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第十章

10-1.達成報告

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「改めて、ジン、レナさん、ミル、ロゼ。ご苦労様。そして、セシル。お帰りなさい」

 エルフの里を発って数日後、仁たちはイムとドラゴンの件の報告のために、帝都のコーデリアの元を訪れていた。城に着いて早々、仁たちは応接間に通され、ほどなくしてコーデリアが姿を見せた。皆が豪華なテーブルを囲んで座り心地の良いソファーに腰掛け、一通りこれまでの経緯を話し終えると、コーデリアは仁たちに再度労いの言葉をかけると共に、セシルに晴れやかな笑顔を贈った。

「ドラゴンが戻ってきたと報告を受けた時にはどうなることかと心配していたけれど、無事で何よりだわ。最悪のタイミングかと肝を冷やしたけれど、結果的には良いタイミングだったようね」
「そうですね。ミルがイムに名前を付けたいと言い出していなかったら、どうなっていたことか」
「ミル。お手柄だったわね」

 コーデリアから笑みを向けられたミルが照れたようにはにかむ。仁を召喚したての頃からは想像もできないような穏やかな笑顔のコーデリアに、仁の頬が自然と緩む。仁の視線に気付いたコーデリアはわざとらしく咳払いをすると、仁を除いた4人に、順に視線を送っていく。

「それで、報酬の件だけど――」
「期待していいんですよね!?」

 仁がコーデリアの言葉をさえぎって前のめりになると、コーデリアは怖いくらいの完璧な笑顔を浮かべた。

「強欲魔王様には私の半生を捧げましたよね? それで足りないようでしたら、私の残りの人生の全てを捧げる他ありませんが、あなた様はこの地に骨を埋める覚悟はおありかしら? もしあるのでしたら、夜の相手でも何でもお引き受けいたしますけれど?」
「ご、ごめんなさい……」

 仁は「ちょっとした冗談だったのに……」と情けなく呟きながら、すごすごと引き下がる。コーデリアは何食わぬ顔で、苦笑いを浮かべている玲奈たちに向き直った。

「以前は皆さんに断られてしまったけれど、気持ちは変わっていないのかしら? 私の部下であるセシルはともかく、レナさんとミル、ロゼには依頼の達成報酬を受け取る権利があるわ」
「私は仁くんが貰った分で十分です。仁くんが貰ったものは私にとっても必要なものですし」
「ミルもレナお姉ちゃんと一緒なの」
「自分はレナ様の奴隷ですので、主人を差し置いて自分が貰うわけには参りません」
「そう……」

 コーデリアは3人の答えを予想していたのか、あっさりと受け入れ、ソファーの脇から小さな革袋を持ち出すと、仁に差し出した。

「そこでねてる魔王。受け取りなさい」
「これは?」

 仁が受け取ると、革袋の中からジャラジャラと音が鳴った。ずっしりとしたその重さに、仁は目を丸くする。

「僅かばかりだけれど、私からの気持ちよ。一応復興を手伝ってくれている冒険者に話を聞いて、そこからあなたたちがメルニールを離れていた期間、ダンジョンに潜っていた場合の額を試算したわ。代表してあなたに渡すけれど、一人で使ってはダメよ。決して色街で豪遊なんてするんじゃないわよ。皆のために使いなさい」
「あの、コーディー。大変ありがたい話ですけど、俺のことを何か変に誤解してません?」
「あら? 私はあなたという人物を正しく理解しているつもりだけれど?」

 仁は著しいほどの見解の相違を感じたが、藪蛇になることを恐れて引き下がる。ふと、もしかして裸を見てしまったことを根に持っているのかという考えが浮かぶが、別に仁が覗いたわけではなく、奴隷は物だからとコーデリアが勝手に脱いだだけで、仁に非はないはずだ。もし仮にそのことが原因でコーデリアが仁に偏見を抱いているのだとしたら、とんだ言いがかりをつけられているのに等しい。

