[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第3章

幕間1 ある勇者は抵抗する

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 その男は、観客まで届かせていた声を急に静めたかと思うと、こちらに歩み寄って――といってもほんの数歩だが――きた。

「お前が、新たな勇者か」

 ぼくの正面に立った男性――このハイラント帝国の皇帝と呼ばれた男は、こちらを品定めするように眺めた後に、そう呟いた。

「こんな小娘に世界の命運を預け、自らは自国に籠りきりとは、怠惰な本性は相変わらずのようだな、パルティールの豚共め」

「あ、あの……?」

 不躾な視線と敵意の籠った言葉に困惑し、思わず声を上げる。だけど皇帝の耳には届かなかったようだ。いや、というより最初から、こちらの言葉など聞く気がない……?

「いいだろう。ならば思い知らせてやろう。自らの犯してきた罪がどのような結果を招くのか、あの愚物共に知らしめてやろうではないか……!」

 言いながら彼は、目の前で腰に提げた大剣をゆっくりと引き抜いていく。
 状況に流されていたぼくは、その剣が頭上に掲げられたのを認識してから、ようやく自身に危険が迫っていることに気づき、背負っていた長剣を咄嗟とっさに引き抜いた。

「――これが、我々の宣戦布告だ!!」

 叫びと共に振り下ろされるのは、鎧ごと断ち切ってしまいそうな剛の剣。当たればぼくなど容易く殺せてしまうだろう斬撃だったが……その軌道上に、自身の剣を置くことでわずかに道筋を逸らし、かろうじて受け流す。

 ――ギャリン!

「(……できた!)」

 師匠との鍛錬では三回に一回ぐらいしか成功しなかった技。それを、ここ一番で成果を発揮できたことに、心中で喝采を上げる。と同時に、遅れてやって来た恐怖が胸をよぎっていく。

「(この人、本気でぼくを……!)」

 次に胸を占めたのは、疑問の声。なぜ、どうしてこんなことを――

「ほう? 俺の剣を防ぐとは、思っていたよりはやるようだな」

「何をするんですか! どうして、こんな……!」

 全く嬉しくない称賛の声に反発し、皇帝の顔を睨みながら声を上げる。その時初めて、彼がこちらと目線を合わせた気がする。けれど、その瞳は……
 他者を見下す傲岸不遜な輝き。そして、強い憎しみの色に染め上がっていて。
 それに気を取られている間に、皇帝の足がこちらの腹部を蹴りつけてくる。

「ぐっ!?」

 なんとか剣の腹で受け止めるも、その衝撃で大きく後退させられてしまう。

「アルム!」

 異常を察知したシエラが出場者の列をかき分けてぼくの元へ走り寄ってくる。彼女は槍を手にし、臨戦態勢で皇帝を睨みつける。が、皇帝はそれを歯牙にもかけず、吐き捨てるように言ってくる。

「どうして、などと問うのは、お前が現実を知ろうとしない無能な小娘だからだ。安全な自国に閉じ籠り、安穏と享楽にふける、あのパルティールの連中と変わらん。だからのこのことこの場におびき出されたのだろう、勇者殿」

「……」

 人生で、見知らぬ相手からここまでの敵意を向けられることなど初めてなため、怒るとかいう以前に戸惑ってしまう。彼の憎悪はぼくに、というより、パルティール王国に向けられているようだけど……

 そして、ここでようやく、周囲がざわざわと騒がしくなっていることに気がついた。間近で成り行きを目にしていた他の出場者たちはもちろん、遠間から見ていた観客たちも、何が起こったのか分からずに困惑している。それはそうだ。これから闘技大会本選が始まろうかという時、挨拶に現れたはずの皇帝が、突然凶行に走ったのだから。

「(……あれ?)」

 そこで、奇妙なことに気づいてしまう。皇帝の背後で、出場者と相対するように控える騎士団には、一切の乱れが見られないことに。彼らは動揺も、皇帝を止める様子もなく、ただ静かに事を静観している……

「(どうして……? こんなことが起こったら、誰か少しぐらい慌てたり止めたりするものじゃないの? いくら相手がこの国で一番偉い皇帝だからって、何もしないで冷静に見ているだけなんて……)」

 ふと、恐ろしい想像に辿り着く。彼らは、始めから知っていたとしたら? この皇帝の暴挙を。――ぼくを、殺そうとすることを。

 そもそも、ぼくらが闘技大会にやって来たのは、このハイラント帝国から招待状が届いたからではなかったか? そして国からの招待ということは、おそらくそこに皇帝の意向も絡んでいるはずで……つまり――

「……まさか……最初から、ぼくたちを狙って……?」

「フっ……満更無能というわけでもないようだな」

 それは、ぼくの推測を暗に肯定するものだった。瞳に少しだけ称賛の色を浮かべて、彼はこちらを見据えてくる。反対にぼくは、怒りの色を強めて疑問を吐き出す。

「なら、なおさら、どうしてですか! ぼくは、魔王を倒しに行かなきゃいけないんです! じゃないと、大勢の人が魔物に蹂躙されて、帰る家も家族も無くしてしまうかもしれないんですよ!? この国だって、どうなるか分からないのに――」

「ああ。まさしく問題はそれだ」

 ぼくの抗議に全く動じることなく、皇帝は口を開く。そして、その先の言葉は予想の外だった。

「――魔王を討伐されては困るんだよ、勇者殿」

「な……?」

 目眩を覚える。言葉の衝撃に二の句を次げない。目の前の男は今なんと言った?

