【完結】政略結婚は敵国の皇帝と

政略結婚

静かな朝の光は聖堂のステンドグラスを通して優しく差し込んでいた。
彩り豊かなガラスは太陽によって煌めき、大理石の床に美しい光の模様を描きながら反射している。
高くそびえる天井はアーチ状になって柔らかい雰囲気を醸し出す一方で、重厚な梁は聖堂の歴史の深さを感じさせる。

祭壇には純白の百合がふんだんに飾られ、甘く芳醇な香りが辺り一面に漂っている。
祭壇の中央には聖職者が立っており、その後ろから響き渡る聖歌隊の歌声は可憐で愛らしい。

そして花嫁を待つ花婿はこの国の皇帝。

一見すれば、誰もが羨む華やかな結婚式だろう。
しかしながら、残念ながら実情は全く異なる。

聖堂の入り口から現れた花嫁――エレオノール・アルトリートは嘲笑と軽蔑を含んだ参列者たちの無数の視線に囲まれながら祭壇へと向かう。
一歩一歩進むごとに高い位置でポニーテールに結われたしなやかで艶のある黒髪が揺れる。
彼の凛々しい表情からはその誇り高い精神が如実に現れていた。

「まさか本当に嫁に来るとはな…」

そう言って、祭壇の前に到着したエレオノールを迎えた花婿――ライノール帝国皇帝ヴィンセント・ラックフィールドはターコイズブルーの瞳でエレオノールを真っ直ぐに見据えていた。
彼の銀髪は柔らかく波打ち、光を受けると真珠のように輝いていた。
ヴィンセントの美貌とカリスマ性は他国にまで轟くほどだ。
しかし、自身の花嫁に向ける双眸は恐ろしいまでに冷酷だった。

ヴィンセントとエレオノールの婚姻は政略結婚であった。

ライノール帝国とエレオノールの父が治めるカラーラン王国は国境付近の金鉱の利権を巡って長年対立し、戦争を続けてきた。
だが、膠着状態によって両国が疲弊する中で、前皇帝の退位とヴィンセントの即位をきっかけとして、1年ほど前に停戦協定を結ばれた。
その和平の証に第7王子――男であるエレオノールが『妃』としてライノール帝国に送られたのだ。
実際のところ、いわゆる人質だ。

「これがお前の選んだ平和なのか？」

皇帝の姿に相応しい威厳と気迫に満ちたヴィンセントの低い声は凄みが利いており、エレオノールへの威圧の色が滲み出ている。
凡人ならば震え上がり、声も出せないだろう。

だが、エレオノールは決して怯むことなく、ヴィンセントを睨み返す。

「あぁ、そうだ。俺はカラーラン王国の平和と安全を守るためにここへ来た」
「物もいいようだな？命乞いの代償に自らを差し出す愚かな犬の間違いでは？」
「何だと…！」
「ならば、その身体で何ができるんだ？後宮で俺と寝る以外に」
「…必要とあらば剣も取る。お前も知っている通り、妃など名ばかりだ。それに俺はお前に従属しない」