[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
126 / 144
終章

11節 氷花、散って

しおりを挟む
「アレニエさん、忘れ物って、この短剣でよかったん、です、か…………え………」

 こちらに駆け寄ってきたリュイスちゃんは近づくにつれ、地面に血塗れで倒れた誰かの姿に気づき、言葉を失う。そして、それが誰なのかに気づいた途端……

「リーリエさん!?」

 その名を呼び、倒れた少女に向かって駆け出そうとする。

「リュイスちゃん、ストップ!」

 こちらを素通りしようとする彼女を、わたしは慌てて手を掴んで引き止めた。

「アレニエさん、離してください! リーリエさんが! このままじゃ……!」

「そうだね。放っておけば、助からない。分かってるよ」

「なら……!」

 彼女は振り向き、わたしを責めるような視線を向ける。その目に、抜き身の剣を携えたままのわたしの姿が映る。

「……その剣……まさか、アレニエさんが、リーリエさんを……? どうして……!?」

 問い詰める彼女に、わたしは冷酷に告げる。

「彼女が、事件の――神官殺しの、犯人だったからだよ」

「……リーリエさんが……? そんな……でも、だからって、殺さなくても……! ……!」

 失われつつある命を目の前に、その死を拒否し、助けようとする衝動が駆け巡っているのだろう。リュイスちゃんはわたしの手を振り払い、リーリエちゃんの介抱に向かおうと駆け出す。それを――

 ドンっ

「あう!?」

 わたしは咄嗟に、彼女を横から突き飛ばした。

「つっ……ア、アレニエさん……? 何を……」

 倒れたリュイスちゃんがこちらに抗議しようと顔を向けるが、その視線の先には……

「え……?」

 いつの間にか、倒れているリーリエちゃんの手元から生み出された氷の槍が、地面から斜めに伸び、先刻までリュイスちゃんがいた空間を貫いていた。止めなければ今頃は、走り寄る彼女の腹部に穂先が突き刺さっていただろう。
 彼女の目の前で、ガランと氷の槍が倒れ、地面に落ちる。そしてすぐに消失する。最後の力を振り絞ったのかもしれない。

「ちぇ……最期に、リュイスさんだけでも、と思ったんですが……ダメでしたか……」

「な……何が……何を……?」

 地面から体を起こし四つん這いになった彼女は、訳も分からず狼狽え、わたしとリーリエちゃんを交互に見る。事態についていけず、混乱している。
 その姿を倒れたまま見据えながら、リーリエちゃんが突き放すように口を開いた。

「――近づかないでください」

 それは、死に向かっている者とは思えないほど強く、冷たい口調だった。

「あたしは、神官に助けられるなんて、絶対にごめんなんです。たとえ、あなたがどんなにいい人で、善意からであっても、神官である限り、あたしはあなたを拒絶するし、殺そうとしますよ。だから……近づかないで、ください」

「そんな、どうして……どうして、そこまで、神官を……」

「丁寧に説明したいところ、なんですけど……ぐぶっ……! はぁ……。その余裕は、ないみたい、なので……アレニエさん。あとで、適当に、話しておいて、ください」

「……分かった」

 視線を合わせ頷くと、彼女は血の気の引いた顔に、どこか満足そうな笑みを浮かべてみせる。

「どうせ、あたしの行き先は、アスティマの元なんで、しょうけど……先に、『橋』に行って、待ってます、ね」

 その言葉を最後にして……桃色の髪の少女は、動くのを止めた。

「……リーリエ、さん……? ……リーリエさん! う……うう……あ……」

 堪え切れず、リュイスちゃんは嗚咽を漏らし始める。
 忌避していた目の前での死者。しかも、一日だけとはいえ共に行動し、憎からず思っていた相手。その心痛は相当なもののはずだ。涙をこぼし続ける彼女の姿に、こちらも胸を締め付けられる。けれど――

「(後悔は、しないよ)」

 握っていた剣を鞘に納め、自分に言い聞かせる。

 リーリエちゃんは強く神官を憎み、またそれを自覚したうえで、止まる気が一切なかった。実際彼女はこの街だけでも、もう三人の神官を殺害している。
 ここで彼女を斬らなければ、その矛先はやがてウィスタリア孤児院のライエたちや、なによりリュイスちゃんに向けられていた。それはわたしにとって、剣を振るうのには十分すぎる理由だ。ただ……

「(やっぱり、後味は悪いものだね……)」

 理由があったとしても、相手が殺人鬼でも、人を斬るのに抵抗を感じないわけじゃない。すぐには割り切れない。それが、わたしと同じ半魔であれば、なおのことだ。彼女は、わたしがとーさんに出会えず復讐に狂っていた場合の姿、そのものかもしれないのだから――

