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第2章
7節 夜闇の襲撃者
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朝。
私たちは街道脇の木陰の下で新しい朝を迎えた。ユティルさんと別れてか数度目の朝だ。
ユティルさんはパルティールの王都に戻るということでポルトの街で別れ、私たちは本来の旅の目的地であるアルマトゥラ砦に向かっているところだった。
眠気でまだ開けないまぶたに日光が突き刺さる。朝特有の爽やかな空気が鼻腔を刺激する。そこに――
ビシュン!
と、なにかを鋭く振るう音が混じる。
これは、以前にも経験がある。確かめたい好奇心が眠気に勝り、少しづつ目を開いていくと……
ピュン!
予想通り。そこには私の旅のパートナーであるアレニエさんが、一心不乱に剣を振るう姿が映し出される。の、だけど……
「(……?)」
彼女自身の姿にも、剣を振るう姿勢にもおかしなところはないのに、どことなく違和感を覚える。そこで、ようやく気付く。
「(剣が……黒い……?)」
彼女の握る剣はいつもの愛剣ではなく、〈暴風〉のイフから譲り受けたという例の黒剣だった。
「……ん。あ、おはよ、リュイスちゃん」
こちらが起きたことに気配で気づいたらしいアレニエさんが声を掛けてくる。
「おはようございます……あの、その剣」
「ん? あぁ、〈ローク〉のこと? なんでこっちを使ってるかって?」
コクリと、頷く。
「せっかく預かったんだし、少しは使えるようにと思って。〈弧閃〉と違って慣れてないからね」
〈弧閃〉とは、彼女が腰に提げる愛剣の銘だ。
「そんなに違うものなんですか?」
私は剣を扱ったことがないせいだろうか、あまりピンとこない。
「違うよー。ついついいつもと同じ振るい方しちゃうけど、形も重さも違うから刃筋がブレちゃって。修正するのにかなり苦労してるよ」
そういうものか。
「ほんとは両手で持ったほうが安定するんだろうけどね。わたしの場合、それはそれでしっくりこなくて。扱えなくはないんだけど……」
いつも逆手で片手剣を振るう彼女にとっては、両手で握る構えは窮屈なのかもしれない。
「ちなみにこの剣、リュイスちゃんのほうがうまく使えるかもしれないよ」
「えぇ? でも、私、剣は扱えませんよ?」
「いや、剣としてじゃなくて、魔具として。多分、法術でもいけると思うんだよね」
「それって、〈暴風〉のイフが使ってたっていう、魔術の制御の……?」
「そうそう、それ」
先日戦った魔将、〈暴風〉のイフは、強すぎる己の魔力を抑えることができなかった(苦手だったとかなんとか)ため、この剣の能力によって魔術を制御していたらしい。力が強すぎるのも考えものなのかもしれない。
「まぁ、とは言っても、肝心の使い方が分からないんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。大抵の魔具は使う時に合言葉が必要でしょ? わたしの〈クルィーク〉もそうだし。でも、〈ローク〉のそれがなんなのか、イフがそれっぽい台詞言ってた覚えがないから、分からないんだよね」
「じゃあ……」
「そ。法術で試したくても、今のところは試せない。……イフが消える前に聞いとけばよかったなぁ」
その声に、ほんの少し苦さを滲ませてアレニエさんが言う。
「まぁ、今さら言ってもしょうがない。さて、リュイスちゃんも起きたことだし、そろそろ荷物片づけて出発しよっか」
「……そうですね。急いで支度します」
例のごとく、アレニエさんの準備は半ば以上済んでいるようだ。わたしもこれ以上遅れられないと寝ぼけた頭に気合を入れ、旅立つ準備を整えることにした。
◆◇◆◇◆
夜。
雲に覆われた空は星明かりも遮り、夜の闇をさらに暗く染めていた。
暗闇が音まで吸い込んでしまったかのように、辺りは静寂に包まれている。聞こえるのは薪が爆ぜる音だけ。
野営の最初の見張り番を申し出たわたしは、焚き火に背を向けて真っ暗な森の中をぼんやりと眺めていた。