「……何を……あなたは何を言ってるんですか……?」

「フン……喋りすぎたな。まあいい。……お前たち、捕らえろ」

 その皇帝の命に従って、背後に控えていた騎士たちの数名が槍を突き付けながら、ぼくとシエラを取り囲む。
 ぼくはこの場をなんとか切り抜けられないか、必死で考えようとしたが……

「言っておくが、変な気は起こさんことだ。お前の仲間たちはすでに捕らえてある」

「……!?」

 皇帝がなんらかの命令を伝えていたのか(あるいはたまたまタイミングが重なったのか)、その言葉が終わると共に、戦場の入り口から見知った二人が鉄製の手枷で捕縛された姿で連れてこられる。

「アニエス! エカル!」

「勇者さま……申し訳ありません」

「すまねぇ、アルム……しくじった」

 二人は帝国の兵士に連れられ、ぼくからはかなり離れた位置で立ち止まらされ、そこで、膝立ちの状態で身動きを封じられる。あれでは二人は抵抗できないし、ぼくらが周りを振り切って助けに行ってもどこかで止められてしまう。

「月並みな台詞だが、仲間の命が惜しいのなら、抵抗はしないほうが身のためだ。俺の剣を防いだ褒美に、今は取り押さえるだけで済ませてやろう」

「~~うぅっ……!」

 そう言われてしまっては……ぼくは、動くことができない。仲間を、友達を犠牲にしてまで目的を遂行する非情さを、ぼくは持っていない……

「……ごめん、シエラ」

 傍にいるもう一人の仲間に、ぼくは小さく呟いた。

「謝罪は不要ですよ、アルム。私も今は、そうするしかないと思います」

「うん……」

 頷き、二人共に武器を捨て、兵士が近づいてくるのを大人しく待つ。

「賢明だ」

 そう言って勝ち誇る皇帝を睨みつけながら、ぼくは素直に捕まるのを受け入れた。アニエスやエカルと同様、鉄製の手枷を填められた状態で、先導する兵士についていく。

 手枷は左右の手をそれぞれ別に拘束し、手枷同士を鎖で繋いだ形式の物だ。いざとなればその鎖を引きちぎることも視野に入れる(ぼくの腕力でならそれも不可能ではないように思えた)が、今は仲間の安全が最優先だ。

 兵士に連れられ、シエラと共に出入り口から戦場を出る。残念ながら、アニエスやエカルとは違う場所に連れていかれるようだ。一か所にまとめてくれたらその場で暴れて二人を助け出してみせたのに。

 そんなことを考えるぼくの背後から、観客に向けて発せられた皇帝の言葉が聞こえてくる。思わず足を止める。

「諸君!! まずは闘技大会を我らの勝手で中断させたこと、ここで詫びよう!! だが、これは必要なことだったのだ!!」

 観客はまだ混乱し、騒めいている。何が起こったのか理解している人自体少ないだろう。それは戦場に残る出場者たちも同じで、どうしたらいいのか分からず戸惑っているようだった。

「ハイラント帝国は、常に魔物の脅威に晒されてきた国だ!! この闘技場も、魔物に対抗する戦士を選別するために建設された!! しかし、そもそもこのような土地に我らが祖先を追いやったのは誰なのか!? そう、あの悪しきパルティール王国だ!! 奴らは自らは戦うことをせず自国に引き籠り、我らに魔物をき止める盾の役割を押し付けている!! 払う代価は幾許いくばくかの資金と、気まぐれに送り込まれる勇者だけだ!! 許せるものではあるまい!!」

 観客の一部から、控えめに歓声が沸き始める。皇帝と同じように、パルティールに反感を持つ人たちだろうか。

「勇者こそは腐敗したパルティールの象徴!! 大した力も持たない小娘を送り込み、最低限の支援をした後は、安全な場所から悠々と高みの見物だ!! 奴らの傲慢さの表れと言えよう!! 我々はたった今、その勇者と守護者たちを捕縛した!!」

 困惑していた観客から、さらにどよめきが広がる。しかしそれを振り払うように、皇帝は声量を上げる。

「そして、これだけでは終わらない!! 我らはあの憎きパルティールに、我らの怒りを思い知らせてやらねばならない!! そう――!!」

 続く皇帝の言葉が、困惑を残したままの闘技場中に響いた。

「――我らはこれより、パルティール王国に宣戦を布告する!!」
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