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第1章 雲上へ
雲上の神 ルナ
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私は、ルナ。そうやってこの世界に産み落とされた時から何も変わらない。
水と月光を司る、雲上の一柱。この世界……トロイメライは平和だった。
下界の皆が暮らし、私たちに感謝として恵みを与え、それを私たちが地上が公平になるようにソフィア様が司る。それがずっと続くと思っていた。
だから、こんな悲惨な光景は目にしたことが無かった。
枯れ果てた大地、乾ききった湖、汚染されきった空気。地上の人間が何をしたわけでもない。ただ、私たちが動けなかったせいでこうなったのだ。
皆が新しい管理者を呼ぶ、と決めた時に異世界に行くことにしたのはそれが理由かもしれない。勿論、皆が行け、といったのもある。他の雲上の皆では口下手や幼かったりして取り合ってもらえないかもしれないかも、と。
けれど私が一番願ったのは、ソフィア様が愛した世界をこんな風に終わらせたくなかったからだ。だからすぐに飛んだ。
異世界で適任者を探すのは困難だった。ショージさんにはああ言ったが、管理者の資格は別のところにあった。
『この絶望的な状況を味わった事がある』
『人ではなく雲上の神として上に招けるだけの苦痛を受け入れられる』
それが条件だった。これはいつか、ショージさんにも話さなければいけない。雲上の神となったということは、ソフィア様のような事例を除いて私たちと同じように上から見守る管理者になるのだと。永遠の寿命を持ち、生まれ、育ち、死にゆく地上の人々を見守る使命があるのだと。
「水……水がねえよぉ……」
そう思いながら下界に降りると、泣きながら川だった溝に縋りつく男の子を見つけた。
見ると、その家族であろう人が泣いている。手に、恵みの雨を待つように桶を持ちながら。
「水よ。出でよ」
私がそう言って手のひらを掲げると、桶がすぐに水で埋まる。それにびっくりしながらも落とさないようにした男性は褒められるべきだろう。
「み、水だ!!桶の中に……水が!!」
そういうと泣いていた男の子が振り向いて走り出す。その水をすぐにごくごくと飲み始めると、一言呟いた。
「……うめえ、うめえよ……」
そうだ。私はこの人達を護るためにあの恵みをいただいたのだ。
「お姉さん……いえ、雲上の水の神様、ルナ様……!!ありがとうございます!!」
母親は私が誰かを理解していたようだ。皆がひれ伏す中、時間がない中淡々と告げる。
「その通り、私がルナ。水を司る雲上の一柱。時間がありません。この一帯の人に伝えてください。『まもなく水は満ち、大地は復活し、良き風が吹きすさぶ』、と」
「は、はい!!」
そういうと水を飲んで急いで集落の方に走り出していった。
それを確認すると、私は近くにある湖へと向かう。湖までは距離があるが、この世界では私たちは自由に飛行することができる。その速さをもって、ショージさんの指示と私の願いを込めて湖へと向かう。
到着すると、一滴も水のない湖の跡地になっている。そんなことは知っている。知っていて、今まで何もできなかったのだから。
しかし今ならばできる。私は両手を開いて揃えると、言葉を紡ぐ。
「雲上より恵みを持って、水の神ルナが伝える。水よ。この枯れた地に激流の如く満ちよ!」
そういうと私から光が出て、両手から文様が浮かび上がる。恵みによる光と、祝詞による水の紋章だ。
次の瞬間、その言葉通り湖に文様から激しく水が湧きだし、湖を瞬く間に満たしていく。
その早さは、中くらいの湖でも数分で埋めてしまうほど。しかし土壌が良くないため、水の味や性質もあまりよくない。
そのあたりはビナスがなんとかしてくれるだろうと思いながら、湖を埋めた。これで川にも水が流れ始めただろう。
「おお、水だ……!この地に水が戻ってきた……!」
後ろを見ると、集落の人であろう人々が私を拝んでいた。
「ルナ様……!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
次々に伝えられる礼に、私は首を振って謝る。
「……ごめんなさい。この状況を知りながらも、何も私たちはできなかった。ただ見ていることしかできなかった。
このせいで失われた命も少なくないでしょう。……本当に、ごめんなさい」
その言葉に対して長老らしきお爺さんが前に出て膝をつく。
「ルナ様。この儂は知っております。……私がソフィアを人間に落としたがために、このようなことになってしまったこと。それでも、この地の人も、あなた方雲上の神様も、咎めなかった。処刑しようとしなかった。
ただ、生きたかった。……どうか、新しい管理者様によろしくお願いします」
「……!そう、でした。貴方はソフィア様の旦那様となった……」
だから私はこの地に最初に降りたのだろう。ソフィア様が、一番愛した男性を護り抜かんがために。
そう思っていると、皆からの感謝と祈りが恵みとなって雲上に昇るのを確認した。次の場所へと行かなくては。
「しばらくすればビナス、サン、クリウスも現れることでしょう。それまでどうか……生き延びて。これは命令ではなく、ルナからのお願いです」
そう、ソフィア様もよく言っていた。
「この言葉は管理者ソフィアじゃなくて、ただのソフィアとして聞いてほしいの」
だから、人間に頼み事をするときは私は同じ目線に立つ。それが、少しでも贖罪になるように。