すぐそばにはリュイスちゃんが丸まって眠っている。その姿をちらりと視界に収めてから、わたしはその場で立ち上がった。
「そろそろ、出てきたら?」
不意にわたしは、なにもない暗闇に向かって声をあげた。声は虚空に吸い込まれるように消え、それに答える者はなにもない。……いや。
返事の代わりに返って来たのは、二本の投げナイフ。どちらも高所から角度をつけてこちらに投げられている。狙いは、頭部と心臓。
自分に向けられた明確なその殺意を、逆手で抜き放った剣で弾く。金属と金属がぶつかる甲高い音が、静かな夜に響いた。
「――殺す気で来るなら、わたしもそのつもりで相手するよ」
弾かれた二本のナイフは、時間差でわたしの目の前に落ちてくる(そうなるように弾いた)。
最初に落ちてきた一本を足の甲で受け止め、持ち主に蹴り返す。
そして蹴り終わるのと同じ頃に落ちてきた二本目のナイフの柄を、自身の剣の柄で受け止め、体重を乗せ、震脚と共に射出する。
「ぐっ!?」
「あがっ!?」
短い悲鳴を上げながら、少し離れた木の上からなにかが二つ落ちてくる。ナイフは二本とも、元の持ち主に返っていったようだ。
森に静寂が戻る。けれど、襲撃者が今の二人だけとは思わない。現に、蠢く何者かの気配をそこかしこから感じる。
わたしは警戒を強めながら、再び暗闇に向かって声を掛けた。
「あなたたちは何者? どうしてわたしたちを襲うの?」
わたしが色々やらかして他の冒険者に襲われることはあれど、こんな暗殺紛いの襲撃者は初めてだった。さすがに狙われる意図が分からない。
聞いてはみたものの、答えを期待したわけではなかった。再び予告なしに攻撃が始まると思った瞬間、ぬるりと、闇から溶け出すように一人の男が現れる。
男は黒いマントとフードでその身を覆っていたが、その服の下からは隠しようのない鍛えられた体が浮き上がっていた。
黒ずくめの男は、焚き火の明かりがギリギリ届く距離で踏みとどまる。一歩後ろに下がれば再び闇に溶け込みそうだ。
「……貴様らは、勇者と接触した」
男の言葉は端的だった。
勇者と――アルムちゃんと接触したことが理由。
「……あなたたち、貴族の子飼いかなにか?」
思い浮かぶのは、勇者の仲間の地位を狙う貴族たち。彼らの中には、その地位を狙って暗殺者を送りこむ者もいる、という噂が流れている。
実際には、暗殺の成否や発覚するリスクなどの観点から、実行に移す者は多くないとも聞いたことがある。彼らは、それを実行に移した少数派なのだろうか。
それよりなにより分からないのは、狙いがわたしたちだということだ。
勇者と接触したと言っても、少しのあいだ剣を教えただけでしかないわたしたちを狙う理由が、本気で分からない。まさか、勇者と接触した人間を片っ端から消しているわけでもないだろうに。
結局、男はそれ以上言葉を発することをしなかった。そして無言で腰から長剣を抜き、胸の前で掲げるように剣を構える。騎士が儀礼の場でするような構えだ。
おそらく、目の前の司令官らしきフードの男は陽動だろう。姿を見せたこと自体が囮。
その証拠にと言うべきか、他の襲撃者たちの気配が先刻より薄れている。奇襲のために身を潜めているのだ。
けれど、分かっていても目の前の相手に注意を払わないわけにもいかない。自身に目を向けさせるためか、さっきから男は仕掛ける気配を隠そうともしていない。
男から目を離せないでいると、視界の端で動くものがある。それも、左右から同時に。予想していなければ、さっき焚き火に背を向けて夜目を慣らしておかなかったら、反応が遅れていたかもしれない。
フードの男と同じような、黒マントに覆面の襲撃者が二人、左右から長剣で同時に攻撃してくる。
わたしは一歩引いてかわし、反動をつけて即座に右の襲撃者の腹部を蹴る。
「ぐぶっ!?」
襲撃者はくぐもった悲鳴と共に後方に吹き飛んでいく。次にわたしは左の黒マントに向き直りながら、背後に向かって声を上げる。
「リュイスちゃん!」
「はい!」
眠っていたはずの彼女が即座に起き上がり、防御のための法術を唱える。
「《守の章、第二節。星の天蓋……ルミナスカーテン!》」
詠唱と共に、彼女を中心に半球状の光の膜のようなものが生み出される。そして――
バチィ!
