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第2章
幕間2 ある魔術師の追憶②
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一時的に森が途切れ、拓けた空間で、オレはアルムを地面に押し倒し馬乗りになっていた。左手でアルムの首を抑えつけ、右手で手刀を形作り突き付ける。
月にかかっていた雲が晴れ、頭上から淡い光が差してくる。
光に照らされたアルムの表情は茫然としていたが、思っていたよりも静かにこちらを見ている。呟いたのは、たった一言。
「……どうして?」
その視線に、純粋な疑問に、心臓を握られたような心地になりながらも、オレは表情を崩さずに眼下のアルムを見下ろし答える。
「……お前の命を奪うためだ」
「ぼくの命……魔物側に、雇われて……?」
……そうか。勇者の命を狙っていると言われれば、まず魔物に与していることを疑うのが当然か。
「いいや。命じたのは人間だ」
「人間、が……? なんで、同じ人間同士で……」
「そいつらは、お前が勇者に相応しくないと思っている。お前が死ねば、新しい勇者が選ばれると」
「……ぼくが、勇者として未熟なのは自分で分かってる。でも、ぼくは――」
「そうじゃない。連中にとっては、お前にどれだけ実力があっても関係ないんだ。自分たちが選んだ人間が――あいつが、勇者にならないと意味がない。そしてオレは、そいつらの命令で、お前の旅に同行した」
「……エカルは、最初から仲間じゃなかったってこと?」
「ああ、そうだ。オレは、お前を殺すために潜り込んだ」
「……その、「あいつ」って人のために?」
「……そうだ」
「……ぼくが死んでも、その人が勇者になるかも分からないのに? 誰か別の人が勇者になったら?」
「……その時は、また新しい勇者を殺すことになるだろうな。あいつが勇者になるまで、何度でも」
アルムは沈黙し、一度目を閉じると、決意を込めた視線でこちらを見据えてくる。
「……エカルの事情は分かったよ。けど、ぼくはまだ死にたくない。黙って死ぬわけにはいかない。最後まで抵抗するよ」
当然の反応だ。誰だって、理由もなく死を受け入れるわけがない。
「だけど、剣は抜かない。……ぼくは、仲間に剣を向けたくない」
は……?
「お前……なにを言ってるんだ。オレは、仲間じゃない……初めから、お前らを騙して……!」
「仲間、だよ。今まで、何度もきみに助けられた」
「それは……お前らを騙すための演技で……ここまで連れてくるのが計画の……」
「きみたちの目的がぼくの命なら、どこでぼくが死んでも一緒だったはずだよ。なのにここに来るまで手を出さなかったのは……エカルが、命令に抵抗してくれたからじゃないの?」
「~~馬鹿か、お前は! オレは、クソみたいな裏切り者だぞ! もっと怒れ! 憎め! 罵れよ! お前には、その権利があるだろ!」
アルムの台詞も大概だが、オレはオレでなにを言っているのか自分でも分からない。
どうしてほしいんだ、オレは。敵意を向けられなけりゃ殺しづらいっていうのか。それとも、罪の意識でも感じてるのか。
だが、オレがなにを言ってもアルムの瞳は変わらない。ただ静かに、揺らがぬ視線でこちらを見返している。
「エカルは、みんなは、ぼくにとって初めてできた仲間で、友達なんだ。だからぼくは、みんなから離れたくない。諦めたくない。――剣を、向けたくない。ぼくが誰を「斬る」かは、ぼくの自由だから」
そう言って、アルムは笑う。
何を……何を言ってるんだこいつは。
オレは、名前のないコソ泥で、裏切り者の暗殺者で、オレを友と呼ぶのはあいつくらいで、なのにこいつはオレを……オレのことを、友だと……
「……どうして、お前が勇者なんだ。どうして、あいつじゃなかったんだ。お前が勇者になんてならなければ、オレは……!」
ダメだ。これ以上こいつと話していたら、オレは本当に殺せなくなる。だが、オレには命令を無視するような自由はない。奪い、殺す以外の生き方を知らない。
オレはアルムの視線を振り切るように右手を振りかぶる。同時に、アルムの首を抑えている左手に力を込める。
「く、ぁ……!」
アルムが両腕でオレの左腕を握り、引き剥がそうともがく。
だがいくら足掻こうと、こうして首を絞めてしまえば、動きを制限しつつ締め落とすこともできる。オレは左手で締めあげつつ、右手をアルムの右目に振り下ろ――
ギリっ……!
