最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第1章 前触れのない異世界転移

第8話 最弱職

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「これからお前らの職業を選定する。お前らの今のステータスと魔力量、魔法適性を分析して、それに合った職業を選定するんだ。魔力量というのは、体内に秘めている魔力の量の事で魔法やスキルの使用に深く関わってくる。魔法適性というのは魔法を使用出来るかどうかって事だな」

 つまり、魔法適性を持っていれば俺でも魔法を使う事が出来るって事か!? あんまり期待は出来ないけれどぜひともそこのところは調べて欲しい。後は魔力量だけどこれにも期待は出来ないだろう。なんせ日本から転移してきた異世界人だ。普通は神様から色々な力を授かるってのが異世界転生・転移モノのだいご味ってものだろうけど、残念ながらそれがない。どちらにせよ、期待できないのは言うまでもないな。
 
「じゃあ、まずはそこのお前からだ」

 マダールは初めに俺に目を向けた。目は最初の位置から一切動いていない気がするのに不思議と俺の目をじっと見つめているようにも思える。……ダメだっ! 笑ってしまいそうっ! 耐えろ、耐えるんだ俺!

「はい! よろしくお願いします」
「良い意気込みだな。そのまま立ってろよ」

 そういうと時計回りに渦巻いていた青白い光が徐々にその光度を強める。それに呼応して台座の裂け目に流れ込んでいた青白い光も強くなっていく。そして、マダールの体に奇妙な模様が出現し、その模様は青白い光を放った。同時にまだーるの両目も青白い光を放ち、両目から扇状に伸びた光線が俺の体を包み込む。

「ふん。名前は城木セイジか。パッとしない名前だな。ステータスも軒並み平均以下かよ。おまけに魔力量、魔法適性も皆無。魔物の方がもっとマシなステータスしてるぞ」

 何か俺、めっちゃ罵られているんだけど。まあ、期待はしていなかった分、そこまで傷付きはしなかったけどさ。そこまで言う事ないでしょ!

「ん? こりゃ珍しいな……いや、今までに見た事がねえ。お前、魔波耐性が分析出来ねえんだよ。まあ、ステータスが平均以下じゃ意味ねえけどな。お前、本当に冒険者になりたいの?」
「なれるのならなりたいです」
「……ぶっちゃけ、お前のステータスじゃ最弱職が関の山だぞ。それが嫌なら田舎に帰って母ちゃんの乳でも吸ってろ」

 まさか、こんな石像に諭されるなんて……というか、いちいち一言多いなこいつ。

「良いですよ。他に方法はないですし」
「まあ、あんまりオススメしねえけどな。最弱職は永久職でもあるし。それが望みならそうしてやる。待ってろ今登録するからな」

 マダールがそう言うとマダールの目から発せられていた光線が消滅した。同時にマダールの体の光も消え、台座と渦巻いていた光も落ち着きを取り戻す。しばらくマダールは微動だにせず黙っていたが、急にマダールから電子レンジの『チンッ』という音が聞こえた。

「きええええええええええ!」

 音の直後、マダールは急にこの世の終わりでも見たかの様なけたたましい叫び声をあげ、口からキャッシュカードくらいの大きさのカードを吐き出した。俺はそれをマダールの口から取り出す。

「それがお前の冒険者カード兼職業証だ。次、乳無し」
「……はい」

 マダールから呼ばれて力なく返事をするモニカ。あれだけ明るい表情を浮かべていたのにマダールに罵倒されてからずっと真顔のままだ。モニカがマダールの前に立つと、俺と同じように青白い光が強まり、マダールの目から発せられた光線によりモニカの体は包み込まれた。

「名前は……モニカ・フォン・ジストアニアか。この街の領主の娘じゃねえか。ステータスは……知力はそこそこ高いみてえだな。魔力量は申し分ねえよ。適性はそうだな……火と水と氷、後は風、光、雷ってところだ。後は別に普通のステータスだな。これなら基本職のスキルユーザーが最適だろう」
「え? スキルとか使えるんですか?」
「ああ。まあ、スキルユーザーだから基礎的なスキルしか使えねえけど。でも……中級職、上級職って上げていけばスキルの能力も格段に上がるぞ」