その膜になにかが当たって弾かれる音が、辺りに響き渡る。
光の膜の周囲には、いつの間にか二人の新たな黒マントが現れていた。先刻の音は、彼らの不意打ちがリュイスちゃんの法術によって防がれた音だ。
――――
わたしとリュイスちゃんは、襲撃者を誘き出すために一計を案じていた。
といっても、彼らが襲ってきやすい状況をつくるために森で野営をし、リュイスちゃんに寝たふりをしてもらっていただけなんだけど。
街中や街道、二人ともが起きてる時には手を出してこなかった彼らは、人気のない森の中、わたし一人だけという状況に予想通り食いついてきた。近づいてきた気配にわたしは声をかけ、戦闘が開始された。
わたしだけで対処できる人数なら良かったが、そうじゃない場合リュイスちゃんにも手を出すのは予想がついていた。だから彼女には、あらかじめ防御の術を用意してもらっていたのだ。
そしてフードの男の陽動で、仕掛けてくるタイミングも予測がついた。男が現れたのと同時に他の襲撃者たちの気配が薄れたことも、予測を後押ししていた。
――――
襲撃者たちは奇襲を防がれ数瞬狼狽えたように見えたが、少しすると強引に光の膜を破壊するためか、攻撃を再開し始める。
なるべく彼女が襲われるような状況は避けたかったけれど、こうなったからには一刻も早く目の前の相手を倒して、彼女の加勢に向かうしかない。
わたしは左の黒マントの追撃を受け流し、態勢が崩れた相手を蹴り倒す。そして、そこで気づいた。
「(最初の男がいない……!)」
同時に、背後から嫌な気配。
自分の感覚を素直に信じて即座に振り向けば、フードの男の長剣が振り下ろされる直前だった。
わたしは相手の力が乗り切る前にむしろ一歩踏み出し、自身の剣を押し当てて攻撃を防ぐ。
そこから押し合いになる前に剣を引き、相手の態勢を崩し、自分の体を時計回りに回転させながら逆手に握った剣をフードの男に突き刺す!
「ぐっ……!」
本当は胴体を狙ったんだけど、態勢が崩れたからか、寸前で防いだのか、剣は男の右腕に深々と突き刺さっていた。痛みのためか、男は握っていた剣を取り落とす。
致命傷にならなかったことを察し、即座に剣を引き抜く。
止めを刺してしまいたいところだけど、今はとにかくリュイスちゃんを助けに行かないといけない。
わたしはその場で鋭く回転し、男を蹴り飛ばした。
「がっ……!?」
男が吹き飛んだのを確認し、すぐに反転して彼女の元に駆け出す。
「リュイスちゃん!」
彼女の術を破壊しようとしていた襲撃者たちが、わたしの叫びに反応してこちらに振り向く。
彼らは一度互いに顔を見合わせると、一人がこちらに向けて駆け出し、突進の勢いそのままに、手にした長剣を全力で突き出してきた。
それを左手の篭手で後方に逸らしながら前進し、カウンターで顔面に膝蹴りを打ちこむ。
グシャァっ!
鈍い音を響かせながら、覆面の一人が吹き飛んでいく。それを見届けるのももどかしく、すぐさまもう一人の襲撃者に向かおうとしてそちらを見ると――
襲撃者はなおも光の天幕を破壊しようと躍起になっていたが……突如、壊そうとしていたそれが消失する。
「……!?」
リュイスちゃんが術を解除したのだ。あるはずの手ごたえが無くなり、黒マントはバランスを崩した。そして彼女は、即座に次の術を発動させる。
「《プロテクション!》」
両手に光の盾を纏わせた彼女は、左手の盾で剣を抑えながら、右拳の盾で相手の胴体を殴りつける!
「おぐっ!?」
殴られた側は悶絶し、体をくの字に折る。続けて、位置を下げたその顔面にも一撃を加えるリュイスちゃん。襲撃者は吹き飛び、そのまま動きを止める。
…………
どうやら、慌てて助ける必要はなかったみたいだ。
実戦での経験が少ないだけで、彼女自身の実力は相応に高い。
彼女を鍛えたのは、十年前に先代勇者と冒険を共にしたというあの人――〈聖拳〉と呼ばれた神官、クラルテ・ウィスタリア――なのだから、当然かもしれない。
当の本人は戦いが終わった安堵からか、へなへなとその場に座り込んでしまったけれど。
「リュイスちゃん、大丈夫だった?」
「はい……なんとか……。アレニエさんは……」
「わたしも大丈夫。敵も大体片付いたし。ただ……」
ひゅ――ギインっ!
