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第十三章

13-18.稲光

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石壁ストーンウォール!」

 仁は遠隔魔法で自身の足元から垂直に石の壁を生やす。勢いよく上昇する壁が仁の体を持ち上げ、仁を鉤爪の射程外へと逃がした。直後、仁の真下から轟音が鳴り響き、分厚い石の壁が砕け散る。

 その寸前、仁は壁の上部を足掛かりに跳び上がり、灰色の砲弾が通り過ぎざまに強靭な尾で抉った軌跡の上に着地すると、即座に反転。僅かばかりも速度を落とすことなく広場に向かって飛んでいる灰色の魔物に向かって手のひらをかざす。

黒雷撃ダークライトニング!」

 漆黒の雷撃が背後から灰色の頭に襲い掛かった。雷撃は灰色の頭から首を伝い、全身へ拡散していく。

 仁がチッと舌を鳴らした。体表を伝っていくだけでは大したダメージにはならないと推測された。

 それを裏付けるかのように、灰色の魔物は足を地に下ろして大地を深く抉ることで急制動とし、広場の丸い大岩を両の足の裏で蹴りつけた反動を利用して反転すると、変わらぬ憎々しげな瞳を仁に向けた。

 仁は恐るべき鉤爪テリブルクローだったモノの興味がロゼッタに移ることなく自分自身に向いていることに安堵しながら、全身の魔力を練り上げる。仁の魔力の高まりに呼応するように、仁の背から漆黒の翼が生まれた。

黒落雷ダークライトニングストライク!」

 地に響くようなうなり声を上げている魔物の真上の空間から漆黒の雷が落ちる。完全な死角からの遠隔魔法による攻撃だったが、魔物は驚異的な瞬発力で飛びずさり、いかずちは灰色の肌をかすめただけだった。

黒雷爆ダークライトニングバースト!」

 仁の遠隔魔法によって再び灰色の頭部の上空に集まった魔力が現象へと変じ、漆黒の球体が生まれた。

 再度の死角からの攻撃に警戒していたのか、魔力を察知した魔物が超反応で先ほどと同じく飛び退く。

 仁は魔人薬によって意思を奪われたと思っていた魔物の学習能力を持っているかのような動きに驚くが、仁への復讐心を忘れていない辺り、かつて相手取った魔人もどきほど我を失ってはいないのかもしれないと考え直す。

 魔人薬がより完成に近付いている可能性もあるが、そうではないことを仁は願った。

 仁がそんなことを考えた刹那、魔物は仁の遠隔魔法に対応し、ほくそ笑むかのように灰色の歯を覗かせたが、仁が使った魔法は先ほどと同じではなかった。漆黒の球体は真下に雷を落とすことなく、球体を頂点とした半球状の内側に向け、四方八方に雷撃を飛ばし、そのいくつかが灰色の体を穿うがつ。

 灰色の魔物からくぐもった声がれた。

 しかし、やはり灰色の皮膚の上からでは効果が薄いのか、とても決定打になるダメージとはなっていないようだった。

 魔物は苛立ったように大地を鉤爪で叩くと、大口を開けた。仁は魔物の口内に魔力が集まるのを感じ取り、不死殺しの魔剣イモータルブレイカーを正面に構えた。毒の吐息ブレスならば仁に効果がないのは実証済みだが、仁の直感が別種の攻撃だと告げていた。

 直後、前傾姿勢となった魔物の口から一条の灰色の光線が放たれた。対する仁は魔剣を構えたまま前へ出る。

「その攻撃は、経験済みだ!」

 凝縮した魔力をそのまま破壊力に変換したような恐るべき破壊光線を、仁は魔剣で斬り分ける。灰色の光線が二手に分かたれ、仁の両の翼の先をかすめて森の奥へと飛んでいく。仁の背後で、木々が穿うがたれ、破裂する音が響き渡った。

