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第十三章

13-7.魔力譲渡

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「あっ! 技能になったんだ! やった!」

 玲奈は歓喜の声を上げると、間髪入れずに目を閉じた。自身でもステータスを確認したのか、玲奈は両手で小さくガッツポーズをとった。

「えっと、玲奈ちゃん。この“魔力譲渡”っていうのは、その名称通り、玲奈ちゃんの魔力を別の誰かに渡すっていうことでいいのかな」
「うん。触れた相手に渡すの。こっちに来てからもミルちゃんに協力してもらって、何とか成功するようになっていたんだけど、なかなか技能として獲得できなくて。でも、これで、きっとこれからはもっと素早く譲渡できるようになったと思う!」

 気持ちのいい笑みを浮かべながら「戦闘中でもサッと渡せるのがベスト」だと語る玲奈を眺めながら、仁は身の内から興奮が湧き上がってくるのを感じていた。

 仁が行う魔力操作の訓練でも、仁は触れた相手の体内に自身の魔力を注ぎ込み、他者の魔力と同化させることまでは行っていたが、あくまでもそれは疑似的なもので、仁が供給を止めれば相手の体内に止まることなく、すぐに消えてしまうのだ。

 それが、玲奈の場合、完全に相手の魔力と同化するというのだから、仁は驚かずにはいられなかった。それに、更に驚愕なのが、仁のMPが上限を突破していたことだ。もし上限を超えて渡せるというのであれば、例えば、玲奈から魔力譲渡を受けた後ならば、魔力欠乏症を起こさずに“消滅エクスティンクション”を放つことが可能かもしれないのだ。

「玲奈ちゃん。さっき確認したところ、俺のMPが上限を超えていたんだけど……」
「あ、うん。まだちょっと加減が難しくて……。ごめんね。頭がボーっとしちゃったよね?」

 玲奈が言うには、相手のMPの上限を超える量の魔力を譲渡してしまうと風邪などで高熱を発したときのように体中が熱を持ち、それに伴って頭が朦朧もうろうとした状態になってしまうのだという。

「なるほどね」

 仁は自身の先ほどまでの状態を思い出し、納得したと何度か頷いた。そう都合よくは行かないかと仁は内心で僅かに残念に思いながらも、それでもかなり強力な技能であると改めて感じ入る。

 魔力回復薬ポーションはまだ在庫があるし、減ったら減ったでその都度補充しているが、即効性もなければ、多くのMPを回復させるにはそれ相応に多くの量が必要だった。

 玲奈のMPにも限りがあるために時と場合は選ぶが、それでも技能となったことで譲渡に要する時間が短くなり、一気に大量のMPを回復することができるのであれば、その優位性に疑いはない。

「玲奈ちゃん。ちょっと実験してみていい?」
「うん。私も技能になったことで今までとの違いを把握しておきたいし。だけど……」

 当然とばかりに頷いた玲奈だったが、一転して気遣わしげな視線を仁に送る。

「仁くんは大丈夫? 上限超えちゃってるんだよね?」
「あ。そうか」

 仁は再度確認のために自身のステータスを表示させる。僅かに眉をひそめた仁だったが、すぐに納得したかのようにすっきりとした表情を浮かべた。

「どうやら、上限を超えた分は時間経過で減っていくみたいだね」
「あ、うん。そうみたい。どうしてかはわからないけど」

 仁のMPは玲奈の懸念の通り上限を超えたままだったが、先ほど確認したときよりも目減りしていたのだ。

 その原因は仁にもはっきりしたことは言えないが、おそらく上限が定められているからには、それがその人にとっての適切な許容量ということなのだろうと考察する。魔力はいろいろと便利な力ではあるが、許容量を超えれば体に支障をきたすし、そうならないように上限を超えた分は徐々に体外に排出されるのだと考えれば説明が付く。