暗闇から飛来したナイフをわたしは剣で受ける。弾かれたナイフはくるくると宙を舞った後に、地面に突き刺さった。
「まだ一人、めんどくさい人が残ってるんだよね」
私たちは街道脇の木陰の下で新しい朝を迎えた。ユティルさんと別れてか数度目の朝だ。
ユティルさんはパルティールの王都に戻るということでポルトの街で別れ、私たちは本来の旅の目的地であるアルマトゥラ砦に向かっているところだった。
眠気でまだ開けないまぶたに日光が突き刺さる。朝特有の爽やかな空気が鼻腔を刺激する。そこに――
ビシュン!
と、なにかを鋭く振るう音が混じる。
これは、以前にも経験がある。確かめたい好奇心が眠気に勝り、少しづつ目を開いていくと……
ピュン!
予想通り。そこには私の旅のパートナーであるアレニエさんが、一心不乱に剣を振るう姿が映し出される。の、だけど……
「(……?)」
彼女自身の姿にも、剣を振るう姿勢にもおかしなところはないのに、どことなく違和感を覚える。そこで、ようやく気付く。
「(剣が……黒い……?)」
彼女の握る剣はいつもの愛剣ではなく、〈暴風〉のイフから譲り受けたという例の黒剣だった。
「……ん。あ、おはよ、リュイスちゃん」
こちらが起きたことに気配で気づいたらしいアレニエさんが声を掛けてくる。
「おはようございます……あの、その剣」
「ん? あぁ、〈ローク〉のこと? なんでこっちを使ってるかって?」
コクリと、頷く。
「せっかく預かったんだし、少しは使えるようにと思って。〈弧閃〉と違って慣れてないからね」
〈弧閃〉とは、彼女が腰に提げる愛剣の銘だ。
「そんなに違うものなんですか?」
私は剣を扱ったことがないせいだろうか、あまりピンとこない。
「違うよー。ついついいつもと同じ振るい方しちゃうけど、形も重さも違うから刃筋がブレちゃって。修正するのにかなり苦労してるよ」
そういうものか。
「ほんとは両手で持ったほうが安定するんだろうけどね。わたしの場合、それはそれでしっくりこなくて。扱えなくはないんだけど……」
いつも逆手で片手剣を振るう彼女にとっては、両手で握る構えは窮屈なのかもしれない。
「ちなみにこの剣、リュイスちゃんのほうがうまく使えるかもしれないよ」
「えぇ? でも、私、剣は扱えませんよ?」
「いや、剣としてじゃなくて、魔具として。多分、法術でもいけると思うんだよね」
「それって、〈暴風〉のイフが使ってたっていう、魔術の制御の……?」
「そうそう、それ」
先日戦った魔将、〈暴風〉のイフは、強すぎる己の魔力を抑えることができなかった(苦手だったとかなんとか)ため、この剣の能力によって魔術を制御していたらしい。力が強すぎるのも考えものなのかもしれない。
「まぁ、とは言っても、肝心の使い方が分からないんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。大抵の魔具は使う時に合言葉が必要でしょ? わたしの〈クルィーク〉もそうだし。でも、〈ローク〉のそれがなんなのか、イフがそれっぽい台詞言ってた覚えがないから、分からないんだよね」
「じゃあ……」
「そ。法術で試したくても、今のところは試せない。……イフが消える前に聞いとけばよかったなぁ」
その声に、ほんの少し苦さを滲ませてアレニエさんが言う。
「まぁ、今さら言ってもしょうがない。さて、リュイスちゃんも起きたことだし、そろそろ荷物片づけて出発しよっか」
「……そうですね。急いで支度します」
例のごとく、アレニエさんの準備は半ば以上済んでいるようだ。わたしもこれ以上遅れられないと寝ぼけた頭に気合を入れ、旅立つ準備を整えることにした。
◆◇◆◇◆
夜。
雲に覆われた空は星明かりも遮り、夜の闇をさらに暗く染めていた。
暗闇が音まで吸い込んでしまったかのように、辺りは静寂に包まれている。聞こえるのは薪が爆ぜる音だけ。
野営の最初の見張り番を申し出たわたしは、焚き火に背を向けて真っ暗な森の中をぼんやりと眺めていた。
すぐそばにはリュイスちゃんが丸まって眠っている。その姿をちらりと視界に収めてから、わたしはその場で立ち上がった。
