最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第1章 前触れのない異世界転移

第7話 職業選定人

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――冒険者ギルド――

 店員に教えられた通りに進むと大きな建物へ辿り着いた。モニカが言うには、ここは冒険者ギルドらしい。冒険者が仕事を行えるよう斡旋したり、支援したりする組織だそうだ。
 この組織はこの街を含め、ハイドランジア中の街に存在するんだとか。ただ、冒険者の登録が出来るのはこの街だけらしく、他の街のギルドでは斡旋と支援を中心にやっているらしい。駆け出し冒険者の街って言われるのもそれが由来なんだとか。

「まるであれだな。ハローワークみたいだな」
「え? はろーわーく? 何ですかそれ?」

 ついボソッと口にしてしまった独り言を聞かれたのか、モニカは怪訝そうな表情を浮かべて俺を見つめていた。
 店員に聞いたこの国の名前とこの街の名前。
 はっきり言って、あの戦場での出来事があってから何となく理解はしていたけれど、やっぱりどこか絵空事のような感覚はあった。けれど、これではっきりした。
 ……やっぱりここはファンタジーの世界だ。そりゃそうだよな。剣先から炎とか出したりするんだから。冒険者なんて言う役職があるのも納得がいく。

「セイジさん? どうしたんですか? ぼーっとして」
「いいえ。何でもないですよ。中へ入りましょう」

 あんまり混乱していると俺がこの世界の人間ではない事がバレてしまう。まあ、バレたからどうなんだって話だけど、何かがない訳でもない。不法入国者扱いされたら溜まったものじゃないしな。ここは落ち着いて行動しないと。
 俺は適当に誤魔化して、冒険者ギルドの中へと入った。ギルド内は広く、市役所のような構造をしていた。一階部分は窓口や掲示板などがあって、恐らく冒険者の仕事を案内してくれるところなのだろう。二階部分には図書館が併設されているようで冒険者や衛兵でない街の住人も自由に利用できるようになっている。

「いらっしゃいませ。今回はどのようなご用件でしょうか?」

 背の高い若い男性が優しい笑みを浮かべて声を掛けてきた。スーツに身を包み、髪型も寝ぐせ一つなくきれいにまとまっている。多分、このギルドの役員の人だろうか?

「えっと……冒険者になりたいのですが」
「冒険者への登録ですね。かしこまりました。それではこちらへご案内いたします」

 そう言ってギルドのお兄さんは俺達を窓口の傍にある石造りの扉の前へと案内した。何かの模様が彫り込まれた、どこか神聖な雰囲気を感じる石の扉だった。

 ギルドのお兄さんは扉の傍に設置してあるハンドルを重そうに回す。すると、扉は石の擦れ合うような音を鳴らしながらゆっくりと上方へ上がっていった。どうやら扉ではなくてシャッターと似た造りのものだったようだ。
 シャッターの奥は六角形の部屋があり、部屋の中心には黒く滑らかな台座の上に卵のような形の石像が設置してあった。

「それではこれより職業選定人ジョブセレクターによる職業の選定を行います。冒険者の登録をされるのは……お二人でお間違いないでしょうか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。それでは登録手数料として、四百エリルを頂きます」
「あっ、わ、わかりました」

 モニカは袋から銀貨を四枚取り出すとギルドのお兄さんへ渡した。
 なるほど、銀貨は一枚百エリルってことか。この流れからいくと、銅貨は十エリルって事になるよな。

「はい。確かに頂きました。それでは奥へどうぞ。道なりに沿って進めば職業選定人のもとへ辿り着きます。後は彼の指示に従ってください」

 ギルドのお兄さんはそう言うと、俺達が扉の奥へ行くのを確認してから扉を閉めた。
 六角形の部屋の床はガラスが設置してあり、その奥には青白い光が漂っていた。それは石造を中心にゆっくりと時計回りに渦巻いていて、台座の裂け目に流れ込んでいた。

「……あれ? 職業選定人ジョブセレクターの方はどこにいるのでしょうか?」
「そうですね。人の気配が全くないです」

 確かに、その部屋には俺やモニカ以外に誰かがいるような気配はしなかった。隠れようにも台座以外にそんなスペースはなく、ましてや別の部屋へ繋がる通路や穴もない。どうすればいいんだ?