「(いてぇっ……!?)」
オレの左手を掴んでいたアルムの両手が、オレの腕を思い切り握り、捻ってきた。
小柄な体に騙されがちだが、こいつの膂力は常人のそれより遥かに上だ。油断していたうえに予想以上の痛みに、首を絞めていた左手から力が抜けてしまう。咄嗟に反対の手を振り下ろすが――
「……攻撃の……気配……」
首が自由になったアルムは何事かぶつぶつと呟きながら、寸前で頭をずらして回避する。オレの右手はアルムの頭をかすめるが直撃はせず、地面に突き刺さる。
「力を……体の、中心……!」
致命傷を逃れたアルムは、再びなにかを呟きながらわずかに胸を反らしたかと思うと、腹筋と背筋の力だけで勢いよく上体を起こし、こちらの顔面に頭をぶつけてくる。
ゴっ!
「がっ……!?」
思わぬ反撃を食らい、一瞬視界が激しく明滅する。鼻のあたりから何かが流れ落ちる感覚も感じる。が――
「――てめぇっ!」
同時に急激に頭に血を登らせたオレは、反射的に右手でアルムの頭を掴み、地面に叩きつける!
「あっ……! ぐっ……!」
後頭部を打ち付け、アルムの動きが止まる。その隙に再び左手で押さえつけながら、右手で手刀を形作り、掲げる。
「オレは……ここでおまえを、殺す……!」
自分の心を抑えつけるように宣言し、高く掲げた右手に力を込める。後は、こいつの頭蓋に突き刺すだけだ――
――その瞬間、空に光が昇った。
「(――なんだ……?)」
なんの光……魔術? 法術? なんのため? 攻撃? ――なにかの、合図?
光に気を取られ、思考を傾けたその一瞬後、掲げた右腕に横方向からの強い衝撃と灼熱感が走る。次いで、遅れてやってくる痛みと出血。
「ぐっ……!?」
右腕に刺さっていたのは刃物だった。投擲用の小ぶりのダガー。そいつが、オレの腕に深々と突き刺さっている。
それを認識した直後、今度は真横から風が吹きつけるのを感じたと思った瞬間――オレの体は為すすべなく宙を舞っていた。
突然の浮遊感と共に暗闇の森が――夜空の星が――月明かりが――世界が回っていく。
次いで、全身に叩きつけられるような痛みを受けてようやく、回っていたのは自分だということに気が付いた。
「か、はっ……!」
急激な突風――というより小型の竜巻――に全身を叩かれ、受け身をとる余裕もなく、地面にしたたか背中を打ち付ける。息が詰まる。
なにが起きた? 誰が、どこから? あの風はなんだ?
思考しながら、しばしそのままの姿勢で夜空を見上げる。
全身に痛みが走り、すぐには動かせそうにない。特に、深々と刃が突き刺さったままの右腕は全く言うことを聞いてくれない。
吹き飛ばされたせいでアルムとの距離も離れてしまった。そしてそのアルムに向かって駆け寄る人影がある。
「アルムちゃん、無事!?」
「けほッ! けふっ……! 師匠……? どうしてここに……?」
アルムが師匠と呼ぶ人物――ということは、あの人影はアレニエ・リエス――
――ヤツは、あのクソ隊長が部隊を率いて始末しに――
――なぜ生きている? ……まさかやられたのか? あいつが――
――どうしてここが分かった? 誰かが情報を漏らした? いや、それなら直接砦に――
――オレはアルムを殺せなかった。任務に失敗した。このあとどうなる? 決まっている。今度はオレが殺される側に――
――アルムたちは? 残りの部隊が襲いに来るか? 結局あのクソ共にアルムの命を奪われ――
疑問は浮かび続ける。考えが纏まらない。意識が薄れていく。
霞んだ視界が狭まってゆき、やがて見えなくなる。それと同時に、オレの意識も霧散していった。
月にかかっていた雲が晴れ、頭上から淡い光が差してくる。
光に照らされたアルムの表情は茫然としていたが、思っていたよりも静かにこちらを見ている。呟いたのは、たった一言。
「……どうして?」
その視線に、純粋な疑問に、心臓を握られたような心地になりながらも、オレは表情を崩さずに眼下のアルムを見下ろし答える。
「……お前の命を奪うためだ」
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……そうか。勇者の命を狙っていると言われれば、まず魔物に与していることを疑うのが当然か。
「いいや。命じたのは人間だ」
「人間、が……? なんで、同じ人間同士で……」
「そいつらは、お前が勇者に相応しくないと思っている。お前が死ねば、新しい勇者が選ばれると」
「……ぼくが、勇者として未熟なのは自分で分かってる。でも、ぼくは――」
「そうじゃない。連中にとっては、お前にどれだけ実力があっても関係ないんだ。自分たちが選んだ人間が――あいつが、勇者にならないと意味がない。そしてオレは、そいつらの命令で、お前の旅に同行した」
「……エカルは、最初から仲間じゃなかったってこと?」
「ああ、そうだ。オレは、お前を殺すために潜り込んだ」
「……その、「あいつ」って人のために?」
「……そうだ」
「……ぼくが死んでも、その人が勇者になるかも分からないのに? 誰か別の人が勇者になったら?」
「……その時は、また新しい勇者を殺すことになるだろうな。あいつが勇者になるまで、何度でも」
アルムは沈黙し、一度目を閉じると、決意を込めた視線でこちらを見据えてくる。
「……エカルの事情は分かったよ。けど、ぼくはまだ死にたくない。黙って死ぬわけにはいかない。最後まで抵抗するよ」
当然の反応だ。誰だって、理由もなく死を受け入れるわけがない。
「だけど、剣は抜かない。……ぼくは、仲間に剣を向けたくない」
は……?