「ハァッ!」

 裂帛の気合と共に、仁が魔剣を振り下ろす。灰色の光線を斬り裂き、魔力で強化された刃が魔物の口先を狙う。

「ガァアアア!!」

 顔を天に向けて首ごと頭を後ろに反らした魔物の下顎に小さな切り傷が生じた。灰色の魔物は狂ったような雄叫びを上げ、眼下で剣を振り切っている仁の頭を咥え込まんと、鋭い牙の並んだ口を突き下ろす。

「くっ」

 仁は横に転がって難を逃れると、起き上がりざまに魔剣を切り上げ、頭上から襲い来る爪の刃と打ち合った。ずっしりと体重を乗せた魔物の一撃に、仁の膝が地に付いた。直後、魔物の象徴とも言える図太い鉤爪が力強く蹴り出された。

石壁ストーンウォール!」

 遠隔魔法で発動した石壁ストーンウォールが迫り来る魔物の足の裏を叩き上げ、向きを変えた蹴りが仁の頭のギリギリ上部を通過した。仁は肝が冷える感覚を味わいながらも、魔物が僅かに体勢を崩した隙に、跳び込み前転の要領で素早く距離を取る。

 着地後、即座に振り返り、仁は両の漆黒の翼から大量の黒雷の矢を撃ち出した。

黒雷槍ダークライトニングジャベリン!」

 漆黒の矢から逃れるように動いた魔物を待ち伏せするように、黒々とした雷の槍が空中より生じ、灰色の魔物に狙いを定めた。四方から雷槍の襲い来る中、魔物は一点突破を図ることで被害を最小限に抑え、そのままの勢いで地を駆け、仁に迫る。

 一歩一歩が大地を揺らし、周囲に強烈な死の香りを撒き散らす。

石槍ストーンランス!」

 バリケードの如く、地面から生えた何本もの極太の石の槍が魔物の行く手を阻むが、灰色の魔物は一足で跳び越えんと、更に加速して跳び上がった。

 下から見上げたその様は、上空より獲物を狙う猛禽類のようにも思えた。足先の鋭い鉤爪が仁に照準を合わせ、キラリと輝いた。仁はその場を動かない。

 仁は猛然と迫り来る灰色の暴力を鋭い目で見据えつつ、何を思ったのか、背中の翼を消し去った。仁を覆っていた黒雷の膜も仁の体内に溶け入るように消え去る。

「ジン殿!」

 エルヴィナを牽制しながら仁の戦いを見守っていたロゼッタが悲痛な叫び声を上げた。回避行動も迎撃行動も取らない仁の様子は、ロゼッタから見ると諦めてしまったかのように見えてもおかしくはなかった。

 しかし、仁は決して諦めたわけではない。その証拠に、仁の手にした不死殺しの魔剣イモータルブレイカーが刀身の紫の幾何学模様が見えなくなるほど、黒く、ただただ黒く、不気味に輝いていた。

 仁が僅かに腰を落とす。

 直後、灰色の凶爪が空より仁に襲い掛かった。仁は最小限の動きで弧を描くように避けながら、魔物の足の裏目掛けて魔剣を斜めに思いっきり突き上げた。かすめた鉤爪が火竜鱗の腕当てごと仁の腕を斬り裂くが、仁は柄から手を離さない。重力に引かれるままの魔物の自重じじゅうを利用した一撃が、灰色の脚部を斬り裂き、足の付け根に突き刺さった。

「弾けろ!!」

 仁が叫んだ瞬間、魔物の体から黒々とした剣山が現れた。数えきれないほどの漆黒の刃が、灰色の肌を突き破ってそびえ立っていた。魔物の体内に喰い込んだ魔剣に防御を捨ててまでめい一杯に纏わせていた黒雷が、灰色の魔物の中で形を変えたのだ。

「止めだ! 多重マルチプル黒雷爆ダークライトニングバースト!!」

 仁はありったけの魔力を込め、魔物の体内の剣山の黒剣の数だけ黒雷爆ダークライトニングバーストを同時に発動した。

 弾けた漆黒の稲妻が轟音と共に魔物の体内を蹂躙し、剣山の先から黒い稲光が走る。直後、灰色の巨躯が弾け飛んだ。

 魔物除けの結界の張られた広場に、灰の雪が舞い散った。
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