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第2章
14節 怒り
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笑みを浮かべた魔将は、これまでと同じように前方に手をかざす。
しかし、今まではあった周囲の異変、魔術の触媒にされたことにより壁や床がわずかに動くなどの予兆が、今回は感じられない……
そこで気づいた。カーミエが狙っていたのはわたしではなく……その背後にいる、リュイスちゃんだということに。
それと時を同じくして、後方、リュイスちゃんがいる辺りの石が鳴動し、次には無数の石棘となって彼女に襲いかかる。
「リュイスちゃん!」
思わず振り向き、わたしは叫んだ。が……
「《守の章、第二節。星の天蓋……ルミナスカーテン!》」
始めから、自分が狙われる状況も警戒していたのだろう。リュイスちゃんは自ら後方に跳び、自身を球状に覆う法術の障壁を張ることで、四方から迫る石棘を防いでいた。
そして続けて、彼女は祈りを捧げる。
「《火の章、第三節。浄炎の剣……フレイムウェポン!》」
その言葉と共に、わたしの握る剣が白い炎に包まれる。
熱さは感じない。普通の火じゃない。これは、穢れを浄化するという神の炎。それを武器に纏わせる法術。
「私は、大丈夫です! 行ってください!」
「……!」
その声に押されるようにして、わたしは駆け出した。
手早く仕留めないとまたリュイスちゃんが狙われたり、二人共に砦ごと潰されたりしてしまうかもしれない。相手がこちらを見下しているうちにけりをつけてしまいたい。
石槍での迎撃を警戒しながら、再び床を、壁を、天井を跳び渡り、距離を詰めていく。
「チィ……!」
カーミエが苛立たしげに舌打ちするのが聞こえる。同時に、こちらを迎え撃たんと四方八方から石の槍や棘が迫ってくるが……わたしはその全てを回避し、懐に潜り込み、袈裟掛けに剣を振るう。
「グぅ……!?」
咄嗟に身を逸らした魔将は、それでも肩口から脇腹までを浅く切り裂かれ、傷口を焼かれ、呻き声を漏らす。撒き散らした鮮血が即座に神の炎に燃やされ、蒸発する。痛みのためか、魔将が後退する。
チャンスだ。この石の砦内で、石の魔将相手に、こんな機会はそう何度もやってこないだろう。
わたしはもう一歩踏み出し、右手を振るう。狙うは大半の生物が斬られれば死に至る急所――首。
たとえイフと同じく一度や二度首を落としたくらいじゃ死なないとしても、その生命力には限度がある。何度も斬ればそのうち死ぬ。
と、
――パキ、バキ、ミシ
音を鳴らしながら、魔将の首周りに石が集まってゆく。凝縮された石は次第にかすかな輝きを帯び、周囲の光を受けて反射し始める。
「(……ただの石じゃない? 別の個所を狙うべき? ……いや)」
かすかに迷いながらも、それでも構わずわたしは剣を振り抜いた。並み大抵の石や金属なら切断する自信がわたしにはあった。が……
ガギン――!
「――」
視界が歪む。周囲の音が遠くなる。
必殺を賭して振るったわたしの愛剣〈弧閃〉は……魔将の首を覆う輝く石を斬ることは叶わず、ひび割れ、半ばで折れて宙を舞う。それと同時に、神の炎が消失する。
目に映るのは折れた刀身。耳に残るのは甲高い金属音。
『気』の練りが足りなかった。打点をかすかにずらされた。相手が硬すぎた。言い訳はいくらでも思いつくが……
起きた事実を理解したくない。喪失感が胸に広がる。だって、この剣はとーさんが……とーさんから貰った大事な……
「キヒ! キヒヒヒヒ! 残念だったなぁ。あたしの魔術はそこらの石を操るだけじゃない。石の材質を変化させることもできんだよ。こいつは金剛石――ダイアモンド。この世で最も硬い石の一つだ――」
魔将が何事か語っているが、ほとんど頭には入ってこない。折れた刃の行方と、それが床に落ちて跳ねる音だけがわたしの感覚を支配し、心は虚無で埋め尽くされ……
――次の瞬間、それらが全て怒りに変わる。
ゴっ――!