「お前……なにを言ってるんだ。オレは、仲間じゃない……初めから、お前らを騙して……!」
「仲間、だよ。今まで、何度もきみに助けられた」
「それは……お前らを騙すための演技で……ここまで連れてくるのが計画の……」
「きみたちの目的がぼくの命なら、どこでぼくが死んでも一緒だったはずだよ。なのにここに来るまで手を出さなかったのは……エカルが、命令に抵抗してくれたからじゃないの?」
「~~馬鹿か、お前は! オレは、クソみたいな裏切り者だぞ! もっと怒れ! 憎め! 罵れよ! お前には、その権利があるだろ!」
アルムの台詞も大概だが、オレはオレでなにを言っているのか自分でも分からない。
どうしてほしいんだ、オレは。敵意を向けられなけりゃ殺しづらいっていうのか。それとも、罪の意識でも感じてるのか。
だが、オレがなにを言ってもアルムの瞳は変わらない。ただ静かに、揺らがぬ視線でこちらを見返している。
「エカルは、みんなは、ぼくにとって初めてできた仲間で、友達なんだ。だからぼくは、みんなから離れたくない。諦めたくない。――剣を、向けたくない。ぼくが誰を「斬る」かは、ぼくの自由だから」
そう言って、アルムは笑う。
何を……何を言ってるんだこいつは。
オレは、名前のないコソ泥で、裏切り者の暗殺者で、オレを友と呼ぶのはあいつくらいで、なのにこいつはオレを……オレのことを、友だと……
「……どうして、お前が勇者なんだ。どうして、あいつじゃなかったんだ。お前が勇者になんてならなければ、オレは……!」
ダメだ。これ以上こいつと話していたら、オレは本当に殺せなくなる。だが、オレには命令を無視するような自由はない。奪い、殺す以外の生き方を知らない。
オレはアルムの視線を振り切るように右手を振りかぶる。同時に、アルムの首を抑えている左手に力を込める。
「く、ぁ……!」
アルムが両腕でオレの左腕を握り、引き剥がそうともがく。
だがいくら足掻こうと、こうして首を絞めてしまえば、動きを制限しつつ締め落とすこともできる。オレは左手で締めあげつつ、右手をアルムの右目に振り下ろ――
ギリっ……!
「(いてぇっ……!?)」
オレの左手を掴んでいたアルムの両手が、オレの腕を思い切り握り、捻ってきた。
小柄な体に騙されがちだが、こいつの膂力は常人のそれより遥かに上だ。油断していたうえに予想以上の痛みに、首を絞めていた左手から力が抜けてしまう。咄嗟に反対の手を振り下ろすが――
「……攻撃の……気配……」
首が自由になったアルムは何事かぶつぶつと呟きながら、寸前で頭をずらして回避する。オレの右手はアルムの頭をかすめるが直撃はせず、地面に突き刺さる。
「力を……体の、中心……!」
致命傷を逃れたアルムは、再びなにかを呟きながらわずかに胸を反らしたかと思うと、腹筋と背筋の力だけで勢いよく上体を起こし、こちらの顔面に頭をぶつけてくる。
ゴっ!
「がっ……!?」
思わぬ反撃を食らい、一瞬視界が激しく明滅する。鼻のあたりから何かが流れ落ちる感覚も感じる。が――
「――てめぇっ!」
同時に急激に頭に血を登らせたオレは、反射的に右手でアルムの頭を掴み、地面に叩きつける!
「あっ……! ぐっ……!」
後頭部を打ち付け、アルムの動きが止まる。その隙に再び左手で押さえつけながら、右手で手刀を形作り、掲げる。
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「か、はっ……!」
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なにが起きた? 誰が、どこから? あの風はなんだ?
思考しながら、しばしそのままの姿勢で夜空を見上げる。
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吹き飛ばされたせいでアルムとの距離も離れてしまった。そしてそのアルムに向かって駆け寄る人影がある。
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