【完結】政略結婚は敵国の皇帝と

誤解

「俺は誤解していたようだ…」
「誤解…。俺は嫌がる女を無理やり嫁がせようとするクズだと思われていたってことか」

エレオノールは俯いたまま頷く。

「俺はエリスの身代わりにここへ来た。母国の民が安心して暮らせるならと…。だが、自分でも気付いていなかったが、やはり寂しかったのだろうな。藤を見ていると、母や姉、故郷を思い出せて安心するんだ」
「身代わり…。そうか、俺も誤解していたようだ」
「えっ？」
「お前は祖国を捨てて、この国の皇后として権力を得ようとする計算高い奴だと思い込んでいたよ」
「はぁっ⁉︎何だそれは⁉︎」
「ガリレアが『第7王子は男のくせに妃になるのに乗り気だ。あの国から寝返るつもりだろう』と言っていてな。実際お前からの書簡には自分を妃にするメリットばかり書かれていて、祖国を簡単に裏切ろうとしているんだと思っていた。平和のためとはいえ、そんな最低野郎を嫁に取らされて、腹が立ったよ」
「そ、それはライノール帝国側がエリスにこだわっていたから仕方なくで…。…あぁ、だから結婚式の時に『命乞いの代償に自らを差し出す愚かな犬』と…」

お互いの誤解が解けたヴィンセントとエレオノールの間には鋭かった棘が少しずつ丸くなっていくような穏やかな空気が流れる。

「はぁ…、もう変な誤解はするなよ？」

エレオノールはぶっきらぼうにそう言うと、その場から立ち去ろうとする。
しかし、ヴィンセントはエレオノールに手を伸ばし、自分の胸に抱き込んだ。

「何するんだ⁉︎」
「お前は俺の妃だからな。これ以上ホームシックで寂しくならないようにしているんだ」
「お前に慰められる義理はない！」
「義理なら充分あるだろ。…今は俺がお前の家族になったんだから」

エレオノールはヴィンセントの一瞬の隙をつくと、彼の腕から抜け出して、頬を平手打ちした。

「調子に乗るな。幾分か誤解が解けたとはいえ、お前は俺にとって少し前まで敵だった男だ。それに初夜の屈辱を忘れてはいないぞ。…まだ、心を許したわけではない」

エレオノールは振り返ることなく、今後こそ自分の部屋に戻っていった。

「…まだ、ね」

ヴィンセントはヒリヒリと痛む頬をさすりながら、抱擁した時のエレオノールの照れた表情を思い返して、彼の後ろ姿に向かって微笑むのだった。

しかしながらその頃、宮廷の一角では陰謀の火が灯り始めていた。

「…男の妃など前代未聞だ。これはライノール帝国への冒涜だ。あのような異端者を皇帝陛下が寵愛すれば、この国は腐る」

そう呟いたのはライノール帝国五大貴族の1人、アレックス・リングマーク。
その言葉に彼の派閥の貴族たちは同意する。
エレオノールの存在は本人の預かり知らぬところで徐々に波紋を広げていた。