにはいかない。ここは魔法に任せて次の場所に行かなければ。
そう思って手を離すと、村の衆が駆け寄ってくるのが見えた。
「く、草だ!緑色の、草だぁ!」
「おお、ビナス様……!豊穣の神、貴女様が救ってくださったのですね……!」
そういってまた土下座を皆がする。それに対して私は優しく返す。
「……ごめんなさい。今まで、これを見ることしかできなくて。
ですが、今はもう違います。新たな命が芽吹く大地になりました。今にルナが水を届け、サンが日光で照らし、クリウスがその風で種を運ぶでしょう。……ありがとう、愛しき人々。ここまで持ちこたえてくれて」
そういうと、うぅ、うぅと嗚咽が聞こえてきた。しかしそれは見ていた時のような悲嘆にくれた嗚咽ではない。
「明日だ……俺たちの世界は、明日も続いていくんだ……!」
喜びの悲鳴。渇望した助け。それを得た嬉し泣きだった。
「……ええ。この下界は、世界は終わらせません。トロイメライはまだまだ続くのです」
そう言って私は上空にふわり、と浮く。
次の場所へ、行かなくてはならない。
この世界の明日を、未来を繋ぐために。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜
☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。
しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。
「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。
書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。
だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。
高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。
本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。
その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる