6 / 25
初めての付与
しおりを挟む
朝が来たーー。
暖かい布団の中で目覚め、今日も会社行くの怠いなぁなんて思いながらもベッドから降りて身支度を済ませる。
居間を通って洗面所へ向かい顔を洗って髪を整える。
適当に朝食を食べてメイクして行ってきますで始まる普通の1日に戻ってれば良かったのに…。
現実はテントの中での目覚め。
「!」
目を擦った手のしわしわ具合に悲鳴を上げそうになった。
自分がまだお婆ちゃんになったという実感が湧かないのだから仕方がない。
毎日のように鏡と睨めっこして、一緒に年月を重ねていってれば老いも驚くことじゃないのだろうけど。
ただ私の場合は、昨日まで32歳だった自分が一気に80歳近くの自分になったんだ。
何かのドッキリかと思いたくなるのも無理はない。
現実だ。受け入れろ。
そんな言葉一つで受け入れられるか!
48年だぞ?
48年分の老いが次の日一気に来るんだぞ!
そんな恐怖を受け入れろで受け入れられるわけないだろ!
しかも若い聖女の身代わりで!
生贄状態もいいところだ!返せ!32歳の私を!
「……怠いなぁ」
この老いた顔と体と向き合えるだけの精神力と気合いが、いつまでもつか…。
「ふんっ!!!」
そんな後ろ向きなことを考える自分に取り敢えず両頬ビンタして喝を入れることにした。
「なに!?何事!?」
私の声量とビンタ音に驚いたのだろう。
鼻提灯を出して寝ていたフィルギャが目を覚まして慌てている。
「おはようフィルギャ」
「おはようアキラ…
両頬赤くなってるけどどうしたの?」
「呪いかけるための気合い入れ」
ああ、そうとも!
弱音を吐いてる時間があるなら弱体能力の特訓あるのみだ!
首洗って待ってろよ褐色皇子!
◇
「さて…朝の魚も食べたことだし」
「出発する?」
魚の骨を爪楊枝代わりにするフィルギャがおっさんに見えた絶望。
見た目子供でも中身おっさんを見てる気分だよ。
そういう転生ものあったよね?
あれ好きだったわ。笑えて。
「一番近い街か村ってどっちにあるかわかる?」
「一番近いのはここから東に行ったところにある
《ディブル》って田舎街かな
田舎街って言っても大きくて冒険者ギルドや漁港
観光名所もあるとっても良い場所だよ」
そんな良い場所に送ってくれるなんてベネットくんは良い人だったのか!
来いよベネット!頭突きくらいで勘弁してあげるから。
「でも最近は役人さんが仕事放棄気味で
取り締まりなんかも緩くて人攫いが横行してるから
観光客は激減しててならず者や冒険者の街になってきてるかな」
前言撤回。来いよベネット!
血祭りにあげてやるから!!
そんな物騒なところに婆ちゃん放り投げるって人としてどうなの!?
うん!人として終わってたね!
あの褐色皇子に付いてる時点で終わってたわ!
「この世界でまともな人間は
アランドロン様だけなのかしらね…」
「アランドロンは良い人だよ!」
フィルギャが良い人というくらいなら本当に良い人なんだろう。
人間たちに呆れてるって言ってた妖精が良い人認定してるんだから。
「彼は光の精霊ウィスプちゃんの加護を受けてるんだけど
その強さと人望の厚さから人にも妖精にも人気だよ
世界屈指と名高い5人のうちの1人だからね」
そんなすごい人があの褐色皇子の下にいるなんて…アランドロン様も褐色皇子と同類なのかもね。
良い人なんて蓋を開ければ腹黒ってことが多いからね。
さようなら。一瞬でも良い人だと思ってしまった私の良心。
一瞬でも私に良い人だと思い込ませた大型犬アランドロン様。
「さて、行こうか
この体じゃ休み休み歩いて行かないといけないからね」
「体力もつけないとだね」
「それなー…」
異世界散歩の第一歩だ!
いざ行かん!ふかふかのベッドがある宿屋を目指して!
「……その前にお金どうするよ」
「木の葉をお金に変える?」
「え、君ってばタヌキなの?」
◇
川沿いに歩き進み早1時間。
フィルギャにこの世界のお金についてや冒険者のこと。
ギルドのことなど色々聞いてわかったことは、低ランクミッションなら冒険者じゃなくても商業ギルドで受けられお金が貰えること!
