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第1章
幕間2 ある盗賊の受難
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下層へトンボ返りした俺は、まずは借りた馬を馬屋に返した(無事に生かして返却したので賃料だけで済んだ)。
そしてあまり人目は引かないよう静かに、しかし急ぎ足で、〈剣の継承亭〉へ真っ直ぐ向かう。
〈黒腕〉を尾行した際に場所は突き止めていた(そもそもいろんな意味で有名だったが)ため、迷うことはなかった。店まで辿り着き、多少乱暴に扉を開けると、来客を告げる鐘が大きく鳴り響く。
まだ夕刻前なのもあり、客の入りはまばらだった。幾人か入り口に目を向けるのもいたが、構わず正面のカウンターに向かい、そこに立つ店主と思しき男に声を掛ける。
「あんたが、ここのマスターか」
「ああ」
「あんたに話がある。俺は――」
以前あんたの娘に痛い目に合わされたので報復しようとしたが返り討ちに遭った男だ――とは言い辛いので、通りすがりに言伝を頼まれた冒険者という体で話を切り出そうと、懐から例の短剣を――
「……なあ、お前、今朝アレニエと神官の嬢ちゃんを付け回してたっていう北地区のヤツじゃねえか?」
「(――!?)」
しかしカウンター席に座っていた一人、剣士風の男(この時間から既に杯を片手にしていた)が話を遮り、こちらに問うてくる。
「あぁ、確かに聞いていた風貌に似ておるな。少なくともここいらでは見ない顔だ」
「わざわざ尾行していた相手の家に足を踏み入れるとは、どういうつもりですか?」
腰に剣を提げたドワーフの男(髭のせいで年齢は分からない)と、手足に防具を填めたエルフの女(こっちはもっと分からない)が、各々静かに退路を塞ぐように近づいてくる。
周りの客も席を立ちこそしないものの、抜け目なくこちらに視線を寄越していた。俺が不審な動きをすればすぐにでも反応してくるのだろう。
「……」
目の前の店主はなにも言わない。睨みつけてくるわけでもない。
しかし全身から迸る異様な威圧感が、こちらを快く歓迎はしていないことを、雄弁に物語っていた。
「(……なにが『上手くぼかして』だ……もうバレっバレじゃねーか!)」
下手な嘘は逆効果と即座に悟り(そしてこの空気に耐えられなくなり)、俺は例の短剣をやけくそ気味にカウンターに叩きつけた。
「……あんたの娘からこいつを預かってきた! 話を聞いてくれ……!」
それが、功を奏したのだろう。
ひとまず周囲からの追及は止まり、こちらの処遇は先延ばしにされた。
俺は全てを正直に打ち明けた。結局、「以前痛い目に合わされたので報復しようとしたが返り討ちに遭った」のも話さざるを得なかった。
「……それは済まなかったな」
意外にも、過去の件については謝罪されてしまった。
「だが、今の話は捨ておけん」
だよな。
再び発される威圧感と共に、店主は周囲の客に呼び掛けていく。
「ロイファー。依頼に来た冒険者の特定と、その後の足取りを調べてくれ。通行証はこちらで用意する」
テーブル席に座っていた男(俺と似たような風体なので同業者かもしれない)が返事をしながら立ち上がる。
「あいよ。マスターからの依頼ってことでいいんだな?」
「ああ。時間が惜しい。報酬の相談は後でする」
「了解」
次いでマスターは、先刻俺に詰め寄ってきたドワーフとエルフに顔を向ける。
「ライセン。フェリーレ。報復に備えて周囲の警戒を頼む。何もなければそれでいい」
「おう」「分かりました」
「それから――……」
店主は手際よく店の客連中に指示を出していく。
受けた指示に多少面倒そうに返す者もいるが、誰も否とは言わない。夕暮れの食事時に弛緩していた店内の空気が、活気づいていく。
「(うちとは随分違うな……)」
それをかすかに眩しく感じるのは、あの世間知らずな神官の嬢ちゃんに当てられたせいかもしれない――
そこで、はたと気づく。と同時に、そろりと背を向ける。――この隙に、逃げられるんじゃないか?
