[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

1節 神官の少女

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 その扉を、私は早鐘を打つ心臓を押さえながら、意を決して開いた。
 ギイィィッ……と、錆びた蝶番ちょうつがいがきしむ音と共に、来客を告げる鐘がガラン、ガラン、と鳴り響く。
 夜の暗さに慣れかかっていた目に屋内の光が浴びせられ、目の前が白く染まる。反射的に目を細め……わずかな間を置いて回復した視界に、店内の様子が少しづつ映し出されてきた。

 入り口から正面には受け付けカウンター。寡黙そうな男性が奥に立ち、木製の杯にお酒らしきものを注いでは、カウンター席の客に振る舞っている。
 奥の厨房では何人かの女性が忙しそうに調理し、盛り付け、カウンターに並べ、出来上がったそれを、普段着にエプロン姿のウエイトレスさんが客席に運ぶ。

 簡素な木製のテーブルが並ぶ客席には、全身に鋼鉄の鎧を纏った戦士が杯を握ったまま酔いつぶれ。
 聖印と聖服を身に着けた神官が心配そうに介抱し。
 ローブに身を包んだ魔術師は呆れたような様子を見せながら料理に口をつけ。
 耳が長く痩身そうしんのエルフは素知らぬ顔でちびちびと。背は低いがガッシリした体躯のドワーフは笑いながら豪快に。
 他にも大勢の客が、思い思いに宴を楽しみ、隣席の人との語り合いに花を咲かせていた。

「(……この人たちが……)」

 この場にいるのは皆、報酬と引き換えに体一つで様々な依頼を請け負う人たち。〝危険をおかす者〟――冒険者。
 ここは、〈剣の継承亭〉。彼ら冒険者に依頼を振り分け、食事や宿を提供する、『冒険者の宿』と呼ばれる施設の一つだった。

 居を構えているのは、この国、パルティール王国王都で最も治安が悪いと言われる、下層と呼ばれる街。
 住民の大多数が貧困層や難民、逃亡犯で占められており、冒険者もその延長上にいるという。
 上層や中層の住人たちは、

「報酬次第で〝本当に〟〝なんでも〟する」

「ほとんどが犯罪者」

「出会って五秒で行為に及ぶ」

 といった彼らの噂に、少なくない恐れを抱いていた。

 耳にした私も例に漏れず、相当に覚悟して足を踏み入れたのだけど……
 思想の相容れない神官や魔術師、不仲と言われる他種族同士ですらも、陽気に同じ卓を囲んでいる眼前の光景からは、噂に聞いた恐ろしげな様子はあまり感じられない。
 予想と現実のギャップを、私はしばし、茫然と眺めていた。

「客か」

 自分にかけられたと思われるその一言で、我に返る。
 声の主は、カウンターの奥に立つ、あの寡黙そうな男性だった。
 細身だが引き締まった体。物静かで無表情ながら、どこか威圧感を感じる細面。
 年齢は二十代後半ほどに見えるが、先ほどかけられた声の響きや落ち着いた物腰からは、もっとずっと成熟した印象を受けた。彼が、このお店のマスターだろうか。

「あ……は、はい。こんばんは!」

 ここまで一言も発していなかったことに気づき、慌てて頭を下げつつ挨拶を返す。
 よく見れば、視線を向けているのはマスターだけではなかった。カウンター席に座っている冒険者たちも、振り向いて物珍しそうにこちらを見ている。
 そしてそのうちの何人かは、実際に話しかけてもきた。

「その服……ひょっとして総本山の神官か?」

「『上』からわざわざ寄進でも集めに来たのか、嬢ちゃん」

「お前さんみたいのが下手にうろついてたら、身ぐるみ全部剥がれちまうぞ」

 口々に言われ、改めて自分の姿を思い返す。

 年齢は今年で十六を迎えるが、身長は同年代と比べるとわずかに足りない。
 肩まで伸びた栗色の髪はベールで覆われ、身体はゆったりとした白のローブに包まれている。
 首から提げているネックレスは、を模した羽の中心に剣を頂く聖印。世界を創造したという女神、アスタリアに仕える神官の証。
 両腕には手甲を備え付けたグローブ。足元は頑丈なブーツ。背中には荷物を詰め込んだ大きなナップザックを背負っている。

 一般的な一神官の旅装、だと思う。店内を見渡せば、似た風体の人を幾人か見つけることもできる。
 なのに注目されるのは、私が着ている聖服が原因だ。
 通常より上等な生地で仕立てられ、各所に精緻せいちな意匠も施されたそれは、〈アスタリア神殿教会正殿〉――通称『総本山』に所属していることを示す証。上層に暮らす貴族を中心とする、特別な神官しか着用を許されていない、最上級の聖服だった。

 付け加えるなら、それを纏う者が下層に降りるのは非常にまれな事態でもあるため、今現在こうして好奇の視線に晒されている。
 正直いたたまれないけれど、予想していたことでもある。それに、そもそも私は――