「おい。いつまで俺の背中を見てやがる」
「「え?」」

 俺とモニカ以外に誰もいないはずの部屋に突如として響く甲高い声。しかもそれは女性の声というよりは男性が無理やり甲高い声を出しているような不自然な声だった。ずっと聞いていると思わず耳を塞いでしまいそうだ。

「え? じゃねえよ。こちとら暇じゃねえんだよ。さっさとこっちに来いボケが!」

 再び甲高い声が部屋に響き渡る。金属をこすり合わせるような不快な声に耐えられず俺は耳を塞いでしまった。部屋の造りの影響もあってか妙に声が響く。これはさすがに長居するのは気分が悪くなりそうだ。

「セイジさん。もしかすると、この石像から声がしているのかもしれません」

 モニカはそんな声に怯む事なく、石像に近付いて首を傾げる。石像の背後から回り込んで覗き込んでいた。ピクリとも動かない石像から声がするって……まあ、異世界だし、そういう事が起きても不思議ではないだろう。俺はモニカと同じように石像の背後から回り込んで確認する。

「うわ……なんだこの顔」

 俺はその奇妙な表情に思わず声が出てしまった。左右の瞳はどちらもあり得ない方向に向いていて、眉毛は太く、口はカード挿入口のように細長く伸びている。ひょっとこのお面のような表情だ。あれ? 何かこの顔、この石造の形……見覚えがある気がする。なんだったっけ? 思い出せそうで思い出せない。

「何だとは何だ。人の顔をジロジロと見るんじゃねえよ! 新米風情が図に乗ってんじゃねえぞクソガキ!」

 俺の声に反応して罵り出す石像。モニカの言う通り、声はこの石像から発せられているようだ。でも、口も動かしていないのにどうやって声を出しているんだ? どこかにスピーカーでもついているのか? それともあれか? テレパシーってやつか?

「凄いですね。こんな石像のどこから声を出しているんでしょうか?」
「あァ? こんなってどういう意味だ、コラ。女だからって容赦しねえぞ乳無し!」
「……」

 ずっと明るい表情を浮かべていたモニカから途端に笑顔が消えた。乳無しと言われたことが相当効いたのだろう。まあ、確かにない事は否定できそうにないけれど。この石像……結構容赦ないな。

「それで? お前ら何しに来たんだ? 職業選定人ジョブセレクターのマダール様に何の用だ?」
「えっと……俺達、冒険者の登録をお願いしたいんだけど」
「……足りねえな」
「え?」

 マダールは少し黙り込んだかと思うといきなりそんな事を呟いた。足りないって……何が足りないんだ? 別におかしい事はしていないつもりなんだが。

「お前さ、母ちゃんに教わらなかったのか? 年上は敬えって。お願したい、じゃねえよ。お願いしますだろうが」

 どうしよう。こいつ凄くぶっ飛ばしたい。

「お願いします」
「何だって? はっきり言ってくれないと分かりませーん」
「冒険者になりたいので登録を――」
「――聞こえねえなあ! もっと聞こえる様に言ってくれよ」 

 マダールは台座の上を円を描くようにゴロゴロ転がりながら俺を煽っている。なんで俺、石像に煽られてるの? 異世界って新人にこんなに冷たかったっけ?

「冒険者になりたいので登録をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 俺は怒りを押し殺して唸るような声で言い、頭を下げた。モニカはそんな俺を心配そうに見つめている。見ないで、お願い! 石像に頭を下げているところなんて見ないで!

「よろしい。それで? 何突っ立ってんだ乳無し。お前もなりてえなら言うことがあるんじゃねえのか?」

 今度はモニカの方に目を向けて煽るマダール。モニカの事はもう乳無しって事で定着してしまっているのか……初っ端からこんな事言われたらメンタル壊れるだろ。もう少し配慮しろよ……。

「私も冒険者になりたいので登録をお願い致します」
「良く出来ました。及第点だな」

 マダールはモニカのお願いに台座の上で少しだけ跳ねて答える。多分、彼にとっての『頷き』の行為なんだろうか。それにしても、そんな体で飛び跳ねて傷人突かないなんて。異世界恐るべし。
 とりあえずは許可を貰えたという事で、俺とモニカは改めてマダールの前に立たされた。

「いいか? 一度しか言わねえからよく聞いておけよ? ……返事しろよ、返事!」
「「はい!」」
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