 途端に花が咲くような笑顔を浮かべて目を輝かせるモニカ。やっぱりこの世界の住人なだけあって基本的な役職には就けるんだな。俺は今後どの面下げて冒険者やっていけばいいんだ……本当、初っ端から酷い有様。
 モニカを包み込んでいた青白い光が消えると、さっきと同じ様に電子レンジの音と叫び声を上げてマダールはカードを吐き出した。

「それがお前の冒険者カード兼職業証だ。詳しい事は窓口で聞いてくれ。カードは肌身離さず持っておけよ。再発行なんて事になったら今まで鍛えたスキルやステータスを全部初期化してやるからな」
「なんて理不尽な!」

 俺が叫ぶも、マダールはそれ以上言い返す事はなく、触ってみても反応はなかった。一応、登録は済んだって事で良いんだろうか。それにしてもだいぶメンタルを削られたな……能力がない事は初めから分かっていたけれど、魔物よりステータスが低いなんて。ゲームや漫画のようにうまくいくわけないって事か。

「仕方ないですね。出ましょうか」
「でも、外から開けて頂かない事には、あの石の扉は開かないと思うんです」

 そうか……扉を開けるハンドルは外側にしかついていなかったから内側から出ることは出来ないのか。だったら、さっきのお兄さんに開けてもらうしかないけれど、登録の完了をどうやって知らせればいいんだろう。 
 そんな事を考えていると、急に石の扉から石同士をこすり合わせるような音が聞こえ、扉は上方へと開かれた。

「選定して頂いたようですね。それでは、この後、冒険者についての説明を行いますのでこちらへどうぞ」

 顔を覗かせたお兄さんが柔らかな笑みで出迎えてくれる。俺とモニカはお兄さんに連れられ窓口へと案内された。窓口の目の前まで来ると一度待つように促され、俺達は指示通り待つ事にする。しばらくすると、さっきのお兄さんが窓口の奥に現れた。

「それではご説明いたします。その前に……お二人の冒険者カードを拝見してもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい」
「どうぞ」
 
 俺達は指示通りに冒険者カードを提示する。お兄さんは一枚一枚じっくりと目を通し、小さく頷くと再び俺達に返した。

「ご確認いたしました。冒険者の城木セイジ様とスキルユーザーのモニカ・フォン・ジストアニア様ですね。この度は冒険者への登録、ありがとうございました。そして、ようこそ! 冒険者の世界へ。と、いう事で、冒険者カードと魔法、スキルついての説明に移らせていただきます」

 そういうとお兄さんは説明用のものなのか自分の物なのかは分からないが、冒険者カードを取り出した。

「冒険者カードには選定された各職業が記載されています。武器や防具はこのカードを提示する事で買う事が出来ます。ただ、職業によっては買えないものもありますので注意してください」
 
 冒険者カードの各項目を指差しながら丁寧にゆっくり説明してくれている。武器や防具は役職によって専用の物があるのか……そこは注意しておかないとな。

「お二人が選定された職業は基本職です。基本職とはその名の通り、全ての職業の基礎となる職業で、これにならない限り中級、上級の職業にはなれません。つまり、いきなり中級職や上級職になれる訳ではないという事です」

 なるほど、つまりは初めからどれだけ強くてもエスカレーター組にはなれないっていう事か。システム的にはしっかりしている。いきなりチーターなんて現れたら堪らないだろうしね。

「中級職、上級職になるには魔力量を一定以上鍛え上げるか特定のユニークスキルを習得する必要があります。魔力量は魔物を討伐する事で増幅させる事が可能となります。ユニークスキルに関しては各職種に与えられているものであり、その習得には職業長ジョブマスターの許可がないと習得できません」

 職業選定人は俺達のステータスっぽいところを分析していたけれど、それを上昇させたからといって中級、上級に上がれる訳じゃないのか。そもそも、ステータス上昇なんてゲームじゃあるまいし普通はそうポンポン上がるものじゃないよな。

「次に魔法についてです。魔法は基本職によっても様々ですが、初めからすぐに魔法が使えるものではありません。それなりの知識や学習、経験に基づいて習得出来るものなのです。見ただけで使えるようにはなりません。また、魔法適性やその時点での魔力量にも影響しますのでむやみに強い魔法を使おうとすると魔力切れでしばらく動けなくなりますのでご注意ください」