「――あの……オルフラン・オルディネールさん、ですか? ここの、マスターの」

「ああ」

 物思いを半ばで打ち切り、目の前の推定マスターに尋ねると、簡潔な肯定の返事をもらえる。

「……はじめまして。私は、〈アスタリア神殿教会正殿〉に所属する、リュイス・フェルムといいます。クラルテ司祭の代理として、依頼を預かって参りました」

 カウンターまで歩みより、私は師事している司祭さまからの手紙を渡す。オルフランさんとは、古くからの知り合いらしい。

「リュイス……あいつの言っていた弟子か。…………フェルム……」

「……? どうか、しましたか?」

 口ぶりからも面識があるのは窺えたが、私の名を耳にした彼は、不意に怪訝な表情を浮かべる。

「……いや、どこかで聞いた気がしただけだ。すまない」

 謝罪し、手紙を受け取ると、彼は無言で目を通し始める。

 手紙の内容は依頼の概要と、神殿からの紹介状だ。
 紹介状が無いものは、正式な依頼として認められない場合があるという。依頼を隠れ蓑に犯罪の片棒を担がされる事例もあるため、防ぐには必要な措置なのだろう。
 下層の中には、犯罪だと承知で斡旋する場所もあるらしいが。

「…………」

 手早くそれらを読み終えたマスターは、目を細め、なにかを考え込む様子で動きを止めていた。手紙に目を通す前より、かすかだが眉間にしわが寄っているように感じる。

「シスター」

 黙考を終え、彼は短くこちらに呼び掛ける。

「内容に不備がなければ、この依頼は相当に危険なものだ。……当てはあるのか?」

 問われ、再び心臓が早鐘を打ち始める。
 徐々に激しくなっていく鼓動を抑え付けるように手を押し当て、私は言葉を絞り出した。

「……はい。ここに、〈剣帝けんてい〉さまはいらっしゃいますか?」

 わずかに、周囲がザワついた気がした。


  ――――


 それは、今から十年前の魔王討伐に、護衛として同行した剣士の二つ名だった。

 その剣に断てぬもの無く。その剣に触れる事叶わず。
 苛烈にして精妙の剣を振るう、並ぶ者なき剣の帝王。

 何処からか現れた無名の剣士は、各地を渡り武勲を立て、いつしか先の二つ名で呼ばれるようになり、果てにその実力を買われ、勇者の護衛――守護者となった。
 無事使命を果たせば莫大な富と名声、そして新たな貴族に迎えられると約束された、最高の栄誉であり善行の一つ。それを、なんの後ろ盾も無い流れ者の剣士が、自らの腕と一振りの剣のみで掴み取った。

 しかし……〈剣帝〉は、魔王討伐の旅半ばでその全てを捨て去り、忽然こつぜんと姿を消してしまう。そしてそれ以降、二度と人々の前に姿を現すことはなかった。

 仲間の一人を欠いたまま、それでも勇者は魔王に挑み、使命を全うするが、その際の負傷が元で帰らぬ人となる。

〈剣帝〉の失踪は勇者の死の遠因とされ、英雄は罪人に、称賛は罵声に転じる。反面、その武勇の確かさも広く語り継がれており、評価は定まっていない。
 今でも噂を好む者たちの間では、失踪の真相や、その後の足跡が話題に上る。

「人知れず命を落とした」「仲間との確執で分かれた」「戦いに疲れて|隠遁いんとんしている」
「○○の国に投獄されているらしい」「素性を隠し冒険者に紛れているそうだ」「いや、●●国に匿われてると聞いたぞ」――……


  ――――


「嬢ちゃん、気は確かか? 十年も前に消えた人間だぞ」

 しかし、私の問いに周囲の客は、顔を見合わせ口々に言う。

「ひょっとして、『隠れて冒険者やってる』って噂か? ガセだろ、あれ」

「仮に本当だとしても、なんの伝手つてもなしに依頼受けちゃくれねえだろ」

 彼らの指摘は、私自身重々承知していた。
 十年もの間消息が掴めず、噂だけが独り歩きしている人物なのだ。剣を捨てたという噂はおろか、死亡説も少なくない。
 捜し当てられる見込みが薄いことも、依頼を受けてくれるとは限らないことも、理解している。
 それでも私は、すがるようにマスターを見るが……

「……」

 彼は、無言で首を横に振る。

「そう、ですか……」  

 やっぱり、と思う気持ちもあったが、それ以上にショックが大きかった。私は、自分で思う以上に期待していたらしい。

「〈剣帝〉は紹介できんが、依頼をこなせそうな奴をこっちで見繕うことはできる。異存がなければ、だが」

「……え、と……」

「あくまで自分で選ぶなら、この中から探してもいい。一応、うちは腕利きが揃っている」

「一応ってなんだよマスター」

 カウンターに座っていた剣士から不満が飛ぶが、当の本人は素知らぬ顔だった。

「(……どうしよう)」

 実際、いつまでも落ち込んではいられない。司祭さまがここを紹介してくださったのはおそらく、見つからなかった場合に備えてでもあるのだ。
 が、正直なところ、どうやって依頼に適した人を探せばいいのか、分からない。

 私には、他者の力量を測れるほどの観察眼がない。経験がない。
 この場にいるのは、誰もが私より腕の立つ人ばかりに思える。
 初めて訪れた場所、初めて接する人々に気圧され、冷静に見定めることも難しい。
 誰に話しかければいいのか。誰なら依頼を成功させてくれるのか。そもそも引き受けてくれるのか。
 それともやはり、見識のない私などが選ぶより、素直にマスターの厚意に甘えるべきだろうか。

 と――

「……?」

 途方に暮れながら周囲を見回していた私の目に飛び込んできたのは、自身の腕を枕にして眠る、一人の女性の姿だった。
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