飛ぶと、後ろから最初に助けた少年の声が聞こえた。
「ありがとう!お姉ちゃん!ありがとうー!!」
水と月光を司る、雲上の一柱。この世界……トロイメライは平和だった。
下界の皆が暮らし、私たちに感謝として恵みを与え、それを私たちが地上が公平になるようにソフィア様が司る。それがずっと続くと思っていた。
だから、こんな悲惨な光景は目にしたことが無かった。
枯れ果てた大地、乾ききった湖、汚染されきった空気。地上の人間が何をしたわけでもない。ただ、私たちが動けなかったせいでこうなったのだ。
皆が新しい管理者を呼ぶ、と決めた時に異世界に行くことにしたのはそれが理由かもしれない。勿論、皆が行け、といったのもある。他の雲上の皆では口下手や幼かったりして取り合ってもらえないかもしれないかも、と。
けれど私が一番願ったのは、ソフィア様が愛した世界をこんな風に終わらせたくなかったからだ。だからすぐに飛んだ。
異世界で適任者を探すのは困難だった。ショージさんにはああ言ったが、管理者の資格は別のところにあった。
『この絶望的な状況を味わった事がある』
『人ではなく雲上の神として上に招けるだけの苦痛を受け入れられる』
それが条件だった。これはいつか、ショージさんにも話さなければいけない。雲上の神となったということは、ソフィア様のような事例を除いて私たちと同じように上から見守る管理者になるのだと。永遠の寿命を持ち、生まれ、育ち、死にゆく地上の人々を見守る使命があるのだと。
「水……水がねえよぉ……」
そう思いながら下界に降りると、泣きながら川だった溝に縋りつく男の子を見つけた。
見ると、その家族であろう人が泣いている。手に、恵みの雨を待つように桶を持ちながら。
「水よ。出でよ」
私がそう言って手のひらを掲げると、桶がすぐに水で埋まる。それにびっくりしながらも落とさないようにした男性は褒められるべきだろう。
「み、水だ!!桶の中に……水が!!」
そういうと泣いていた男の子が振り向いて走り出す。その水をすぐにごくごくと飲み始めると、一言呟いた。
「……うめえ、うめえよ……」
そうだ。私はこの人達を護るためにあの恵みをいただいたのだ。
「お姉さん……いえ、雲上の水の神様、ルナ様……!!ありがとうございます!!」
母親は私が誰かを理解していたようだ。皆がひれ伏す中、時間がない中淡々と告げる。
「その通り、私がルナ。水を司る雲上の一柱。時間がありません。この一帯の人に伝えてください。『まもなく水は満ち、大地は復活し、良き風が吹きすさぶ』、と」
「は、はい!!」
そういうと水を飲んで急いで集落の方に走り出していった。
それを確認すると、私は近くにある湖へと向かう。湖までは距離があるが、この世界では私たちは自由に飛行することができる。その速さをもって、ショージさんの指示と私の願いを込めて湖へと向かう。
到着すると、一滴も水のない湖の跡地になっている。そんなことは知っている。知っていて、今まで何もできなかったのだから。
しかし今ならばできる。私は両手を開いて揃えると、言葉を紡ぐ。
「雲上より恵みを持って、水の神ルナが伝える。水よ。この枯れた地に激流の如く満ちよ!」
そういうと私から光が出て、両手から文様が浮かび上がる。恵みによる光と、祝詞による水の紋章だ。
次の瞬間、その言葉通り湖に文様から激しく水が湧きだし、湖を瞬く間に満たしていく。
その早さは、中くらいの湖でも数分で埋めてしまうほど。しかし土壌が良くないため、水の味や性質もあまりよくない。
そのあたりはビナスがなんとかしてくれるだろうと思いながら、湖を埋めた。これで川にも水が流れ始めただろう。
「おお、水だ……!この地に水が戻ってきた……!」
後ろを見ると、集落の人であろう人々が私を拝んでいた。
「ルナ様……!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
次々に伝えられる礼に、私は首を振って謝る。
「……ごめんなさい。この状況を知りながらも、何も私たちはできなかった。ただ見ていることしかできなかった。
このせいで失われた命も少なくないでしょう。……本当に、ごめんなさい」
その言葉に対して長老らしきお爺さんが前に出て膝をつく。
「ルナ様。この儂は知っております。……私がソフィアを人間に落としたがために、このようなことになってしまったこと。それでも、この地の人も、あなた方雲上の神様も、咎めなかった。処刑しようとしなかった。
ただ、生きたかった。……どうか、新しい管理者様によろしくお願いします」
「……!そう、でした。貴方はソフィア様の旦那様となった……」
だから私はこの地に最初に降りたのだろう。ソフィア様が、一番愛した男性を護り抜かんがために。
そう思っていると、皆からの感謝と祈りが恵みとなって雲上に昇るのを確認した。次の場所へと行かなくては。
「しばらくすればビナス、サン、クリウスも現れることでしょう。それまでどうか……生き延びて。これは命令ではなく、ルナからのお願いです」
そう、ソフィア様もよく言っていた。
「この言葉は管理者ソフィアじゃなくて、ただのソフィアとして聞いてほしいの」
だから、人間に頼み事をするときは私は同じ目線に立つ。それが、少しでも贖罪になるように。
飛ぶと、後ろから最初に助けた少年の声が聞こえた。
「ありがとう!お姉ちゃん!ありがとうー!!」
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