 ゲームでは魔法なんてスキルポイントを割り振れば最初から習得出来たものだけれど、ちゃんと勉強しないと身に付かないものもあるのか。異世界って言うわりにはかなりシビアだな。これが現実って事なんだろう。単純に強い奴が凄いって訳じゃない、それなりの経験に基づいた強さが価値あるものなんだろうな。

「そして、スキルについてです。スキルとは選定された職業によって様々で、その職業にしか使えない固有スキルも存在します。ユニークスキルとはまた違ってきますが。モニカ様が選定されたのはスキルユーザーでしたね。スキルユーザーは多様なスキルを習得できる職業ですが、簡単なスキルしか習得できません」
「なるほど……でも、スキルを習得するにはどうすれば良いのでしょう?」

 モニカは顎に手を当てながら首を傾げてお兄さんに問いかける。確かにスキルの習得はどうするのか気になるな。ステータスが昇級には関係ないんだとしたら、スキルの習得も特定のステータスの上昇でってわけでもないのだろう。

「はい。スキルの習得にはユニークスキルの習得と同じく職業長への申請が必要となります。ユニークスキルの習得と異なる点はこれを扱う事にあります」

 そう言ってお兄さんはコインケースの中から綺麗な水色の硬貨を四枚取り出した。それを木製のカルトン(お金の受け渡しを行う小さなトレー)の上に置くと俺達に差し出した。
 俺とモニカはその硬貨を手に取る。モニカの持っている金銀銅の硬貨と違ってその硬貨はどら焼き型をしていた。円周の凹凸はなく滑らかで、中心部にかけて若干空気を含んでいるように膨らんでる。硬貨の表裏両方共に盾に剣が二本、交差するように立て掛けられているような絵が彫られていた。

「それはスキルを習得するための硬貨。通称——スキルコイン——と呼ばれるものです。スキルコイン一枚で一ポイントとなり、規定の枚数を支払う事でスキルの習得が出来ます。スキルコインの入手は各クエストによって様々ですが、最低一枚は必ず配布しております。クエストの難易度によって配布する枚数も違ってきます。今回はお二人に二枚ずつ、登録のお祝いとして差し上げます」
「え? 良いんですか?」
「はい。どうぞ」

 お兄さんは柔らかな笑みを浮かべながら手のひらを見せる。

 「そして、セイジ様が選定された冒険者サバイバーですが……これに選定された方を私は初めて見ましたが、正直に申し上げますと覚える事の出来るスキルはありません。また、魔法の適性も魔力量もないとの事ですので魔法を使う事も出来ないでしょう。残された道は、そのまま魔物を討伐し続ける事に限りますね。まあ、特定の魔物を討伐し続ければ『スレイヤー』という称号も得られる事ですし、そうでなくても特定の条件を満たせば称号を得る事が出来ますので、気が向いたらそっちに手を付けてみるのも良いかもしれません。あっ、称号は職業とは違い一種の表彰のようなものですから、称号を得たからと言って昇級できるものではありませんのでご理解いただければ幸いです」

 何だよ、その低スペックな職業。魔法を使えないことは分かっていたけれど、スキルすらもないなんて……これじゃ、スキルコインを貰った意味ないじゃん!

「そして最後に。冒険者という職種はそのランクに限らず魔物討伐を生業としています。クエストを行って報酬を得たり、討伐した魔物から採取したアイテムを換金したりと稼ぎ方は様々です。しかし、中には上級職向けのクエストもありますので、各々の能力に合ったクエストを受ける事をお勧めします。そして、必ずクエストを受けなければならない決まりはありません。くれぐれも無理をしないようよろしくお願いします」

 俺、こんなので本当に生きていけるの?
 相手は魔物とかいうよく分からない生き物なんだよ。まあ、最初の街の外に出てくる魔物って大体弱かったような気がするけれど。

「それでは我々スタッフ一同、セイジ様とモニカ様のご活躍に期待しております」

 お兄さんはは深々と丁寧にお辞儀をする。こんな俺に期待されても……どうしろと言うんだ。
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