最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第2章 俺以外の転生者

第33話 犬猿の仲

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「ちょ、ちょっと! ライム! それ大丈夫なの!?」
「お前、マジでアルさん殺す気だろ!」

 凄まじい爆炎が室内に立ち上る。
 もう少し威力が強ければ、こちらまで巻き込まれそうなほどだった。
 だが、天井や壁を突き破りそうなほどの威力にもかかわらず不思議と爆炎はこの室内だけに留まり、しかも焦げ跡一つ付けていない。
 いやいや、今はそんな事よりもアルさんの方が心配だ。

「この程度で素焼きになるんだったら願ったり叶ったりだぜ……シラケるんだよジジィ、つまんねぇことしてねぇで出て来いよ」

 ライムは俺達に心配させないように声を上げながら、炎に包まれたアルさんへ呼び掛ける。
 しばらく反応を見せなかったアルさんだったが、立ち上る爆炎が急激にその火力を弱めていき、中から傷一つ吐いていないアルさんが出て来た。
 あれほどの魔法を打ち消す間もなく喰らったのに……マジで何者なんだよ、この人。

「ライム……貴様」
「相変わらず硬ぇな、ジジィ。まあ、手加減した魔法だからな、当然と言えば当然だな」

 険しい顔をしながらライムを睨むアルさんに対し、余裕な表情を見せるライム。
 手加減してあの威力かよ……まあ、何となく分かってはいたけれど、本当とんでもない奴だな。
 大体、何でこの人達はこんなに仲が悪いんだよ。

「手加減をしただと? 笑わせるな。例え本気であったにしても、貴様程度では傷一つ負わす事は出来ぬ……身の程を知れ」

 爆炎で乱れた衣服を整えながら、涼しい顔でアルさんも負けじと言い返す。
 仲が悪いのは良いけれど、モニカに魔法を教えるってところは忘れてないよな?

「へぇ……言ってくれるじゃねぇの。丁度良い機会だ。私の本気の魔法、喰らわせてやるよ」
「良かろう。貴様の腐敗しきった性根ごと叩き潰してくれる」

 ライムの挑発に乗ってしまったアルさん。
 この人もこの人で……負けず嫌いなのか強情なのか知らないけど、こんな喧嘩じみた事、モニカが黙っていないだろ。
 俺はそう思いながらモニカへと目を向けると、二人の様子をキラキラした目で喰いるように見つめていた。よほど興味があるのか、座ったまま前傾姿勢になっている。
 あらら……こりゃダメだ。止める人間が誰もいない。
 アルさんは剣の柄に添えた手を離すと、片足を少し前に出して臨戦態勢に入った。アルさんも魔法で戦うって事なのか。
 二人がやり過ぎないか心配だけど、それ以上にワクワクしている。
 これは見ものだな。厨二心がくすぐられる!

「風よ集え、逆巻け天風、荒れ狂い全てを吹き飛ばせ! サイクロン!」

 ライムは声高らかに唱えながら両腕を大きく広げる。
 すると、ライムの目線の先に巨大な竜巻が形成され、それはゆっくりとアルさんに襲い掛かる。
 アルさんはそれを見ても表情一つ変えず、ジリジリと向かってくる竜巻に向かって手を向けた。

「闇よ集え、開け風穴、全てを飲み干し闇へと閉ざせ。ダークホール」

 アルさんが唱えた直後、前に出した手の中に黒い光が集まり、それは渦巻くような円形の黒い物体を形成する。
 黒い物体は向かってくる竜巻をまるで引っ張るように吸収してしまうと、すぐに消滅した。
 二人とも『〇〇よ集え』と言っていたけど、これが魔法発動を行うためのキースペルなのか?
 でも、ニルやコルトが風魔法を使った時は『風よ』だけだった気がするけど……ニルの魔法もスペルが全然違ったし。

「何だ? 完全詠唱でもこの程度か? かつて冒険者として名を馳せた貴様がこの程度とは……名が泣くな」
「何だよ、この程度で燥ぐなよジジィ。今のはサービスさ、次は本気でやってやるぜ」

 二人して貶し合っているけど、今の魔法を見ても全然本気でやっているようには見えなかった。
 アルさんはわざわざ魔法を使ってライムの魔法を吸収して無効化していた訳だし、ライムもわざとアルさんが反応しやすいような速度の遅い魔法を放っていた。
 ていうか本当、何と言ったら良いか分かんないけど……魔法ってやっぱり凄い。
 ライムは不敵な笑みを浮かべながらアルさんを睨むと、両手を前に掲げて目を閉じた。その途端に、ライムの周りに青白く細かな粒子が立ち上り始める。
 何か……室内の温度が下がっているような。ていうか寒い。凄く寒い!

