最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第2章 俺以外の転生者

第1話 厳重な警備

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 ボクの脚は泥に塗れ、
 ボクの瞳に光はなく、
 ボクの腕は血に濡れて、
 ボクの心は今もまだ、あの時の悪意に染まっている。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「うぅ……頭痛ぇ」

 じわじわと締め上げられるような酷い頭痛で目が覚めた俺。
 昨日の祝勝会で酒を飲み過ぎてしまったのか、体のだるさが尋常じゃない……これが二日酔いか?
 俺は無理やり体を起こして引きずるような足取りでコルトの部屋へと行き、扉をノックしてみた。
 だが、出てくる様子もなければ物音一つ聞こえてこない。

「寝てるのか? ……おーい! コルト!」

 今度は声を掛けてみたものの、やっぱり返事も物音も聞こえなかった。

「あっ、コルトちゃんなら、もうギルドへ行ってるわよ」

 カウンターの方から顔を覗かせたむっくんが声を掛けてくる。
 何も俺に黙っていかなくてもいいのにさ……。まあいいか、俺もギルドに向かえばいいし。

「そうですか。じゃあ、俺も行きますね」
「そう。行ってらっしゃい、シロちゃん」

 そう言ってむっくんはカウンターの方へ顔を引っ込めた。すぐに静かな寝息が聞こえてくる。
 俺はカウンター傍のソファーでナイトキャップを被って眠っているムックんを起こさないようにそっと宿を出ると、ギルドへと向かった。
 大通りへ出てみると、昨日の一件以降、再び魔族が攻めてくることを警戒してか警備が強化されていた。出入りする龍車や人には検問が行われ、街の外では、調査でもしているのだろうか、制服を着た数人の男女が走り回っている。

「おう。お前も来たのか」

 冒険者ギルドへ入るとコルトが、ギルド役員のお兄さんと何やら話し込んでいた。
 かなり真剣な話だったようで、二人とも難しい表情をしている。

「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「ちょっとな、街の正門の方が騒がしいから聞いていたところなんだ」
「現在は街の警備を固めて、出入りしている冒険者や衛兵以外の方々に対して検問を行っている状態なんです。魔族が親友してしまう場合もありますし、強力な対魔族用の魔波探知機能を使って、今は様子を見ている状態なのです。色々と面倒に感じるかとは思いますが、ご容赦ください」

 ギルド役員のお兄さんは申し訳なさげに苦笑いを浮かべながら頭を下げると、窓口の方へと戻っていった。
 昨日の一件があって、あれだけの死人が出ているからそれは仕方ないと思うが……コルトは何やら納得いっていない様子でじっとギルド役員のお兄さんを見つめている。

「何だ? そんな怖い顔して」
「……お前は、この厳重な警備体制に危機感はないのか?」

 かなり真剣な表情で俺を見据えるコルト。
 危機感も何も、これは魔族に対する警備であって俺達に対したものじゃないし、そんなに気に止める必要もないんじゃ……っ!?

 そこまで思って俺は、大事な事に気付く。
 それを見抜いたコルトは呆れたように盛大な溜息を吐いた。

「分かったろ? ニルあいつだよ」
「で、でも……ニルの魔波はかなり微量で、普通の人なら感じ取る事は難しいってコルトが言っていたじゃないか。安全じゃないのか?」

 俺の問いかけにコルトはゆっくりと首を横に振る。

「あれは人間が相手だから感じ取る事が困難なだけだ。対魔族用魔波感知機能が発動されている状態では、それは効かない。どんなに少ない魔波でも魔族であればすぐに見抜かれる。あいつは当分、街から出る事は出来ないだろうな。それに昨日の事もあるし、最悪、街中を歩き回る事も危険かもしれない」

 そうだな……今の状況はニルにとってはかなり都合が悪い。
 クローディアが攻めてきた事で街の警備は厳重になっているし、死人が出ている分、皆がピリピリしているはずだ。そんな状況下で魔族であるニルが街中に潜伏していたなんて話になれば、殺される事になってしまう。まあ、ニルの働いていた店を考えれば、ニルだけが危ないとも限らないけれど……。

「どのみち、あいつには当分街の外には出ない方が良いと知らせる必要があるな。昨日の戦闘には加わっていなかったみたいだし、状況を知らないだろうから」
「そういえばそうだったな。あの力があればなんとかなったかもしれないのに」

 自己流で組み合わせた魔法があれば相当な戦力にはなっていたはずだ。あの場にいた皆が使っていた魔法では火力が足りなかっただけかもしれないし、第一、ニルの力はコルトが危惧するくらいだからな。

「いいや。むしろあの場にいなかったのが正解だ。あいつは魔族だから、魔王国の出身なのは明らかだ。それにこの街に攻めてきたのは魔王の精鋭部隊を務める王位継承者の一人の従者だった。同族に刃を向けたって事になったら謀反だぞ。魔族にまで命を狙われたら厄介だ」
「そうか……そう考えると、今回、ニルが戦闘に加わらなかったのは良い事だよな」

 俺はそう言いながら、一昨日のニルの話を思い出していた。
 ニルは少なくとも人間に対しては憎しみを感じているんだと思う。自己流で編み出した魔法を人間のために役立てる事も、ニルは凄く嫌がっていた。だから、そもそもニルは今回、クローディアが攻めてきた事を知っていてもいなかったとしても手を貸す事はなかったはずだ。
 自分の故郷を襲われて、家族の安否さえ分からない状況にさせられたことを思えば、当たり前の事だろうと思ってしまう。

「……あいつの動きを警戒しておく必要があるな。そこまで馬鹿ではないと思うが、万が一検問で止められる事があったら最悪だ。お前も警戒しておけよ、あいつを仲間だって信頼しているのならな」
「言われなくても分かっているさ」

 俺に出来る事は凄く限られてくるけれど、少なくともニルのコルトや俺に対する態度は毛嫌いしているようには思えない。ニルの故郷を襲った人間と同じだから、普通は突っぱねるはずなのにニルは最初会った時からそうしなかった。それだけ信頼してくれているんだろうと思うし、その分は俺もニルを信頼したい。
 コルトは安堵したようにホッと一息吐くと、急にふんと鼻を鳴らして笑った。

「じゃあ、そうと決まれば特訓だな」
「え? 特訓? 誰の?」
「お前以外に誰がいるんだよ」

 そう言ってコルトは俺を指差す。
 特訓と言われても、確かに強くなるためには特訓が必要だけど、そんないきなり言われてもな。

「具体的に何をするんだ?」

 俺は念のために内容を聞いてみた。
 この前みたいに囮役で使われるような事を避けるためだ。あの時はマジで怖かったんだからな!
 だが、コルトは腕を組んで意味深な笑みを浮かべている。
 これは言わない奴だ、絶対に。

「なに、お前にうってつけの特訓だ」

 ほら見ろ! マジで嫌な予感しかしねぇ!
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