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第二十章
20-62.攻防
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旧王都ラインヴェルトの東門の辺りで玲奈が氷の彫像を作り出していた頃、ミルは北門で眷属を殲滅した仁の指示を受け、西門へ向かって外壁の上を走り出した。そのすぐ横を、イムが飛んでいる。
ミルは先ほど高隆起蜥蜴との戦いに加われなかったことを悔しく思っていたが、今は仁から任された役目をしっかり果たそうと気持ちを切り替えて意気込んでいた。
その役目とは、西門への援軍だ。現在、西門の防衛はファレスをリーダーに、奴隷騎士隊の約半数とリガー村の射手、エルフ族の魔法の使い手が担っている。北門への襲撃以前には特に問題は起こっていなかったようだが、少なくとも北門から逃れた数体の眷属が向かったはずだった。
そして、情報が錯綜しているが、どうやら一部の恐るべき鉤爪が壁内に侵入した可能性があるらしく、そちらの対処もミルは任されている。
ちなみに、ミルにそう指示を出した仁は、帝国兵が現れたという報告のあった東門に向かった。恐るべき鉤爪と刈り取り蜥蜴だけなら玲奈が問題なく処理できるだろうが、万が一にも帝国兵が魔人擬きと化した場合には苦戦が予想されるためだ。
「グルッ!」
ミルの左側を飛んでいたイムが鋭く鳴いた。イムは内側の欄干を乗り越え、眼下に視線を向けている。
「大変なの!」
ミルとイムの視線の先、門の内側の開けた場所で、ヴィクターと戦斧の面々が3体の恐るべき鉤爪と対峙していた。ミルは下へ降りる階段へと急ぐ。
ヴィクター、ガロンとノクタ、残りの戦斧のメンバーがそれぞれ1体ずつ相手取っているようで、ミルは一人で戦っているヴィクターの元へ駆けた。
しかし、魔王妃の眷属にミルとイムの到着を待つ必要などあるはずがなく、対峙している一体が軽く助走をつけてからヴィクターに跳びかかった。恐るべき鉤爪は赤茶色の羽毛に覆われた強靭な脚の先から伸びた鋭い鉤爪を正面に突き出している。
「僕を舐めないでほしいな」
ヴィクターはスピード任せで突貫してくる赤茶色の弾丸に慌てることなく、自然体で赤い槍を構えた。ロゼッタのものと同じ火竜の素材を用いた槍と、恐るべき鉤爪が交差した。
ヴィクターの脇を、恐るべき鉤爪が通り過ぎていく。その両脚の付け根から、赤い槍が生えていた。
「オニキスくんの方が速い」
物言わぬ肉塊に向けて爽やかに告げるヴィクターの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
その広場の一角の攻防が、他の2組の戦いの火蓋を切る。残りの恐るべき鉤爪は仲間がやられたことで警戒を強めたのか、不用意に飛び込むことはせず、大口を開けて毒霧を吐き出した。
「ノクタ!」
ガロンが叫び、ノクタが大盾を前面に構えて濁った緑の毒霧に突っ込む。ノクタは立ち込める毒霧を大盾で押しやりながら前進し、その背後にピッタリとガロンが続いた。
残りの三人は毒霧から逃れるように立ち位置を変えて、手斧を構え、その後の襲撃に備えている。
「イムちゃん!」
「グルッ!」
戦場に乱入した2つの小さな影の内、人ならざるものが火を噴いた。轟々と音を立てる火炎の吐息が手斧の冒険者たちの周囲の毒霧を焼き払い、敏捷性自慢の眷属を炙り出す。
「くらえ!」
戦斧の3人が一斉に手斧を投擲し、炎から顔を出した恐るべき鉤爪の頭蓋をかち割った。
「やあっ!」
