少年冒険者は蛇蜥蜴が倒したい~奴隷勇者の異世界譚外伝~

Takachiho

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13.焦り

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 余計な寄り道をせずに10階層の隠し部屋までのルートを確認した後、ラウルら一行は同階層のボス部屋にいた。

 広い部屋の真ん中で、ラウルとファムが肩で息をしている。そんな二人の足元には牛の頭を持つ二足の巨体が倒れていた。

「ラウルくん、大丈夫ですか?」

 決着がついたのを見計らって、セシルが二人に歩み寄る。その後ろにミレイナが続く。

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 ラウルは地面に突き刺した剣を杖代わりにして乱れた呼吸を整えようと試みるが、簡単には収まりそうになかった。

 特段怪我を負ったわけではない。セシルやミレイナに触発されて普段よりも攻撃に注力した結果、回避や防御がおざなりになり、決着がついた今、戦闘中は忘れていた死の気配が精神的なストレスとなってラウルの心と体を襲っていた。

「ラウル、ちょっと焦りすぎじゃない?」

 既に落ち着きを取り戻したファムが心配そうにラウルの顔を覗き込む。ラウルは反射的に反論しようとするが、開いた口から溢れ出るのは激しい呼吸音だけだった。

「ラウルくん。ファムさんのフォローがなければ危ない場面がいくつかあったのは自覚していますね?」

 以前ラウルとファムの二人で苦戦した迷宮王牛ミノタウロスを、今度はかなりの短時間で倒すことはできた。しかし、安全第一で戦っていたときと比べると、ラウルが身の危険を感じたのは確かだった。

 その都度ファムが介入して事なきを得たが、それが少しでも遅れていればラウルがどうなっていたか。それは今恐怖に襲われているラウル自身が一番よく理解していた。

 もちろん、もしものときはセシルが助けに入るつもりだったため、ラウルが命を落とすような事態にはならなかっただろう。けれど、焦ったばかりに強引な戦い方をしてしまった事実はラウルの背に重くし掛かっていた。

 冒険者になると決意した日から、ラウルはそれ相応の危険を覚悟していたし、これまでも命の危険を感じたことがないわけではない。しかし、安全マージンを十分にとって戦っているうちに、意識せずとも心のどこかで甘く見るようになってしまっていたのではないか。

 攻撃力さえあればそう苦戦する相手ではない。そんなことを思っていた自分を、ラウルは恥じる。自信を持つことと慢心することは違うのだ。それに、ラウル自身も多少は強くなっただろうが、その自信や慢心の出どころの大半は火竜鱗の剣なのだから救いがなかった。

「ファム、ごめ――」

 ラウルの謝罪の言葉を止めたのは、ファムの不満げな顔だった。ラウルは深呼吸をして息を整えると、再び口を開いた。

「ファム、ありがとう」
「うん」

 ファムが満足そうに頷く。そんな二人の様子を目にしたセシルが安堵の表情を浮かべ、ミレイナもホッと胸を撫で下ろした。

「反省する点は反省するとして、二人ともお疲れ様でした」
「お疲れ様でした。お二人ともすごかったです」
「セシルさん、ミレイナちゃんも、ありがとう」
「ありがと~!」

 四人は魔石だけ回収して11階層へ続く道を進んでいく。ラウルの気持ちは沈んでいたが、このまま落ち込んでばかりもいられない。迷宮王牛ミノタウロスとは比べ物にならない強大な相手と戦い、そして勝利するためには歩みを止めるわけにはいかなかった。

 焦りは禁物。死に近付く恐怖も実感として知った。無理をしてしまったにしても、ちゃんと成長も感じられた。迷宮王牛ミノタウロスに勝てたのは武器とファムのサポートのおかげだったが、無理をできたのはラウルの力だ。

 今も間近でくうを切る大斧の圧を思い出すと身震いしそうになるが、間合いを見切り、ギリギリでの回避に幾度か成功したのは確かな成長の証でもある。

 しかし、ミレイナの高威力の魔法やセシルの魔法剣に比べると、どうしても派手さで劣り、それが即ち戦力的に劣っていると、どうしてもラウルは思ってしまう。

 多頭蛇竜ヒュドラーを倒したいと言い出した自分が一番戦力になっていないのではないかという焦燥が、ラウルの心の底でくすぶっていた。

「無理は禁物ですが、考え方は悪くないですよ」

 大きく回避するより小さく回避した方が反撃しやすく、相手の隙をつきやすい。セシルがそうフォローしてくれたことで一定の自信にはなったものの、ラウルの心は晴れなかった。

 考え込むラウルを、セシルが後ろから見守る。

「みんな、止まってー!」

 戦闘を歩くファムが声を抑えながらも高らかに宣言し、前方の警戒をラウルに託してセシルの元に歩み寄った。

「セシルさん。アレ、出してもらっていいですか? ずっと考えてたんですけど、やっぱり試してみたくて!」

 ラウルが周囲を警戒しながらも背後の様子を窺っていると、セシルが背負ったかばんから小ぶりの円形の盾を取り出した。セシルの鞄は魔法鞄マジックバッグという内部空間を拡張して見た目以上に多くのものを入れておくことができる魔道具の一種だった。

 元々はコーデリアが腹違いの姉である現帝国皇帝から譲られたものをセシルが借り受けていて、今回の合宿に必要な多くの物資も大半はそこに収められていた。

「盾……?」

 ラウルが首を捻っていると、ファムは球の端を切り取ったような弧を描く円板状の盾を左腕、手首と肘の間に装着する。それは小盾タージェと呼ばれる小ぶりな盾だった。

「私にはミルミルみたいに縦横無尽な動きはできないから」

 故に、素早い動きを阻害しかねない盾を自ら進んで装備し、守るための力を身に付けたい。それがファムの決断だった。

「攻撃役はいっぱいいるし、ミルミルのお兄さんを目指すのはラウルに任せるよ。ミルミルが託されたのは魔剣だけじゃないしねー」

 ファムが吹っ切れたような笑みを浮かべた。ラウルは、ファムはファムでいろいろと悩んでいたのだという事実に気付き、そしてまた、一つの答えを出したことを知った。

 ミルが兄から託されたのが不死殺しの魔剣イモータルブレイカーなら、姉的存在であるもう一人の英雄から託されたのが、彼女の愛用していた小盾タージェだ。魔剣同様に、ミルが使わないのなら信頼のできる仲間に使ってもらってほしいと言い残されたその盾は、未だ使用者がいないようだった。

 ファムの晴れ晴れとした笑顔が、ラウルの心の陰に僅かながら光をかざす。

 なにも敵を倒すだけが強さではない。ラウルはそう言われた気がした。
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