冒険者ギルドではモンスターや賊の討伐。
護衛の依頼や洞窟内の見取り図作りなんかも入ってるらしく、戦えない人間は確実に命を落とす依頼ばかりらしい。
反対に商業ギルドは庭掃除から家事。買い物や薬草探し、武器防具の調達納品など大人から子供までできる依頼が揃っているらしい。
お婆ちゃんになってしまった私でもできる商業ギルドの依頼があれば良いな。
「ここで一休みしようアキラ」
「ああ…うん。そうだね」
お喋りしながら歩いてたこともあり息絶え絶え。
フィルギャに貰った杖を突いてここまで来たけど…私ってば体力なさ過ぎ。
異世界の風景を見ながらの散歩にうきうきらんらんする余裕すらない。
歩くだけで精一杯。呼吸するだけで精一杯。
生きぬくだけで精一杯だ!
「体力ないって本当につらい…」
「魔核に能力強化効果付与してみる?
もしかしたら体力強化の効果が付くかも!」
……あ。完全に忘れてた。
弱体能力のことしか頭になかったわ。
上昇能力か…きっと私運がないから出ないだろうな。
「とりあえずやってみようか
初めての能力付与」
「うん!」
イメージは火。SNSの炎上。
頭は冷静、心には怒り!
それをガチャガチャのカプセルに閉じ込めるイメージ!
ぐっと魔核を握りしめてイメージし続けてみれば、最初フィルギャに教えてもらった時にあった暴走感はなく、契約した時のような熱が拳に集まり熱くなるのを感じた。
フィルギャがもう良いよ。というので握り拳を解けば、透明だった魔核が紫色に変色していた。
「え…なにこれ」
「魔核の中に色が灯れば付与が成功した証拠だよ
紫魔核は何が付与されるかわからないランダム効果付与だよ」
「ランダム効果か…それじゃダメだね」
「しかもアキラこれ…弱体能力の効果だよ」
「嘘…上昇能力じゃないの?」
「上昇能力を付与する時は相手のことを思うんだよ
弱体能力はもう呪いだから怒りで付与されちゃうと思うけど
上昇能力の時は誰かのためにを願って!」
誰かのためにを願うーー。
私にそんな聖人的思考は存在しない。
願ったところで何になる?
誰かのためにを願ったところで叶うわけがない。
願って叶うくらいなら全員が宝くじ当たってるよ。
願っても叶わないことなら、最初から望みはしない。
望むから欲しくなるんだ。
望まなければ今ある幸せだけで事足りる。
「誰かのためになんて聖人君子だね
私はなれそうにないよ」
これは皮肉だ。
自分で自分を皮肉る言葉だ。
「…別になる必要はないよ?」
「?」
「アキラはアキラのままでいてよ
周りに流されず、これが自分だ!
って思える人であってよ」
《晶は晶で良いの》
ああ。たしか祖父母もそう言ってた。
私はこのままで良いと。
性格が歪んでようが、言葉に棘があろうが、口が悪かろうが、素行が悪くとも。
心が保たれるならそれで良いと言ってたっけね。
でも盗みや殺しは犯罪だから絶対にするんじゃないと念を押された。
いや、押されなくてもそれやったらもう人として終わってるよ。
周りができないことをやるスリルを味わうとか、やってやったなんて達成感があるとも思えない。
それをやった時点で窃盗だ。
手にべっとり付く血に快楽なんて感じない。
不愉快で不愉快で汚らしいとしか思えない。
“綺麗”とか“生きてる証”なんて言う人もいるけど、絵の具の赤を水で薄めたような色の何が綺麗で生きてる証なのかわからなかった。
心臓が脈打ってんだから血なんて見なくても生きてるだろって思ってた。
周りと感じる価値観が根本的に違ってる私。
これは”異常“とも”個性”とも捉えられるもの。
“誰かのために”なんて願えない。
だけど“私のために”なら願えそうだ。
私はそういう人間だから。
「私が生きのびるための力来いや!」
豪快な掛け声と共に握り拳を天に掲げる。
まるでギャルのパンティーおくれみたいなポーズだがこの際気にしない。
弱体能力効果が付いた時同様に拳に熱がこもった。
さっきと似たようなタイミングで握り拳を解けば、透明だった魔核が今度は緑色に変色していた。
おまけに白の一本線が入ってる。
「すごいよアキラ!緑魔核!
