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砂浜にあぐらをかいて、投網のほつれを縫い直しながら、ふと思ったのです。
やはり、どうあっても、魚は、人に食われる為に生きているのでは無いと。
そうしてみると、慣れ親しんだ磯の香りが急に鼻につくようで。生臭く腐った魚類の血と肉と死が、靄となって私を包んでしまうようで。どうにもたまらなくなってしまいました。それで、網の脇に昼飯の豚汁を吐いてしまったのでした。突っ伏して豚やニンジンのかけらを呆然と眺めながら、船酔いのような眩暈を感じました。この異変が、疲れのせいなのか、徹夜麻雀明けの寝不足から来るものなのか、それとも別の何かなのか、この時の私にはわかりませんでした。
ただただ、海を離れたい。一刻も早く清浄な空気を吸いたい。そう願ったのでした。しかし、酸味のする唾液を吐きながら、そのような場所はこの島に無いと気づき、はたと絶望したのでした。島を出よう。そう思ったのです。
生活のことがよぎらなかったわけではありません。家には腰の立たない父母がおり、兄弟などありませんから、私が出奔してしまえば、3日と待たず両親は飢えるでしょう。家計が立ち行かなくなりますから。また、一度逃げ出して仕舞えば、漁協からもはじかれ、戻ったとしても二度と今までのような生活は送れないでしょう。なにぶん狭く古い島ですから、私が狂ったとなれば、ひどく肩身の狭いものになるでしょう。
3軒隣に住んでいた同級生は、漁協理事の末の娘に惑わされ、本土に駆け落ちしましたが、都会の男に娘を寝取られ、結局一人帰ってきました。戻りはすれども乗る船など既になく、一年ほど外にも出ずに鬱鬱としておりましたが、ある日、山手の神社の裏で首を吊ってしまいました。こういった閉鎖的な空気感というものはなかなか、本土の方には伝わりにくいのでしょうが、要約すれば、一度でも踏み外せば戻り得ないということなのです。
そんなことは重々承知しておりました。それでも、この日の私は耐え忍ぶことができなかったのです。ここでは生きてはいけぬ。そう思ったのでした。
それで、砂浜から家にも戻らず、そのまま船に乗って出向し、島を捨てたのです。
それは私が36歳の夏でしたから、もう8年が経ちます。以来島には戻っておりません。
やはり、どうあっても、魚は、人に食われる為に生きているのでは無いと。
そうしてみると、慣れ親しんだ磯の香りが急に鼻につくようで。生臭く腐った魚類の血と肉と死が、靄となって私を包んでしまうようで。どうにもたまらなくなってしまいました。それで、網の脇に昼飯の豚汁を吐いてしまったのでした。突っ伏して豚やニンジンのかけらを呆然と眺めながら、船酔いのような眩暈を感じました。この異変が、疲れのせいなのか、徹夜麻雀明けの寝不足から来るものなのか、それとも別の何かなのか、この時の私にはわかりませんでした。
ただただ、海を離れたい。一刻も早く清浄な空気を吸いたい。そう願ったのでした。しかし、酸味のする唾液を吐きながら、そのような場所はこの島に無いと気づき、はたと絶望したのでした。島を出よう。そう思ったのです。
生活のことがよぎらなかったわけではありません。家には腰の立たない父母がおり、兄弟などありませんから、私が出奔してしまえば、3日と待たず両親は飢えるでしょう。家計が立ち行かなくなりますから。また、一度逃げ出して仕舞えば、漁協からもはじかれ、戻ったとしても二度と今までのような生活は送れないでしょう。なにぶん狭く古い島ですから、私が狂ったとなれば、ひどく肩身の狭いものになるでしょう。
3軒隣に住んでいた同級生は、漁協理事の末の娘に惑わされ、本土に駆け落ちしましたが、都会の男に娘を寝取られ、結局一人帰ってきました。戻りはすれども乗る船など既になく、一年ほど外にも出ずに鬱鬱としておりましたが、ある日、山手の神社の裏で首を吊ってしまいました。こういった閉鎖的な空気感というものはなかなか、本土の方には伝わりにくいのでしょうが、要約すれば、一度でも踏み外せば戻り得ないということなのです。
そんなことは重々承知しておりました。それでも、この日の私は耐え忍ぶことができなかったのです。ここでは生きてはいけぬ。そう思ったのでした。
それで、砂浜から家にも戻らず、そのまま船に乗って出向し、島を捨てたのです。
それは私が36歳の夏でしたから、もう8年が経ちます。以来島には戻っておりません。
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