「そろそろ、出てきたら?」
不意にわたしは、なにもない暗闇に向かって声をあげた。声は虚空に吸い込まれるように消え、それに答える者はなにもない。……いや。
返事の代わりに返って来たのは、二本の投げナイフ。どちらも高所から角度をつけてこちらに投げられている。狙いは、頭部と心臓。
自分に向けられた明確なその殺意を、逆手で抜き放った剣で弾く。金属と金属がぶつかる甲高い音が、静かな夜に響いた。
「――殺す気で来るなら、わたしもそのつもりで相手するよ」
弾かれた二本のナイフは、時間差でわたしの目の前に落ちてくる(そうなるように弾いた)。
最初に落ちてきた一本を足の甲で受け止め、持ち主に蹴り返す。
そして蹴り終わるのと同じ頃に落ちてきた二本目のナイフの柄を、自身の剣の柄で受け止め、体重を乗せ、震脚と共に射出する。
「ぐっ!?」
「あがっ!?」
短い悲鳴を上げながら、少し離れた木の上からなにかが二つ落ちてくる。ナイフは二本とも、元の持ち主に返っていったようだ。
森に静寂が戻る。けれど、襲撃者が今の二人だけとは思わない。現に、蠢く何者かの気配をそこかしこから感じる。
わたしは警戒を強めながら、再び暗闇に向かって声を掛けた。
「あなたたちは何者? どうしてわたしたちを襲うの?」
わたしが色々やらかして他の冒険者に襲われることはあれど、こんな暗殺紛いの襲撃者は初めてだった。さすがに狙われる意図が分からない。
聞いてはみたものの、答えを期待したわけではなかった。再び予告なしに攻撃が始まると思った瞬間、ぬるりと、闇から溶け出すように一人の男が現れる。
男は黒いマントとフードでその身を覆っていたが、その服の下からは隠しようのない鍛えられた体が浮き上がっていた。
黒ずくめの男は、焚き火の明かりがギリギリ届く距離で踏みとどまる。一歩後ろに下がれば再び闇に溶け込みそうだ。
「……貴様らは、勇者と接触した」
男の言葉は端的だった。
勇者と――アルムちゃんと接触したことが理由。
「……あなたたち、貴族の子飼いかなにか?」
思い浮かぶのは、勇者の仲間の地位を狙う貴族たち。彼らの中には、その地位を狙って暗殺者を送りこむ者もいる、という噂が流れている。
実際には、暗殺の成否や発覚するリスクなどの観点から、実行に移す者は多くないとも聞いたことがある。彼らは、それを実行に移した少数派なのだろうか。
それよりなにより分からないのは、狙いがわたしたちだということだ。
勇者と接触したと言っても、少しのあいだ剣を教えただけでしかないわたしたちを狙う理由が、本気で分からない。まさか、勇者と接触した人間を片っ端から消しているわけでもないだろうに。
結局、男はそれ以上言葉を発することをしなかった。そして無言で腰から長剣を抜き、胸の前で掲げるように剣を構える。騎士が儀礼の場でするような構えだ。
おそらく、目の前の司令官らしきフードの男は陽動だろう。姿を見せたこと自体が囮。
その証拠にと言うべきか、他の襲撃者たちの気配が先刻より薄れている。奇襲のために身を潜めているのだ。
けれど、分かっていても目の前の相手に注意を払わないわけにもいかない。自身に目を向けさせるためか、さっきから男は仕掛ける気配を隠そうともしていない。
男から目を離せないでいると、視界の端で動くものがある。それも、左右から同時に。予想していなければ、さっき焚き火に背を向けて夜目を慣らしておかなかったら、反応が遅れていたかもしれない。
フードの男と同じような、黒マントに覆面の襲撃者が二人、左右から長剣で同時に攻撃してくる。
わたしは一歩引いてかわし、反動をつけて即座に右の襲撃者の腹部を蹴る。
「ぐぶっ!?」
襲撃者はくぐもった悲鳴と共に後方に吹き飛んでいく。次にわたしは左の黒マントに向き直りながら、背後に向かって声を上げる。
「リュイスちゃん!」
「はい!」
眠っていたはずの彼女が即座に起き上がり、防御のための法術を唱える。
「《守の章、第二節。星の天蓋……ルミナスカーテン!》」
詠唱と共に、彼女を中心に半球状の光の膜のようなものが生み出される。そして――
バチィ!