「ガっ!?」
顔面を殴打されたカーミエが呻きを漏らす。殴りつけたのは、折れた剣を握ったままのわたしの右拳だ。
「てめ――……!?」
また何か言おうとしていた魔将を遮るように、続けて腹部を蹴りつける。
「おぶっ!?」
くぐもった悲鳴を漏らしながら、カーミエが後方に吹き飛んでいく。
「《……――獣の檻の守り人。欠片を喰らう咢》」
それを、あえて歩いて追いながら、わたしは詠唱を口に上らせる。
「《黒白全て噛み砕き、等しく血肉に変えるもの――》」
怒りに満ちた胸の内に鍵を差し込むと、内からさらなる怒りが溢れだす。それを全て静かに受け止め、わたしは呟いた。
「――起きて、〈クルィーク〉」
その言葉と共に内から魔力が吹き荒れ、左半身を変異させていく。
左手が肥大化し、それを覆うように〈クルィーク〉も形を変え一体化し、巨大で硬質な鉤爪と化す。
両目とも黒だった瞳は左目だけが赤く輝き、視界をわずかに赤く染める。髪の毛の一部、前髪の何房かも、同様に朱に染まった。
「……この剣はね、とーさんがわたシにくれたものなノ。十五になった記念に、独り立ちするお祝いに、っテ」
「……あぁ?」
普段は〈クルィーク〉が眠りながら魔力を食べているため、ほとんど閉じているわたしの魔覚。それが眠りから覚め、左目が半魔族化したことによって、今までは見えなかったカーミエの魔力を視覚を通して伝えてくる。
先日会ったイフには及ばないようだが、それでも人間にとっては膨大な魔力だ。通常なら相対しただけで逃げ出したくなるかもしれない。けれどもう関係ない。
「嬉しくて、ずっと大事にしてたんだヨ。毎日手入れは欠かさなかったし、使う時もなるべく傷がつかないように気をつけてタ」
「そんなことよりてめぇ、その姿はなん――」
「――なのニ」
魔将の言葉を遮るように、わたしは語調をかすかに強めた。
「……なのに、折れちゃうなんテ……折っちゃうなんテ。そんなノ……許せるわけ、ないよねェ?」
折った相手への憤り。未熟な自分自身への戒め。それらが混じり合った怒りを胸に、わたしは魔将に向かって駆け出した。
「ハっ! 知るかよ、そんなもん!」
言葉と共にカーミエの足元から石槍が無数に生え、こちらを刺し殺そうと廊下を埋め尽くしてゆく。だがもう関係ない。頭に血を登らせたまま、それに突進しようとした瞬間――
「――アレニエさん、ダメっ!」
リュイスちゃんの制止の声が、足に絡みついた。
しかし、今まではあった周囲の異変、魔術の触媒にされたことにより壁や床がわずかに動くなどの予兆が、今回は感じられない……
そこで気づいた。カーミエが狙っていたのはわたしではなく……その背後にいる、リュイスちゃんだということに。
それと時を同じくして、後方、リュイスちゃんがいる辺りの石が鳴動し、次には無数の石棘となって彼女に襲いかかる。
「リュイスちゃん!」
思わず振り向き、わたしは叫んだ。が……
「《守の章、第二節。星の天蓋……ルミナスカーテン!》」
始めから、自分が狙われる状況も警戒していたのだろう。リュイスちゃんは自ら後方に跳び、自身を球状に覆う法術の障壁を張ることで、四方から迫る石棘を防いでいた。
そして続けて、彼女は祈りを捧げる。
「《火の章、第三節。浄炎の剣……フレイムウェポン!》」
その言葉と共に、わたしの握る剣が白い炎に包まれる。
熱さは感じない。普通の火じゃない。これは、穢れを浄化するという神の炎。それを武器に纏わせる法術。
「私は、大丈夫です! 行ってください!」
「……!」
その声に押されるようにして、わたしは駆け出した。
手早く仕留めないとまたリュイスちゃんが狙われたり、二人共に砦ごと潰されたりしてしまうかもしれない。相手がこちらを見下しているうちにけりをつけてしまいたい。
石槍での迎撃を警戒しながら、再び床を、壁を、天井を跳び渡り、距離を詰めていく。
「チィ……!」
カーミエが苛立たしげに舌打ちするのが聞こえる。同時に、こちらを迎え撃たんと四方八方から石の槍や棘が迫ってくるが……わたしはその全てを回避し、懐に潜り込み、袈裟掛けに剣を振るう。
「グぅ……!?」
咄嗟に身を逸らした魔将は、それでも肩口から脇腹までを浅く切り裂かれ、傷口を焼かれ、呻き声を漏らす。撒き散らした鮮血が即座に神の炎に燃やされ、蒸発する。痛みのためか、魔将が後退する。
チャンスだ。この石の砦内で、石の魔将相手に、こんな機会はそう何度もやってこないだろう。
わたしはもう一歩踏み出し、右手を振るう。狙うは大半の生物が斬られれば死に至る急所――首。
たとえイフと同じく一度や二度首を落としたくらいじゃ死なないとしても、その生命力には限度がある。何度も斬ればそのうち死ぬ。
と、
――パキ、バキ、ミシ
音を鳴らしながら、魔将の首周りに石が集まってゆく。凝縮された石は次第にかすかな輝きを帯び、周囲の光を受けて反射し始める。
「(……ただの石じゃない? 別の個所を狙うべき? ……いや)」
かすかに迷いながらも、それでも構わずわたしは剣を振り抜いた。並み大抵の石や金属なら切断する自信がわたしにはあった。が……
ガギン――!