それと同時に、緑の毒霧の中、死角から不意をついたミルがもう一体に一気呵成に斬りかかり、足の腱を切断する。眷属が悲鳴混じりに再び毒霧を撒き散らすが、耐毒の指輪を持つミルに対しては目隠し以上の意味を持たなかった。
そして、その目隠しも、短剣の届く範囲にいては全くもって用をなしていなかった。ミルが躊躇なく両手の短剣を振るい、亡き父の形見の魔剣で眷属の喉を掻き切った。
「やったの!」
「おいおい。俺の見せ場が……」
「あは、あはははは」
緑の霧が晴れ、短剣を手にしたまま拳を突き上げるミルの間近でガロンが肩をがっくりと落とし、ノクタが苦笑いを浮かべた。
直後、金属を硬い何かで切りつけたような甲高い音が響いた。僅かに弛緩した空気が、一気に張り詰めたものへと戻る。
何事かとミルが音の発生源に目を向けると、再び金属音が不快に鳴り響いた。
「ミル。恐るべき鉤爪はみんな倒したけど、門の向こうにはまだ刈り取り蜥蜴が残っているんだ」
駆け寄ってきたヴィクターの説明に、ミルは唇を強く引き結ぶ。ミルが門の上部に目を向けると、攻撃の指示を出しているファレスの声が小さく聞こえた。
「残念だけど、僕たちに門の上から刈り取り蜥蜴を攻撃する手段はない。でも、万が一、門が破られたときは……!」
ヴィクターが悔しさの中に決意を滲ませる。その周囲に戦斧の面々が集い、銘々が意気込みを口にする。そんな中、短剣を腰の鞘に収めたミルがイムを抱き寄せ、顔を突き合わせた。
「イムちゃん。お願いがあるの!」
「グルゥ?」
真剣なミルの表情に、イムが小さな頭を傾けた。
「ミル?」
ヴィクターが呼びかけるが、ミルはそれに気付いてか気付かずか、返事をすることなくイムを掻き抱いて走り出した。その先には外壁の上へと続く階段があった。
「グ、グルゥ……?」
「大丈夫。イムちゃんなら、きっとできるの」
ミルの腕の中で不安そうにしていたイムだったが、ミルの真摯な言葉で覚悟を決めたのか、真剣な声音で「グルッ!」と力強く鳴いた。
ヴィクターが追いかけてくるが、ミルの足は止まらず、ミルの腕から飛び出したイムを追って階段を駆け上がっていく。
「ミルさん!?」
ファレスが驚きの声を上げ、エリーネ他、門の上の防衛隊が目を見開く中、全力で階段を駆け上がってきた勢いそのままに、イムに続いてミルが外壁の欄干を跳び越えた。声のあるなしにかかわらず、皆の悲鳴が天を貫いた。
「イムちゃん!」
「グルゥゥウウ!」
空中で、ミルがイムの両足を掴む。イムが必死の形相で翼を羽ばたかせ、徐々に高度を落としながらも、門に張り付く刈り取り蜥蜴の上空で背面に回り込んだ。
「イムちゃん、よろしくなの!」
「グルゥ……グルッ!」
イムがミルをぶら下げたまま、斜め下方へ突進を開始する。勢いよく刈り取り蜥蜴に近付くイムとミル。外壁の上でヴィクターやファレスたちが固唾を呑んで見守る中、ミルが振り子のように振られてイムの足から手を離した。
「ミル!!」
ヴィクターらの叫びや皆の悲鳴が辺りに響くが、当のミルの耳には届かない。否、音として届いてはいても、極限まで高めた集中が不要な情報を遮断していた。
ミルは空中で短剣を抜き放ち、普段の逆手ではなく順手で握ると、体を小さく丸めて縦に回転を開始した。くるくる、くるくると落下に合わせて徐々に回転を速め、刈り取り蜥蜴の後頭部に迫る頃にはハンドスピナーのように高速で回っていた。
歯車と化したミルは外周の短剣の刃で眷属の後頭部に着地すると、落下の勢いをそのままに、回転したままその背に沿って進み、尻尾の付け根まで2本の赤い線を描き出した。眷属の悲鳴が木霊する。
ミルが尾を蹴って跳ね上がり、着地と同時に立ち上がって左手の短剣の切っ先を刈り取り蜥蜴に向けた。
「門は壊しちゃダメなの!」