その膜になにかが当たって弾かれる音が、辺りに響き渡る。
光の膜の周囲には、いつの間にか二人の新たな黒マントが現れていた。先刻の音は、彼らの不意打ちがリュイスちゃんの法術によって防がれた音だ。
――――
わたしとリュイスちゃんは、襲撃者を誘き出すために一計を案じていた。
といっても、彼らが襲ってきやすい状況をつくるために森で野営をし、リュイスちゃんに寝たふりをしてもらっていただけなんだけど。
街中や街道、二人ともが起きてる時には手を出してこなかった彼らは、人気のない森の中、わたし一人だけという状況に予想通り食いついてきた。近づいてきた気配にわたしは声をかけ、戦闘が開始された。
わたしだけで対処できる人数なら良かったが、そうじゃない場合リュイスちゃんにも手を出すのは予想がついていた。だから彼女には、あらかじめ防御の術を用意してもらっていたのだ。
そしてフードの男の陽動で、仕掛けてくるタイミングも予測がついた。男が現れたのと同時に他の襲撃者たちの気配が薄れたことも、予測を後押ししていた。
――――
襲撃者たちは奇襲を防がれ数瞬狼狽えたように見えたが、少しすると強引に光の膜を破壊するためか、攻撃を再開し始める。
なるべく彼女が襲われるような状況は避けたかったけれど、こうなったからには一刻も早く目の前の相手を倒して、彼女の加勢に向かうしかない。
わたしは左の黒マントの追撃を受け流し、態勢が崩れた相手を蹴り倒す。そして、そこで気づいた。
「(最初の男がいない……!)」
同時に、背後から嫌な気配。
自分の感覚を素直に信じて即座に振り向けば、フードの男の長剣が振り下ろされる直前だった。
わたしは相手の力が乗り切る前にむしろ一歩踏み出し、自身の剣を押し当てて攻撃を防ぐ。
そこから押し合いになる前に剣を引き、相手の態勢を崩し、自分の体を時計回りに回転させながら逆手に握った剣をフードの男に突き刺す!
「ぐっ……!」
本当は胴体を狙ったんだけど、態勢が崩れたからか、寸前で防いだのか、剣は男の右腕に深々と突き刺さっていた。痛みのためか、男は握っていた剣を取り落とす。
致命傷にならなかったことを察し、即座に剣を引き抜く。
止めを刺してしまいたいところだけど、今はとにかくリュイスちゃんを助けに行かないといけない。
わたしはその場で鋭く回転し、男を蹴り飛ばした。
「がっ……!?」
男が吹き飛んだのを確認し、すぐに反転して彼女の元に駆け出す。
「リュイスちゃん!」
彼女の術を破壊しようとしていた襲撃者たちが、わたしの叫びに反応してこちらに振り向く。
彼らは一度互いに顔を見合わせると、一人がこちらに向けて駆け出し、突進の勢いそのままに、手にした長剣を全力で突き出してきた。
それを左手の篭手で後方に逸らしながら前進し、カウンターで顔面に膝蹴りを打ちこむ。
グシャァっ!
鈍い音を響かせながら、覆面の一人が吹き飛んでいく。それを見届けるのももどかしく、すぐさまもう一人の襲撃者に向かおうとしてそちらを見ると――
襲撃者はなおも光の天幕を破壊しようと躍起になっていたが……突如、壊そうとしていたそれが消失する。
「……!?」
リュイスちゃんが術を解除したのだ。あるはずの手ごたえが無くなり、黒マントはバランスを崩した。そして彼女は、即座に次の術を発動させる。
「《プロテクション!》」
両手に光の盾を纏わせた彼女は、左手の盾で剣を抑えながら、右拳の盾で相手の胴体を殴りつける!
「おぐっ!?」
殴られた側は悶絶し、体をくの字に折る。続けて、位置を下げたその顔面にも一撃を加えるリュイスちゃん。襲撃者は吹き飛び、そのまま動きを止める。
…………
どうやら、慌てて助ける必要はなかったみたいだ。
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「はい……なんとか……。アレニエさんは……」
「わたしも大丈夫。敵も大体片付いたし。ただ……」
ひゅ――ギインっ!
暗闇から飛来したナイフをわたしは剣で受ける。弾かれたナイフはくるくると宙を舞った後に、地面に突き刺さった。
「まだ一人、めんどくさい人が残ってるんだよね」
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前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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