[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

48節 半分だけの牙①

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 魔将は足元に黒剣を突き立てた姿勢で、微動だにせず広場の中央に佇んでいた。
 奇襲への警戒だろう。あの位置では、どこから仕掛けてもある程度の距離がある。まあ、元からこそこそ隠れるタイプでもないだろうけど。わたしみたいな。

 そのわたしが、離れた物陰から様子を窺っていることには、おそらく気づいていない。仮に例の結界を張りっぱなしだとしても、まだ範囲には入っていないはずだ。

「(――今なら、不意を打てる、かな?)」

 結界の外から一気に接近すれば、心を読む暇もなく、首の一本ぐらい落とせるかもしれない。
 気配を殺しての奇襲は得意とするところだ。主にとーさんに模擬戦で一泡吹かせるために磨いた技術だけど。
 ただ、それをするならもう少し距離を詰めたい。結界の範囲、そのギリギリまで近づいて……

「……来たか」

「――!」

 数歩分足を進めたところで、イフは不意になにかに気づいたように声を上げた。
 まだこちらを視認してはいない。気配は可能な限り消していた。結界の範囲にも入っていない。

「いるのだろう。〈剣帝〉の弟子よ」

 リュイスちゃんの情報が間違っていたとも思わない。
 けれど、こちらに向けられたその声には確信があった。不意打ちは諦めるしかなさそうだ。

「……てっきり、追ってくると思ってたけど」

 事前に聞いた範囲にはあくまで入らないよう距離を保ち、わたしは観念して姿を見せた。

「そうしても良かったのだがな。貴様が全力で逃走したなら、捜索は困難と判断した。だが……貴様は、戻って来ざるを得まい」

「……一応、あなたを倒すまでが依頼だからね。……余計なことも知られちゃったし。ここで、始末しておかないと」

 演劇の悪役みたいだな、わたし。

「それ以上近づかぬということは、おおよその範囲を把握したようだな」

「さっき、あの子の考えは読めてなかったみたいだからね。このくらい離れてれば、大丈夫かと思って」

 さも自分で気づいたかのようにわたしは誤魔化した。すでに彼女の姿は見られているが、だからといって余計に興味を引かせる必要もない。

「そういうあなたは、なんでこっちに気づいたの? 今の口ぶりだと、結界とやらの大きさは変わってないんでしょ?」

「気流を読んだだけだ。こちらのほうが、より遠くへ広げられる。知らぬ間に首を落とされていた、というのは遠慮したいのでな」

 事も無げに口にしたけど……空気の流れで、なにか来ても関知できる、ってこと?
 ああ、そういえば最初に煙幕に紛れて奇襲した時も、風に煙を払われてから気づかれたような……
 心を読む結界と風がどうにも繋がらなかったけど、もしかしてそれも風を――空気を経由させて読んでる、とか? ……魔術の制御が苦手って言う割には……

「……存外器用だよね、あなたは」

「賛辞か?」

「罵倒です」

 おかげでめんどくさいことこの上ないよ。

「クックッ……そしりを受けるのは構わんが、貴様に言われるのは心外だな、〈剣帝〉の弟子よ。研いだ『牙』を未だ隠し持つ貴様には」

「……そう、だね。そうだよ。それを使ってでも、あなたの口を封じなきゃいけない。そのつもりで、戻ってきたんだから」

 言葉を切り、息を吐き、左腕を前方に掲げる。それに、反対の手を添える。
 そして唱える。

「《――獣の檻の守り人。欠片を喰らうあぎと》」

 わたしの声と、紡ぐ言葉が鍵になる。わたししか開けられない扉の鍵に。

「《――黒白(こくびゃく)全て噛み砕き、等しく血肉に変えるもの》」

 鍵を差し込み、ゆっくり回す。胸の奥で、カチリと音が鳴る。
 すると、左篭手から――篭手だったものから、異音が響き始める。

 バギンっ――

「……起きて、〈クルィーク〉」

 心臓が、一際大きな鼓動を鳴らす。
 鼓動と共に溢れ出した穢れ――アスティマの悪しき魔力が血液に混じり流れ込み、半身を変異させていく。

 両目共に黒だった瞳は、左目だけが赤く染まり、淡く輝く。髪の一部、前髪の何房かも、同様に朱に染まった。

 左肘から先が異音を上げながら肥大化し、それを覆うように〈クルィーク〉も形を変える。黒い篭手だったものと左腕全体が一体化し、硬質で禍々しい、巨大な鉤爪と化す。

「……なんだ、その姿は」

 その姿は、部分的にではあるけれど、まるで――

「貴様、まさか我らの――」

 ――まるで、魔族のように見えるはず。

「半分だけ、ね」

 これまでとは少し違う姿で、これまでと同じようにわたしは微笑んだ。

 わたしは、人間と魔族が交わった際に生まれ落ちる、半魔と呼ばれるもの。
 人間には恐れられ忌み嫌われ、魔族には下等な半端者と蔑まれる。どちらにもなれず、どちらにも受け入れられない、はみ出し者。