小さな勇者の傍らに、小さなドラゴンが寄り添う。苛立たし気に地団駄を踏んだ魔王妃の眷属が、門に向けて振り上げていた死神の鎌を下ろし、ミルとイムに向き直った。
ミルは先ほど高隆起蜥蜴との戦いに加われなかったことを悔しく思っていたが、今は仁から任された役目をしっかり果たそうと気持ちを切り替えて意気込んでいた。
その役目とは、西門への援軍だ。現在、西門の防衛はファレスをリーダーに、奴隷騎士隊の約半数とリガー村の射手、エルフ族の魔法の使い手が担っている。北門への襲撃以前には特に問題は起こっていなかったようだが、少なくとも北門から逃れた数体の眷属が向かったはずだった。
そして、情報が錯綜しているが、どうやら一部の恐るべき鉤爪が壁内に侵入した可能性があるらしく、そちらの対処もミルは任されている。
ちなみに、ミルにそう指示を出した仁は、帝国兵が現れたという報告のあった東門に向かった。恐るべき鉤爪と刈り取り蜥蜴だけなら玲奈が問題なく処理できるだろうが、万が一にも帝国兵が魔人擬きと化した場合には苦戦が予想されるためだ。
「グルッ!」
ミルの左側を飛んでいたイムが鋭く鳴いた。イムは内側の欄干を乗り越え、眼下に視線を向けている。
「大変なの!」
ミルとイムの視線の先、門の内側の開けた場所で、ヴィクターと戦斧の面々が3体の恐るべき鉤爪と対峙していた。ミルは下へ降りる階段へと急ぐ。
ヴィクター、ガロンとノクタ、残りの戦斧のメンバーがそれぞれ1体ずつ相手取っているようで、ミルは一人で戦っているヴィクターの元へ駆けた。
しかし、魔王妃の眷属にミルとイムの到着を待つ必要などあるはずがなく、対峙している一体が軽く助走をつけてからヴィクターに跳びかかった。恐るべき鉤爪は赤茶色の羽毛に覆われた強靭な脚の先から伸びた鋭い鉤爪を正面に突き出している。
「僕を舐めないでほしいな」
ヴィクターはスピード任せで突貫してくる赤茶色の弾丸に慌てることなく、自然体で赤い槍を構えた。ロゼッタのものと同じ火竜の素材を用いた槍と、恐るべき鉤爪が交差した。
ヴィクターの脇を、恐るべき鉤爪が通り過ぎていく。その両脚の付け根から、赤い槍が生えていた。
「オニキスくんの方が速い」
物言わぬ肉塊に向けて爽やかに告げるヴィクターの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
その広場の一角の攻防が、他の2組の戦いの火蓋を切る。残りの恐るべき鉤爪は仲間がやられたことで警戒を強めたのか、不用意に飛び込むことはせず、大口を開けて毒霧を吐き出した。
「ノクタ!」
ガロンが叫び、ノクタが大盾を前面に構えて濁った緑の毒霧に突っ込む。ノクタは立ち込める毒霧を大盾で押しやりながら前進し、その背後にピッタリとガロンが続いた。
残りの三人は毒霧から逃れるように立ち位置を変えて、手斧を構え、その後の襲撃に備えている。
「イムちゃん!」
「グルッ!」
戦場に乱入した2つの小さな影の内、人ならざるものが火を噴いた。轟々と音を立てる火炎の吐息が手斧の冒険者たちの周囲の毒霧を焼き払い、敏捷性自慢の眷属を炙り出す。
「くらえ!」
戦斧の3人が一斉に手斧を投擲し、炎から顔を出した恐るべき鉤爪の頭蓋をかち割った。
「やあっ!」
それと同時に、緑の毒霧の中、死角から不意をついたミルがもう一体に一気呵成に斬りかかり、足の腱を切断する。眷属が悲鳴混じりに再び毒霧を撒き散らすが、耐毒の指輪を持つミルに対しては目隠し以上の意味を持たなかった。
そして、その目隠しも、短剣の届く範囲にいては全くもって用をなしていなかった。ミルが躊躇なく両手の短剣を振るい、亡き父の形見の魔剣で眷属の喉を掻き切った。