「……それじゃ、俺はこれで……」
ガっ
しかし案の定見逃してはもらえず、マスターにカウンター越しに肩を掴まれ、動きを止められる。
握り潰されそうな握力に加え、腕一本でこちらの重心を巧みに狂わされ、その場から抜け出すことも叶わない。
「――お前にも手伝ってもらう。まずはロイファーと共に〈赤錆びた短剣亭〉での聞き込みだ」
口調は平坦だが、そこには有無を言わせぬ圧力と、言外に聞こえる声があった。――『娘に手を出した輩をただでは帰さん』。
それを背後に聞きながら俺は、罪人として騎士団に突き出されるのと、このままここでこき使われるのとでは、どちらがマシなのか。しばし真剣に悩んだ。
……親子揃っておっかねーな。
そしてあまり人目は引かないよう静かに、しかし急ぎ足で、〈剣の継承亭〉へ真っ直ぐ向かう。
〈黒腕〉を尾行した際に場所は突き止めていた(そもそもいろんな意味で有名だったが)ため、迷うことはなかった。店まで辿り着き、多少乱暴に扉を開けると、来客を告げる鐘が大きく鳴り響く。
まだ夕刻前なのもあり、客の入りはまばらだった。幾人か入り口に目を向けるのもいたが、構わず正面のカウンターに向かい、そこに立つ店主と思しき男に声を掛ける。
「あんたが、ここのマスターか」
「ああ」
「あんたに話がある。俺は――」
以前あんたの娘に痛い目に合わされたので報復しようとしたが返り討ちに遭った男だ――とは言い辛いので、通りすがりに言伝を頼まれた冒険者という体で話を切り出そうと、懐から例の短剣を――
「……なあ、お前、今朝アレニエと神官の嬢ちゃんを付け回してたっていう北地区のヤツじゃねえか?」
「(――!?)」
しかしカウンター席に座っていた一人、剣士風の男(この時間から既に杯を片手にしていた)が話を遮り、こちらに問うてくる。
「あぁ、確かに聞いていた風貌に似ておるな。少なくともここいらでは見ない顔だ」
「わざわざ尾行していた相手の家に足を踏み入れるとは、どういうつもりですか?」
腰に剣を提げたドワーフの男(髭のせいで年齢は分からない)と、手足に防具を填めたエルフの女(こっちはもっと分からない)が、各々静かに退路を塞ぐように近づいてくる。
周りの客も席を立ちこそしないものの、抜け目なくこちらに視線を寄越していた。俺が不審な動きをすればすぐにでも反応してくるのだろう。
「……」
目の前の店主はなにも言わない。睨みつけてくるわけでもない。
しかし全身から迸る異様な威圧感が、こちらを快く歓迎はしていないことを、雄弁に物語っていた。
「(……なにが『上手くぼかして』だ……もうバレっバレじゃねーか!)」
下手な嘘は逆効果と即座に悟り(そしてこの空気に耐えられなくなり)、俺は例の短剣をやけくそ気味にカウンターに叩きつけた。
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それが、功を奏したのだろう。
ひとまず周囲からの追及は止まり、こちらの処遇は先延ばしにされた。
俺は全てを正直に打ち明けた。結局、「以前痛い目に合わされたので報復しようとしたが返り討ちに遭った」のも話さざるを得なかった。
「……それは済まなかったな」
意外にも、過去の件については謝罪されてしまった。
「だが、今の話は捨ておけん」
だよな。
再び発される威圧感と共に、店主は周囲の客に呼び掛けていく。
「ロイファー。依頼に来た冒険者の特定と、その後の足取りを調べてくれ。通行証はこちらで用意する」
テーブル席に座っていた男(俺と似たような風体なので同業者かもしれない)が返事をしながら立ち上がる。
「あいよ。マスターからの依頼ってことでいいんだな?」
「ああ。時間が惜しい。報酬の相談は後でする」
「了解」
次いでマスターは、先刻俺に詰め寄ってきたドワーフとエルフに顔を向ける。
「ライセン。フェリーレ。報復に備えて周囲の警戒を頼む。何もなければそれでいい」
「おう」「分かりました」
「それから――……」
店主は手際よく店の客連中に指示を出していく。
受けた指示に多少面倒そうに返す者もいるが、誰も否とは言わない。夕暮れの食事時に弛緩していた店内の空気が、活気づいていく。
「(うちとは随分違うな……)」
それをかすかに眩しく感じるのは、あの世間知らずな神官の嬢ちゃんに当てられたせいかもしれない――
そこで、はたと気づく。と同時に、そろりと背を向ける。――この隙に、逃げられるんじゃないか?
「……それじゃ、俺はこれで……」
ガっ
しかし案の定見逃してはもらえず、マスターにカウンター越しに肩を掴まれ、動きを止められる。
握り潰されそうな握力に加え、腕一本でこちらの重心を巧みに狂わされ、その場から抜け出すことも叶わない。
「――お前にも手伝ってもらう。まずはロイファーと共に〈赤錆びた短剣亭〉での聞き込みだ」
口調は平坦だが、そこには有無を言わせぬ圧力と、言外に聞こえる声があった。――『娘に手を出した輩をただでは帰さん』。
それを背後に聞きながら俺は、罪人として騎士団に突き出されるのと、このままここでこき使われるのとでは、どちらがマシなのか。しばし真剣に悩んだ。
……親子揃っておっかねーな。
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