 仁が自身の仮説を披露すると、玲奈もきっとそういうことなのだろうと大筋で同意を示した。

「とりあえず、上限を超えたままでも可能かどうか試してみよう。渡す量は玲奈ちゃんが調整できるんだよね?」
「うん。ある程度なら」
「じゃあ、ちょっとだけでお願い」

 玲奈は尚も心配そうにしていたが、上限を超えた際の症状が現状では熱っぽくなるだけだということと、平時に試しておきたいと仁が強く主張したことで首を縦に振った。

 危険を冒してデッドラインを探るようなことはしないが、仁は“消滅エクスティンクション”を切り札とできる可能性を捨てきれなかった。

「それじゃあ、行くよ?」
「うん。お願い」

 玲奈が仁の手を取って魔力譲渡の技能を発動させる。その直後、一気に仁の体にじんわりとした温かさが広がった。それに伴い、仁の頭がインフルエンザにかかったときのような熱を持った。

「仁くん、大丈夫?」

 魔力譲渡を終えたことを示すためにすぐに手を離した玲奈が尋ねると、仁はどこか焦点の合わない視線を玲奈に向け、ゆっくりと頷いた。仁の皮膚が目に見えて赤くなっていた。

「全然大丈夫そうに見えないんだけど……」

 玲奈が後悔と心配を顔に滲ませる。

「大丈夫。ちょっと待ってね」

 仁は玲奈を安心させようと笑みを浮かべるが、その力のない笑みは逆に玲奈の不安をあおる結果となってしまった。

 仁はそれに気付かないまま脱力したように背を丸め、まぶたを下ろしてステータスを表示させると、既に低くなっていた肩を更に落とす。上限を突破したMPは最初に魔力譲渡を受けた際と大差なかった。数値としては微増しただけだが、体への負担は仁の予想を超えて加速度的に増大するようだと、仁は思考力の低下した頭で考える。

 その間、玲奈は心配そうな視線を仁に送り続けていたが、仁の状態は続いたままだった。

 しばらくすると、徐々に熱が去ると共に仁の呼吸が整い、仁の体が正常な状態を取り戻していく。仁が頭を上げると、今にも泣き出してしまいそうな玲奈の顔が出迎えた。

「その、心配させてごめん。とりあえず、あまり上限を超えるのは良くないことが分かったよ」

 仁が苦笑いを浮かべて頬をく。

「ううん。検証が大事なのはわかってるから。心配はしたけど、仁くんが謝る必要はないよ」

 玲奈は深く安堵の息を吐いてから、心底ホッとしたように柔和に微笑む。仁はそんな玲奈にしば見惚みとれてしまったが、気恥ずかしさを覚え、誤魔化すように口を動かす。

「ま、まだ色々と試したいことはあるけど、やっぱり技能が色々な行程を肩代わりしてくれるから、発動までの時間がすごく短くて済むのがありがたいね。これなら玲奈ちゃんが言うように、戦闘中にサッと譲渡してもらうことも可能だと思う」

 早口で捲くし立てる内に、仁は落ち着きを取り戻す。

 検証によって明らかになった、やはり今のままでは魔力譲渡を利用しても“消滅エクスティンクション”の現実的な運用は難しいという結果は残念だが、戦闘中に魔力回復薬ポーションをがぶ飲みする必要が減っただけでもありがたいことだった。

 それに、事前にMPを増やしておくことが難しくても、仮に“消滅エクスティンクション”を使わざるを得ないような事態になった際、玲奈から魔力の譲渡を受けることができれば魔力欠乏症で数日間寝込むようなことが回避できるかもしれないのだ。

「玲奈ちゃん、もしかして……!」

 仁はそこまで考えが及んだとき、ある一つの仮説に辿り着いた。

「玲奈ちゃんがこの技能を修得しようとしたのは、俺のために?」
「……うん」

 仁が居住まいを正して真摯に見つめると、玲奈はほんのりと頬を紅潮させた後、僅かに顔を伏せた。

「仁くんはきっと、私やみんなの身に危険が及んだら、またあのときの魔法を使っちゃう。私がダメだって言っても、絶対に……」

 玲奈が顔を上げ、困り顔の仁を僅かに潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめる。

「だから、もしそうなったときに、仁くんを助けられるようになりたかったの」
「玲奈ちゃん……」

 仁の胸の内から、最初に魔力譲渡を受けたときとは別の温もりが次々と湧き上がり、体中に広がっていく。仁の眼球と瞼の隙間から涙が滲み、込み上げる様々な想いに反比例して、続く言葉が出てこない。

「玲奈ちゃん……ありがとう……」

 仁が喉の奥からそれだけ何とか絞り出すと、仁の視線の先で、玲奈が輝くような笑顔の花を咲かせたのだった。
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