「やったの!」
「おいおい。俺の見せ場が……」
「あは、あはははは」
緑の霧が晴れ、短剣を手にしたまま拳を突き上げるミルの間近でガロンが肩をがっくりと落とし、ノクタが苦笑いを浮かべた。
直後、金属を硬い何かで切りつけたような甲高い音が響いた。僅かに弛緩した空気が、一気に張り詰めたものへと戻る。
何事かとミルが音の発生源に目を向けると、再び金属音が不快に鳴り響いた。
「ミル。恐るべき鉤爪はみんな倒したけど、門の向こうにはまだ刈り取り蜥蜴が残っているんだ」
駆け寄ってきたヴィクターの説明に、ミルは唇を強く引き結ぶ。ミルが門の上部に目を向けると、攻撃の指示を出しているファレスの声が小さく聞こえた。
「残念だけど、僕たちに門の上から刈り取り蜥蜴を攻撃する手段はない。でも、万が一、門が破られたときは……!」
ヴィクターが悔しさの中に決意を滲ませる。その周囲に戦斧の面々が集い、銘々が意気込みを口にする。そんな中、短剣を腰の鞘に収めたミルがイムを抱き寄せ、顔を突き合わせた。
「イムちゃん。お願いがあるの!」
「グルゥ?」
真剣なミルの表情に、イムが小さな頭を傾けた。
「ミル?」
ヴィクターが呼びかけるが、ミルはそれに気付いてか気付かずか、返事をすることなくイムを掻き抱いて走り出した。その先には外壁の上へと続く階段があった。
「グ、グルゥ……?」
「大丈夫。イムちゃんなら、きっとできるの」
ミルの腕の中で不安そうにしていたイムだったが、ミルの真摯な言葉で覚悟を決めたのか、真剣な声音で「グルッ!」と力強く鳴いた。
ヴィクターが追いかけてくるが、ミルの足は止まらず、ミルの腕から飛び出したイムを追って階段を駆け上がっていく。
「ミルさん!?」
ファレスが驚きの声を上げ、エリーネ他、門の上の防衛隊が目を見開く中、全力で階段を駆け上がってきた勢いそのままに、イムに続いてミルが外壁の欄干を跳び越えた。声のあるなしにかかわらず、皆の悲鳴が天を貫いた。
「イムちゃん!」
「グルゥゥウウ!」
空中で、ミルがイムの両足を掴む。イムが必死の形相で翼を羽ばたかせ、徐々に高度を落としながらも、門に張り付く刈り取り蜥蜴の上空で背面に回り込んだ。
「イムちゃん、よろしくなの!」
「グルゥ……グルッ!」
イムがミルをぶら下げたまま、斜め下方へ突進を開始する。勢いよく刈り取り蜥蜴に近付くイムとミル。外壁の上でヴィクターやファレスたちが固唾を呑んで見守る中、ミルが振り子のように振られてイムの足から手を離した。
「ミル!!」
ヴィクターらの叫びや皆の悲鳴が辺りに響くが、当のミルの耳には届かない。否、音として届いてはいても、極限まで高めた集中が不要な情報を遮断していた。
ミルは空中で短剣を抜き放ち、普段の逆手ではなく順手で握ると、体を小さく丸めて縦に回転を開始した。くるくる、くるくると落下に合わせて徐々に回転を速め、刈り取り蜥蜴の後頭部に迫る頃にはハンドスピナーのように高速で回っていた。
歯車と化したミルは外周の短剣の刃で眷属の後頭部に着地すると、落下の勢いをそのままに、回転したままその背に沿って進み、尻尾の付け根まで2本の赤い線を描き出した。眷属の悲鳴が木霊する。
ミルが尾を蹴って跳ね上がり、着地と同時に立ち上がって左手の短剣の切っ先を刈り取り蜥蜴に向けた。
「門は壊しちゃダメなの!」
小さな勇者の傍らに、小さなドラゴンが寄り添う。苛立たし気に地団駄を踏んだ魔王妃の眷属が、門に向けて振り上げていた死神の鎌を下ろし、ミルとイムに向き直った。
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