「――」
視界が歪む。周囲の音が遠くなる。
必殺を賭して振るったわたしの愛剣〈弧閃〉は……魔将の首を覆う輝く石を斬ることは叶わず、ひび割れ、半ばで折れて宙を舞う。それと同時に、神の炎が消失する。
目に映るのは折れた刀身。耳に残るのは甲高い金属音。
『気』の練りが足りなかった。打点をかすかにずらされた。相手が硬すぎた。言い訳はいくらでも思いつくが……
起きた事実を理解したくない。喪失感が胸に広がる。だって、この剣はとーさんが……とーさんから貰った大事な……
「キヒ! キヒヒヒヒ! 残念だったなぁ。あたしの魔術はそこらの石を操るだけじゃない。石の材質を変化させることもできんだよ。こいつは金剛石――ダイアモンド。この世で最も硬い石の一つだ――」
魔将が何事か語っているが、ほとんど頭には入ってこない。折れた刃の行方と、それが床に落ちて跳ねる音だけがわたしの感覚を支配し、心は虚無で埋め尽くされ……
――次の瞬間、それらが全て怒りに変わる。
ゴっ――!
「ガっ!?」
顔面を殴打されたカーミエが呻きを漏らす。殴りつけたのは、折れた剣を握ったままのわたしの右拳だ。
「てめ――……!?」
また何か言おうとしていた魔将を遮るように、続けて腹部を蹴りつける。
「おぶっ!?」
くぐもった悲鳴を漏らしながら、カーミエが後方に吹き飛んでいく。
「《……――獣の檻の守り人。欠片を喰らう咢》」
それを、あえて歩いて追いながら、わたしは詠唱を口に上らせる。
「《黒白全て噛み砕き、等しく血肉に変えるもの――》」
怒りに満ちた胸の内に鍵を差し込むと、内からさらなる怒りが溢れだす。それを全て静かに受け止め、わたしは呟いた。
「――起きて、〈クルィーク〉」
その言葉と共に内から魔力が吹き荒れ、左半身を変異させていく。
左手が肥大化し、それを覆うように〈クルィーク〉も形を変え一体化し、巨大で硬質な鉤爪と化す。
両目とも黒だった瞳は左目だけが赤く輝き、視界をわずかに赤く染める。髪の毛の一部、前髪の何房かも、同様に朱に染まった。
「……この剣はね、とーさんがわたシにくれたものなノ。十五になった記念に、独り立ちするお祝いに、っテ」
「……あぁ?」
普段は〈クルィーク〉が眠りながら魔力を食べているため、ほとんど閉じているわたしの魔覚。それが眠りから覚め、左目が半魔族化したことによって、今までは見えなかったカーミエの魔力を視覚を通して伝えてくる。
先日会ったイフには及ばないようだが、それでも人間にとっては膨大な魔力だ。通常なら相対しただけで逃げ出したくなるかもしれない。けれどもう関係ない。
「嬉しくて、ずっと大事にしてたんだヨ。毎日手入れは欠かさなかったし、使う時もなるべく傷がつかないように気をつけてタ」
「そんなことよりてめぇ、その姿はなん――」
「――なのニ」
魔将の言葉を遮るように、わたしは語調をかすかに強めた。
「……なのに、折れちゃうなんテ……折っちゃうなんテ。そんなノ……許せるわけ、ないよねェ?」
折った相手への憤り。未熟な自分自身への戒め。それらが混じり合った怒りを胸に、わたしは魔将に向かって駆け出した。
「ハっ! 知るかよ、そんなもん!」
言葉と共にカーミエの足元から石槍が無数に生え、こちらを刺し殺そうと廊下を埋め尽くしてゆく。だがもう関係ない。頭に血を登らせたまま、それに突進しようとした瞬間――
「――アレニエさん、ダメっ!」
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