 リュイスちゃんを遠ざけたのは、もちろん彼女の身を案じたのもある。が……この姿を見られたくないのが、最も大きな理由だった。
 総本山の神官が、まさか半魔と――穢らわしいアスティマの眷属と寝食を共にしていたなんて、醜聞どころの騒ぎじゃない。

 そして……彼女がわたしを受け入れてくれる保証なんて、どこにもない。

「……些か驚きはしたが、そうか……その篭手は、魔具か。穢れを抑制するための」

「そ。普段は眠りながら、わたしの魔力を食べてくれてる」

 だから普段、わたしの魔力は常に空だ。体が空気中から日々蓄えるはずの魔力も、〈クルィーク〉が全て食べてしまう。使わないから魔覚も鈍る、というより、ほとんど閉じている。
 代わりに、食べられた魔力は随時わたしの体力や治癒力、病への耐性なんかに変換されている。人より傷の治りが早いのはそのおかげだ。

「だが……それ程の魔具、人間共に生み出せるものではあるまい。しかし魔族が半魔に提供するとも思えぬ……」

「……」

「……いや。確か、人間と通じていた咎で罪に問われた職人がいたな……始末に向かった者たちは職人共々、その後、消息が途絶えたと……。……貴様は……」

 相変わらず察しがいいな。

「そう。その魔族の職人が、わたしのかーさん。この子は、かーさんがわたしに遺してくれた、最後の魔具」

 本来わたしは、かーさんから受け継いだ魔族の特徴を、左半身に持って生まれてきた。つまり今見せているのが、元々のわたしの姿だ。

 けれどそれを晒したままでは、どちらの側でも生きていけない。魔族の世界では人間の身体が、人間の世界では魔族の半身が、互いに迫害の対象になる。

 かーさんが〈クルィーク〉をくれたのは、わたしが人に混じって生きられるようにと――そのほうが、魔族の社会よりは生き延びやすいと――、そう考えたからだろう。今もこの子は、わたしが必要以上に呑まれないよう、半魔の本能を抑えてくれている。もちろんそれにも限界はあるため、わたし自身も気をつける必要があるが。

「なるほど。これは、貴様にとっては仇討となるわけか」

「……言われてみれば、そうなるのかな。別に、あなた個人に恨みはないけど」

「む……いや。断ずるのは、早計だな」

「?」

 訝しむわたしに、イフは手にした黒剣を見えるようにかざす。

「銘は〈ローク〉。我らの言葉で『角』を意味する。貴様も既に察しているだろうが、魔具だ。造り手が分かるか?」

「…………まさか……」

 この話の流れで、分からないわけがない。あの黒剣は、〈クルィーク〉と同じ、かーさんの……

「……それを、どこで手に入れたの? かーさんは、領土を出てからほとんど魔具を造ってない。誰かに渡してもいなかった……」

「さて。今さらではあるが、我と貴様は敵同士だ。素直に答える必要もない。となれば、どうする?」

「……」

 ただの挑発だ、と頭の冷静な部分は警告している。あれがかーさんの造った魔具という保証もない。
 けれどかーさんが死んでから、家には一度も戻っていない。子供だったわたしに物の細かい判別などつかないし、持ち出せる物にも限りがあった。

 もし、かーさんの魔具がまだあの家に遺っていて、それを奪われたのだとしたら。本当に、かーさんの形見の一つだというなら……

「……あなたの首を落とす理由が、もう一つ増えたみたい」

「日に二度も落とされるのは、遠慮願いたいものだな」

 冗談めかしながら満足気に頷き、イフは黒剣――〈ローク〉を中段に構える。その姿を睨み据え、こちらも静かに重心を下げる。
 さっきは結局逃げることしかできなかった、魔将との再戦。けれど、さっきとは状況が違う。

「そうそう、言い忘れてたんだけど」

 奪われたかもしれない形見。刺激された本能。それらに昂る心を理性で抑え、わたしはわざとらしく言葉を付け足す。

「〈クルィーク〉が食べるのは、わたしの魔力だけじゃないよ」
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