しかも一本線が入ってるのは体力強化付与の効果だよ!」
生に対する執念って馬鹿にできないな。
とりあえず紫魔核は杖に装備。
緑魔核は街に着いたらアクセに加工しよう。
ドリュアスちゃんにこう言う感じで木の精霊の価値を広めるよって伝えなきゃだしね。
「休憩終了。行くか」
そして私はまた歩き始めた。
いつ到着するかわからない田舎街《ディブル》を目指して ーー。
暖かい布団の中で目覚め、今日も会社行くの怠いなぁなんて思いながらもベッドから降りて身支度を済ませる。
居間を通って洗面所へ向かい顔を洗って髪を整える。
適当に朝食を食べてメイクして行ってきますで始まる普通の1日に戻ってれば良かったのに…。
現実はテントの中での目覚め。
「!」
目を擦った手のしわしわ具合に悲鳴を上げそうになった。
自分がまだお婆ちゃんになったという実感が湧かないのだから仕方がない。
毎日のように鏡と睨めっこして、一緒に年月を重ねていってれば老いも驚くことじゃないのだろうけど。
ただ私の場合は、昨日まで32歳だった自分が一気に80歳近くの自分になったんだ。
何かのドッキリかと思いたくなるのも無理はない。
現実だ。受け入れろ。
そんな言葉一つで受け入れられるか!
48年だぞ?
48年分の老いが次の日一気に来るんだぞ!
そんな恐怖を受け入れろで受け入れられるわけないだろ!
しかも若い聖女の身代わりで!
生贄状態もいいところだ!返せ!32歳の私を!
「……怠いなぁ」
この老いた顔と体と向き合えるだけの精神力と気合いが、いつまでもつか…。
「ふんっ!!!」
そんな後ろ向きなことを考える自分に取り敢えず両頬ビンタして喝を入れることにした。
「なに!?何事!?」
私の声量とビンタ音に驚いたのだろう。
鼻提灯を出して寝ていたフィルギャが目を覚まして慌てている。
「おはようフィルギャ」
「おはようアキラ…
両頬赤くなってるけどどうしたの?」
「呪いかけるための気合い入れ」
ああ、そうとも!
弱音を吐いてる時間があるなら弱体能力の特訓あるのみだ!
首洗って待ってろよ褐色皇子!
◇
「さて…朝の魚も食べたことだし」
「出発する?」
魚の骨を爪楊枝代わりにするフィルギャがおっさんに見えた絶望。
見た目子供でも中身おっさんを見てる気分だよ。
そういう転生ものあったよね?
あれ好きだったわ。笑えて。
「一番近い街か村ってどっちにあるかわかる?」
「一番近いのはここから東に行ったところにある
《ディブル》って田舎街かな
田舎街って言っても大きくて冒険者ギルドや漁港
観光名所もあるとっても良い場所だよ」
そんな良い場所に送ってくれるなんてベネットくんは良い人だったのか!
来いよベネット!頭突きくらいで勘弁してあげるから。
「でも最近は役人さんが仕事放棄気味で
取り締まりなんかも緩くて人攫いが横行してるから
観光客は激減しててならず者や冒険者の街になってきてるかな」
前言撤回。来いよベネット!
血祭りにあげてやるから!!
そんな物騒なところに婆ちゃん放り投げるって人としてどうなの!?
うん!人として終わってたね!
あの褐色皇子に付いてる時点で終わってたわ!
「この世界でまともな人間は
アランドロン様だけなのかしらね…」
「アランドロンは良い人だよ!」
フィルギャが良い人というくらいなら本当に良い人なんだろう。
人間たちに呆れてるって言ってた妖精が良い人認定してるんだから。
「彼は光の精霊ウィスプちゃんの加護を受けてるんだけど
その強さと人望の厚さから人にも妖精にも人気だよ
世界屈指と名高い5人のうちの1人だからね」
そんなすごい人があの褐色皇子の下にいるなんて…アランドロン様も褐色皇子と同類なのかもね。
良い人なんて蓋を開ければ腹黒ってことが多いからね。
さようなら。一瞬でも良い人だと思ってしまった私の良心。
一瞬でも私に良い人だと思い込ませた大型犬アランドロン様。
「さて、行こうか
この体じゃ休み休み歩いて行かないといけないからね」
「体力もつけないとだね」
「それなー…」
異世界散歩の第一歩だ!
いざ行かん!ふかふかのベッドがある宿屋を目指して!
「……その前にお金どうするよ」
「木の葉をお金に変える?」
「え、君ってばタヌキなの?」
◇
川沿いに歩き進み早1時間。
フィルギャにこの世界のお金についてや冒険者のこと。
ギルドのことなど色々聞いてわかったことは、低ランクミッションなら冒険者じゃなくても商業ギルドで受けられお金が貰えること!