「氷の守護者よ。凍てつく氷蒼。実らぬ大地に身を委ねて罪を悔いて懺悔せよ! 凍葬とうそう十架氷槍晶じゅっかひょうそうしょう
「バッ!? 貴様!!」

 ライムが唱えたと同時に、アルさんの表情が明らかに変化する。
 部屋全体には急激に冷気が立ち込め、吐いた息が白くなり始める。俺を抱きかかえるモニカも徐々に震え出した。

「さ、寒い……」

 俺を抱きかかえる腕の力が強くなる。
 俺の体は体毛があるせいか多少は温かいようで、冷えやすい鼻先や耳などを押し付けていた。
 
「モニカ様が凍死したらどうするつもりだ!」
「バカな事言ってんじゃねぇよ、私だってそれくらい配慮はしてるさ。それよりも、自分の心配した方が良いんじゃねぇの?」

 モニカに目を向けるアルさんに対して、ライムは不敵な笑みを浮かべている。
 ライムからアルさんの足元に掛けて床は氷が張ったように凍結しており、アルさんの膝の部分まで氷で覆っていた。
 氷は分厚く身動きが取れないようで、アルさんは必死に抜け出そうと身を捩るが脚は全く動かなかった。
 お、おいおい……これマジで殺す気じゃないだろうな!?
 ライムは再び目を閉じると、アルさんの頭上に青白い粒子が集結し、いくつもの細い氷の槍を形成した。
 それは次から次へと創り出され、夥しい量の氷の槍が宙に浮いている。
 
「くたばれクソジジィ」

 ライムがそう言い放ったのと同時に、宙に浮いていた夥しい量の氷の槍が一斉にアルさんに降り注いだ。
 量が多いためか、白い冷気がアルさんを包み込み、どうなっているのかここからでは全く分からない。
 モニカはそれをキラキラした目で見つめるだけで、止めに入ろうともしないようだ。
 本気とは言ってもさすがにアレはやり過ぎだろ! アルさんマジで死んだんじゃないのか!?
 
「……ふぅ、いっちょ上がり」

 全然疲れなんて見せていないのに一息ついてそう呟くライム。
 氷の槍が降り止み、白い冷気が晴れるとそこに現れたのは、十字架を形作った氷の結晶の中にまるで十字架に張りつけにされているように氷漬けにされたアルさんの姿だった。
 アルさんは目を閉じたまま、目線を下に下ろしてビクともしない。
 ほ、本当に……ライムの奴、アルさんを殺したのか?

「凍葬・十架氷槍晶ってのは、相手を無数の氷の槍で貫き、十字架を形作った氷の結晶の中に閉じ込め凍結させて葬る。氷属性魔法の上級魔法だ。血の一滴さえ流させず全てを氷漬けにする。まあ……ジジィ相手には上手くはいかないけどな」

 ライムは不敵な笑みを浮かべているが、どこか表情が強張っているようにも感じる。
 それと同時に冷気が立ち込めていた部屋全体が、徐々に温まっていくのを感じた。
 アルさんを包み込んでいた氷が徐々に融け始め、厚い氷が薄くなっていく。アルさんが目を開けたと同時にそれは急激に爆散した。
 立ち込めていた白い冷気は水蒸気に変わり、炎に包まれたアルさんが融けた氷の中から出てくる。

「煉獄装甲か……今の一瞬で、唱えたってか」
「愚問だな。貴様はそれが分かっていて、わざと発動を遅らせたのであろう?」
「へッ、お見通しって訳かよ。やるじゃねぇかジジィ」
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