「……?」

 不意に、新たな人の気配を感じ取り、反射的に警戒を示す。路地の入口に、誰かがいる?
 そちらに視線を向けると、相手も気づかれたことに気づいたのか、素直に姿を現す。数は、四人。そのうちの一人は、見知った人物だった。青い髪を編み上げ、頭の上でまとめた女性……

「ソニア……」

 呟きに引き寄せられたかのように、彼女がこちらに近づいてくる。少し遅れて、同行者の三人が後に続く。一人は、白い帽子に白の聖服を身に付けた男性神官。あとの二人は、揃いの兜と鎧を身に纏った衛兵だ。

「どうして、ここに?」

 問いかけはしたが、答えは半ば分かっていた。
 尾行されていたこと。こちらの仕事を信用されていなかったこと。現場を見られたこと。その全てが今は癇に障る。咎めるようにソニアに視線を向けると、彼女は少し気まずそうに口を開く。

「申し訳ありませんが、リュイスさんを尾行させていただきました。昨夜の貴女の様子も含めて、気にかかっていましたので」

 ソニアは次に、地べたで泣きじゃくるリュイスちゃんと、血溜まりの中に倒れるリーリエちゃんに目を向ける。

「……リーリエさんが、事件の犯人だったのですね」

 それは問いのようでもあり、確認するようでもあった。

「彼女は……魔族、だったのですか?」

 人間とほとんど変わらない遺体を見て、ソニアは疑問を呈する。

 正直なことを言えば、今はあまり口を開きたくなかった。この手にかけた同族に対して、胸の内に複雑な感情が駆け巡っている。

「(と言っても、この状態で誤魔化すのはさすがに無理か……)」

 既に現場を押さえられていては、取り繕うこともできない。陰鬱な気持ちを抱えながら、わたしは控えめに告げた。

「……半分だけね」

「半分……ということは……なるほど。街に入り込めたのも、手掛かりが少なかったのも、それが理由でしたか」

 彼女はそれだけを告げると、次には傍で控えていた三人に声を掛ける。

「後の処理はお願いします」

「承知しました」

 神官の男と衛兵の二人が、地面に投げ出されたリーリエちゃんに向かって歩き出す。これから遺体の穢れを浄化し、どこかの墓地に埋葬するのだろう。通り過ぎる最中、彼らの小さな呟きが耳に届く。

「まさか、半魔の仕業とは――」

「穢れた半魔に、貴重な神官が三人も手にかけられ――」

「汚らわしい――」

「汚らわしい――」

「……」

 彼らが漏らす言葉に拳を強く握り、奥歯を噛み締める。

 ああ、そうだ。リーリエちゃんに指摘された通りだ。わたしには、彼女の気持ちが分かってしまう。
 人間たち、特に神官は、魔に属する者とその穢れを決して許さず、嫌悪し、見下す。そしてわたしが幼い頃に向けられた、あの目を。あらゆる負の感情を混ぜ込んだような、あの視線を、わたしたちに突き付けてくるのだ。それを許せず、復讐に狂った彼女のことを、わたしは否定する気になれない……

「……あ、あの!」

 地面にうずくまっていたリュイスちゃんが、そこで唐突に声を上げる。一瞬わたしに向けてかと思ったがそうではなく、遺体の前に集まった男たち――特に、神官の男に向けたもののようだった。
 彼女は立ち上がり、泣き腫らした目に決意を込めて口を開く。

「リーリエさんの浄化は、私にやらせてもらえませんか」

 リュイスちゃん……?

「貴女に……? なぜですか?」

「短い間ですが、彼女は共に依頼をこなした、友人、でしたから。私の手で『橋』に送ってあげたいのです」

「……シスター。友人などと軽々しく名乗ってはいけません。よく考えて発言してください。この娘は穢れた半魔で、神官を殺し回った殺人犯ですよ? それでも貴女は友と呼び、自身の手で浄化することにこだわるのですか?」

「それでも、です。どうか、私にやらせてください」

「……」

 神官の男は数秒考えこむ様子を見せるが……しばらくすると、ため息をつきながら了承する。

「……分かりました。貴女に任せましょう。私としても、半魔の穢れに触れずに済むのであれば、それに越したことはありませんからね。ですがシスター。貴女の言動は、穢れを容認していると取られてもおかしくない、神官としての道に外れた考えだということは、忠告しておきますよ」

「はい……覚悟の上です」

 神官の男と衛兵たちは、困ったものを見るような視線を向けた後、リーリエちゃんの遺体から離れた。入れ替わるようにリュイスちゃんが遺体の前に立ち、両手を組み合わせ、祈る仕草をとる。そして――

「……私で我慢してくださいね、リーリエさん……」

 祈る前に漏れ聞こえた彼女の呟きが、わたしの耳にかすかに届いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...