 仁がコーデリアのあられもない姿を思い出しながら、これはやはり抗議しておくべきかと思い直していると、いつの間にかコーデリアの半眼が仁に向いていた。

「ジン。何を考えているのかしら?」
「い、いえ、特に何も考えていませんよ……?」
「そう。ならいいのだけれど」

 見透かしたようなコーデリアの視線から逃れようと仁が横を向くと、玲奈が不思議そうに首を傾げていた。仁は乾いた笑いで誤魔化しながら、報酬の革袋をアイテムリングに収納する。コーデリアは呆れ顔で肩をすくめると、セシルに向き直った。セシルは仁たちと同様に席についていることに落ち着かない様子だった。

「さて。それではセシル。長期間の任務、ご苦労様でした」
「い、いいいえ、勿体ないお言葉です」
「何か得るものはあったかしら?」
「は、はい……」

 セシルの歯切れの悪い答えに、コーデリアが眉をひそめた。

「何か心残りでもあるのかしら?」
「そ、それは……」
「何か思うところがあるのなら、遠慮せずに言いなさい」

 俯いたセシルがチラッと仁を盗み見る。コーデリアはその僅かな仕草を見逃さない。

「この変態魔王が私の大切な部下に何かしたのかしら」

 コーデリアの細められた目が仁を捉えた。仁がとんでもない呼称に目を白黒させていると、セシルが慌てた様子で口を開く。

「ご、ご主人様、誤解です!」
「何がどう誤解なのかしら?」
「そ、その! ジンさんに何かされたのではなく、まだされていないと言いますか、してもらう直前で邪魔が入ったと言いますか……」

 勢い込んだセシルの言葉が尻つぼみに消える。コーデリアは若干頬を赤らめると、大きな溜め息を吐いた。

「それで、それが心残りだということね」
「は、はい……」

 そう言ってセシルは真っ赤な顔を伏せた。コーデリアはチラチラとセシルと仁を見比べる。

「い、今のセシルは奴隷ではないし、あなたたちの関係に口を出すつもりはないけれど、大事な任務の途中に、いったい何をやっていたのかしら……」
「ご、誤解だっ!」

 仁が立ち上がるが、コーデリアは視線を下に向けてぶつぶつと呟いている。

「そもそもジンは変態だけれど、レナさん一筋だと思っていたのにセシルに手を出そうとするなんて……。セシルがそれを望んでいるのなら私が否定することではないかもしれないけれど、手当たり次第みたいでどうなのかしら。ま、まぁ身分の高いものが側室を持つのは珍しいことではないけれど、英雄色を好むっていうのは本当なのかしら。もしかして、本当に私も狙われていたりして……?」

 チラッと顔を上げたコーデリアの視線が仁の視線とぶつかり、コーデリアは茹で上がった顔を即座に逸らした。

「コ、コーディー。何か誤解しているみたいですけど、コーディーが想像しているようなことじゃないですよ? 訓練の話ですからね!?」

 仁が必死の形相で弁明する。一人の世界に入り込んでいたコーデリアだったが、仁が何度も繰り返している内に深呼吸を繰り返し、平静を装う。

「ジ、ジン。部屋はこちらで用意するわ。だからあなたは最後まできちんと責任を取りなさい。セシルに恥をかかせることは、ゆ、許さないわ! いいわね!」

 真っ赤になったコーデリアが仁に指を突きつける。

「いや、あの、コーディー。ちゃんと話を聞いてください! セシルが言っているのは訓練の話なんですって!」
「は? あなたは責任を取るつもりはさらさらなく、セシルを汚らわしい行為の練習台にしようとしているだけだと?」

 スッと表情を失くしたコーデリアが仁に底冷えするような目を向けた。仁の背筋を悪寒が駆け上がる。

「ち、違います!」
「何がどう違うのか、今すぐ説明してくれるかしら?」
「だから、さっきからずっと言ってるじゃないですか! 玲奈ちゃん、ミル、ロゼ。誰でもいいから早くこの状況を何とかしてくれ!」

 暖かな部屋の中で凍えるような寒さを感じながら、仁が声を張り上げる。仁の切実な叫びが、煌びやかな調度品で飾られた応接室に木霊こだましたのだった。
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