冒険者ギルドではモンスターや賊の討伐。
護衛の依頼や洞窟内の見取り図作りなんかも入ってるらしく、戦えない人間は確実に命を落とす依頼ばかりらしい。
反対に商業ギルドは庭掃除から家事。買い物や薬草探し、武器防具の調達納品など大人から子供までできる依頼が揃っているらしい。
お婆ちゃんになってしまった私でもできる商業ギルドの依頼があれば良いな。
「ここで一休みしようアキラ」
「ああ…うん。そうだね」
お喋りしながら歩いてたこともあり息絶え絶え。
フィルギャに貰った杖を突いてここまで来たけど…私ってば体力なさ過ぎ。
異世界の風景を見ながらの散歩にうきうきらんらんする余裕すらない。
歩くだけで精一杯。呼吸するだけで精一杯。
生きぬくだけで精一杯だ!
「体力ないって本当につらい…」
「魔核に能力強化効果付与してみる?
もしかしたら体力強化の効果が付くかも!」
……あ。完全に忘れてた。
弱体能力のことしか頭になかったわ。
上昇能力か…きっと私運がないから出ないだろうな。
「とりあえずやってみようか
初めての能力付与」
「うん!」
イメージは火。SNSの炎上。
頭は冷静、心には怒り!
それをガチャガチャのカプセルに閉じ込めるイメージ!
ぐっと魔核を握りしめてイメージし続けてみれば、最初フィルギャに教えてもらった時にあった暴走感はなく、契約した時のような熱が拳に集まり熱くなるのを感じた。
フィルギャがもう良いよ。というので握り拳を解けば、透明だった魔核が紫色に変色していた。
「え…なにこれ」
「魔核の中に色が灯れば付与が成功した証拠だよ
紫魔核は何が付与されるかわからないランダム効果付与だよ」
「ランダム効果か…それじゃダメだね」
「しかもアキラこれ…弱体能力の効果だよ」
「嘘…上昇能力じゃないの?」
「上昇能力を付与する時は相手のことを思うんだよ
弱体能力はもう呪いだから怒りで付与されちゃうと思うけど
上昇能力の時は誰かのためにを願って!」
誰かのためにを願うーー。
私にそんな聖人的思考は存在しない。
願ったところで何になる?
誰かのためにを願ったところで叶うわけがない。
願って叶うくらいなら全員が宝くじ当たってるよ。
願っても叶わないことなら、最初から望みはしない。
望むから欲しくなるんだ。
望まなければ今ある幸せだけで事足りる。
「誰かのためになんて聖人君子だね
私はなれそうにないよ」
これは皮肉だ。
自分で自分を皮肉る言葉だ。
「…別になる必要はないよ?」
「?」
「アキラはアキラのままでいてよ
周りに流されず、これが自分だ!
って思える人であってよ」
《晶は晶で良いの》
ああ。たしか祖父母もそう言ってた。
私はこのままで良いと。
性格が歪んでようが、言葉に棘があろうが、口が悪かろうが、素行が悪くとも。
心が保たれるならそれで良いと言ってたっけね。
でも盗みや殺しは犯罪だから絶対にするんじゃないと念を押された。
いや、押されなくてもそれやったらもう人として終わってるよ。
周りができないことをやるスリルを味わうとか、やってやったなんて達成感があるとも思えない。
それをやった時点で窃盗だ。
手にべっとり付く血に快楽なんて感じない。
不愉快で不愉快で汚らしいとしか思えない。
“綺麗”とか“生きてる証”なんて言う人もいるけど、絵の具の赤を水で薄めたような色の何が綺麗で生きてる証なのかわからなかった。
心臓が脈打ってんだから血なんて見なくても生きてるだろって思ってた。
周りと感じる価値観が根本的に違ってる私。
これは”異常“とも”個性”とも捉えられるもの。
“誰かのために”なんて願えない。
だけど“私のために”なら願えそうだ。
私はそういう人間だから。
「私が生きのびるための力来いや!」
豪快な掛け声と共に握り拳を天に掲げる。
まるでギャルのパンティーおくれみたいなポーズだがこの際気にしない。
弱体能力効果が付いた時同様に拳に熱がこもった。
さっきと似たようなタイミングで握り拳を解けば、透明だった魔核が今度は緑色に変色していた。
おまけに白の一本線が入ってる。
「すごいよアキラ!緑魔核!
しかも一本線が入ってるのは体力強化付与の効果だよ!」
生に対する執念って馬鹿にできないな。
とりあえず紫魔核は杖に装備。
緑魔核は街に着いたらアクセに加工しよう。
ドリュアスちゃんにこう言う感じで木の精霊の価値を広めるよって伝えなきゃだしね。
「休憩終了。行くか」
そして私はまた歩き始めた。
いつ到着するかわからない田舎街《ディブル》を目指して ーー。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
18
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる