[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第2章

12節 忘れられた砦

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 アルマトゥラ砦は、森の一画を開拓し造り上げられた城塞だ。
 魔物の侵入を防ぐため、道を塞ぐ形で城壁と塔を張り巡らせた外郭と、天守や礼拝堂、兵舎や厩舎などの建物群を含む内郭とで構成されている。

 以前訪れたエスクードと同じく、元は魔物との戦いにおける防衛線の一つだったが、戦線が押し上げられたことにより砦として使う者がいなくなった。
 さらに主要な街から遠く、農地にも適さなかったためか、その後別の用途に利用する者も現れず、そのまま忘れ去られてしまったという。

 主を失った砦は長い時間を経て朽ち、樹々に侵食されていた。それは静かに、けれど深く、森に飲み込まれているようでもあった。


  ――――


 わたしは城壁を観察し、次に、開け放たれたままの門扉もんぴ(どうやら壊れているらしい)の周辺を注意しながら探索する。
 物見に人がいないか、不意討ちや罠はないか、それらを警戒してのことだったが、その心配が無いことを確認した後リュイスちゃんに手振りで示し、門の内側、広場のような場所に忍び込む。

 ここに来るまで誰ともすれ違わず、気配も感じなかった。
 見知らぬ土地で、しかも夜間に、この唯一の道を通らず、ただでさえ迷いやすい森を横断するとは考えづらいので、暗殺者はいまだ砦から動いていないものと思われる。
 まあ、こちらが知らない抜け道とかがあるならどうしようもないけれど。
 そんな埒外らちがいなことを考えながら門を潜ったわたしは、新たに別の疑問が浮かび上がる事態に直面する。

「(明かりが、点いたまま……?)」

 砦は、内部から明かりが漏れていた。
 三階建てはありそうな石造りの建物、その一画から、わずかに暗闇を照らす炎の色が見て取れる。

「間に合ったんでしょうか……?」

「うーん……?」

 遅れてやってきたリュイスちゃんもその様子を確認し、疑問を口にするが、わたしもはっきりしたことは分からないのが正直なところだ。

 実を言うと、リュイスちゃんが法術で放った合図を彼らがうっかり見逃す、というのは考えづらいと思っている。彼らは、狂信的ではあっても無能ではない。
 仮に見逃していたのだとしても、こんな時間まで火の処理をしていないこと自体がおかしい。魔術師くんはもう行動に起こしていたのだから、彼らもそれに合わせて準備をしていてしかるべきだ。

 そして暗殺者がすでにここを出払っているなら、当然明かりは消していくはずだ。あれだけ慎重に動いていた連中が、軽々に痕跡を残すような真似をするとは思えない。

 だから、どちらだとしても今見える光景は腑に落ちない、どころか、今もこうして痕跡が残っているというのは、なんていうか、こう……――気持ちが悪い。

「(だからって、ここでじっとしてるわけにもいかないか)」

 嫌な予感を感じながらもわたしは、砦の一階部分に忍び寄り、中の様子を探る。
 外から見た限りではどうも人の気配が感じられないが、暗殺者なら常から気配を減らしながら生活してるかもしれない。
 あるいは、すでにこちらの侵入に気づいて待ち構えている可能性もある。念のため、扉の向こうからの不意打ちにも気を配っておく。

 物音、足音、衣擦れ、声、息遣い。彼らがこの場に留まっているのかいないのか、その判断材料になるものを聞き逃さんと、耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ましながら扉に手を触れたところで……聴覚、ではなく、嗅覚に違和感を覚える。少し遅れて――

 ――ぴちゃ

 なにかが滴り落ちるような音を耳にし、反射的に(足音を潜めながら)一歩下がる。

「(……水音?)」

 数秒扉を見つめ、もう一度近づく。
 警戒していたような不意討ちはない。少なくとも、扉の周囲に人の気配はない。
 代わりに聞こえるのは、先ほどと同じ、水が滴るような音だけ。

 そして不意に、先ほど感じた違和感がなんなのかにも気が付いた。
 扉のすき間から鼻腔を刺激するのは、ある意味で慣れ親しんだ匂い。冒険者をやっていれば日常的に嗅ぐ――それは少し前にも――ことになる、鉄錆びの匂いだった。

 ここで、城壁付近で感じたなんとなくの気持ち悪さが、確信に変わる。――危険の。

 わたしは取っ手に手をかけ、扉を開く。
 古びた鉄製の扉は、ここで待ち伏せていた彼らが油を差していたのか、あまり音を立てることもなく静かに開いていく。
 それと共に、建物の奥の方から淡く差し込む光と……かすかに感じていた鉄の匂いが、外に向かって広がっていった。

「…………」

 屋内の様子は、ある意味で予想通りであり、予想外でもあった。
 外と同じ石造りの玄関は、装飾もほとんどなく、実用性一辺倒といった印象の無骨なものだった。先には廊下が広がり、各部屋へ続く扉も見受けられる。

 その入り口から奥へと続く道が――赤黒いなにかで塗りたくられていた。

 壁に。床に。天井に。鉄臭さのする液体が飛散し、廊下を鮮烈に彩っている。
 それらはまだ乾ききっておらず、断続的に滴り落ちては、床に赤い水たまりを作っていた。先刻からの水音の正体だろう。

 周囲には、赤い染みの原料になったであろう人の姿をしたものが転がっている。
 数は、おおよそで四……いや、五体ほどか。
 命はすでに失われているうえ、部位が欠損するなど損傷が激しいものも多く、正確な数は分からなかった。

 入り口で血の匂いがした時点で、目の前の光景はある程度推測できたが、その被害者がここまで多いとは思っていなかった。

 暗殺者の彼女から聞いた情報では、別動隊の人数は六人。
 つまり、今、大雑把に数えた人数が合っているなら、砦に潜伏していた部隊のほぼ全員が、この場にいることになる。

「(……誰がやったの?)」

 このタイミングで、彼らに恨みを持っている敵が現れた? それとも、なにかの理由で仲間割れでも起こした? ここにはいない最後の一人が裏切った?

 不可解な状況に、疑問や推論は次々湧いてくる。
 しかしいくら考えても、この損壊具合では原因の特定は困難だ。というか、先にこの建物内を探索するほうが手っ取り早いだろう。

 なんにしろ、ここにはまだ残りの暗殺者が、あるいはそれ以外にも未知の敵が残っている可能性が高い。引き続き慎重に……
 と、視線を切ろうとしてふと気づく。この場にある死体は程度の差こそあれ、全て同じ殺され方をしていることに。

「(丸い、穴……?)」

 遺体の損傷はどれも、丸いなにかで抉られたような傷跡だった。ただの刺し傷ではなく、向こう側がはっきり見えるほどの大きな円形の穴が開いている。

 傷の断面を見るに、少なくとも鈍器ではない。
 かといって、刃物でこんなに綺麗な円を描くことは――仮にそういった技が存在したとして、それを一貫して撃ち続けるなど!――どんな達人だとしても難しいように思う。

 傷の形状、大きさなどを考えると、騎士が戦場で使う突撃槍なら可能だろうか。
 しかし大きな武器を扱いづらい屋内で、この人数を相手に、無数にこんな傷跡を残し続けるというのは、やはりおかしい。

 それよりは、魔術や法術の類のほうがありえそうだけど……わたしはそっち系の知識に疎いので絞り込めない。
 ただ、この惨状を鑑みるに、法術の線は薄い気もする。
 神に仕える神官が人間相手に、ここまで惨い殺し方をするというのは考えづら……

「……アレニエ、さん……? 大丈夫ですか……?」

 考え込むわたしの背後、扉の外の位置から聞こえるリュイスちゃんの声でハっとする。しばらく経っても音沙汰がないので心配してくれたのだろう。

「あ、待たせてごめんねリュイスちゃん。なんともないよ、大丈…………」

 …………
 って、全然大丈夫じゃなかったこの惨状!
 予想外の事態と現状の考察とで反応が遅れてしまったが、既に心身共に疲弊している彼女に、こんな血肉のグラデーションを見せていいわけがない。

「リュイスちゃん、ちょっと待っ――」

 慌てて彼女を中に入れないように止めようと……

「え……――? ――……」

 ……するにはもう遅く、哀れ扉を潜ってしまったリュイスちゃんは、辺り一面に散乱している人型のオブジェに迎えられてしまう。

 周囲の赤とは対照的に、彼女の顔が青白く染まる。血の気が引く音が聞こえた気がした。
 ただでさえ人の死に怯える彼女が、こんな惨状を見ればどうなるかは自明の理。あるいは正気を失ってしまう可能性さえ頭を過る。が……

「ぁ――っ――~~!」

 リュイスちゃんは泣きそうな目――実際ちょっと泣いていた――をしながらも、悲鳴と嗚咽が飛び出そうとしている口を、自身の手で強引に塞ぐ。
 しばらくそのままプルプル震えていたかと思うと、やがて――

 ごくんっ

 と、なにかを呑み込んだような音を喉から響かせ、口を抑えていた手を放し、肩で息をする。

「ハァーっ、ハァーっ……ゲホっ、けほっ……!」

「おぉ……」

 思わず小声で感嘆の声を漏らす。
 驚いたことに彼女は、叫ぼうとする自身の声と、逆流してくる激しい嘔吐感とを、自力で無理矢理に抑え込んでしまったらしい。

 ここが敵地だと事前に理解していたからか、あるいは土壇場で覚悟が決まる彼女の精神性ゆえか。
 ともかくも錯乱せず、寸前で堪え切った彼女を、わたしは心の中で称賛する。
 頑張ってくれておねーさん嬉しい。でも嬉しいと同時に罪悪感。

「気づくの遅れてごめんね」

「い、いえ……大、丈夫、で……ぅぶ」

 強引に抑え込んだだけなので、油断するとすぐに揺り返しがくるみたいだ。少しでも落ち着かせようと彼女の背中を支える。

「アレニエ、さん……この人たち、は……」

「……探してた暗殺者、だね」

「全員、死んでいるん、ですか……? どうして……こんな……」

「正直、これを見ただけじゃ判断できないかな。もう少し中を調べて……」


「――あぁぁぁぁぁ――……!」


 唐突に、わたしたち以外のかすかな声――悲鳴?――が耳に届き、リュイスちゃんと二人、顔を見合わせる。

 今の声は天井の辺りから、つまり二階から聞こえてきたように思う。今いる場所の、ちょうど真上くらいの位置だろうか。

 廊下の先を見れば、血溜まりを踏んでできたのか、赤い足跡が点々と続いている。少なくとも、この死体が作られた後にこの場を移動した誰かのものだろう。
 それが今の悲鳴の主なのか、それとも悲鳴を〝上げさせている〟誰かのものかは分からないが、この足跡を追っていけば辿りつけ――

「リュイスちゃんストップ」

 今にも廊下の奥へ駆けだそうとしていた彼女の手を掴んで止める。

「アレニエさん……! 今ならまだ、間に合うかも……!」

 リュイスちゃんはわたしの手を振り払おうとはしなかったが、前に進もうとするのを完全に止めたわけでもなかった。掴んだ手が引っ張られようとするのを感じる。

 彼女が最も忌避するのは、目の前で命が失われる瞬間、らしい。それを前にした時、彼女は――ほとんど反射的に――その命を救おうと尽力する。
 それは過去の経験からくるもので、彼女自身にはどうにもできない衝動のようなものだ。今もそれが全身を駆け巡っているのだろう。

 彼女は止まらない。少なくとも、自分では止まれない。
 だから、わたしが止める。衝動に支配され、冷静さを欠いた彼女を、このまま行かせることはできない。

「上に行くのは止めないけど、今のリュイスちゃんが一人で先走るのは無し。どんな危険が待ってるか分からないし、他にも敵がいるかもしれないんだから。行くなら二人で警戒しながら、だよ」

「でも……! それじゃ手遅れに……!」

「手遅れになったとしても」

 彼女の手は離さないまま、静かに、でも力を込めて、わたしは彼女に声を投げかける。

「わたしにとっては、リュイスちゃんのほうが大事。……もう少し、自分のことも大事にしてほしいよ」

「あ……」

 掴んでいた手から、力が抜ける。前に進もうとする足が止まる。

「それに無闇に飛び込んで、助ける側が死んじゃったら、結局他の人も助けられないよ。だから慎重に、ね」

「そう、ですね……すみません、でした……」

 落ち着きを取り戻した彼女の様子に胸を撫でおろし、その手を離す。

「よし、行こっか」

「はい……!」

 わたしたちは周囲に注意を払いながら、けれど急いで、先へと続く赤い足跡を追って廊下の奥へ向かい、その先の階段を注意して上り、二階の廊下に出る。

 廊下は建物の外側にあたるのか、明り取りの窓が点々と並び、わずかな月明かりを室内に届けていた。途中途中にランタンの灯りも混じっている。外から見えたのはこれだろう。

 それらの明かりを頼りに慎重に進み、先ほどの声が聞こえた地点に辿りつこうかというところで……前方にぼんやりと、複数の人影が浮かび上がってくる。
 それは、壁を背に倒れている黒ずくめの男と……その男の様子を満足げに見下ろしている、小柄な少女の姿だった。
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